息子が嫌がったので母親の私が勇者をやってみた【短編版】
プロローグ的な何かです。たぶん。
1か月後の高校入学を控えた息子の和樹と、リビングでTVのチャンネル争いをしていたら、床に突然魔法陣が現れ、ふたりとも異世界に召喚されてしまった。
「イヤだイヤだイヤだ!勇者なんて、絶対イヤだ!」
召喚場所である地下空間らしき場所に、息子の声が響き渡る。召喚者はオロオロするばかりである。
「で、ですが、先程測定したあなたのステータスは、勇者としての資質を十分示しています」
「どうせあれだろ!?王様は上から目線、命がけで戦うのは当然という物言い、そして、役目を終えたら処刑!どうだ、そういうヤバい系の召喚だろ!?」
「そ、そんなことは、ありませんが…」
息子は普段、Web小説で異世界モノを追っている。それゆえに、召喚シチュエーションに偏見があるようだ。んー。
「わかったわ!私が代わりに勇者になります!」
「母さん!?」
「だから和樹、あなたは元の世界に帰っていいわよ?」
「どうやって!?」
どうやってって…どうすればいいんだろう?
「えっと、神官さん…ですよね。どうすれば元の世界に戻れるんですか?」
「つ、次の星の巡りがちょうど1か月後ですから、その時に送還魔法で戻れます」
「あら、入学式に間に合うわね!」
「マジかよ」
よし、これで問題はないわね!
「あの、巻き込まれただけのあなたが代わりというのは、さすがに…」
「私も測定してもらえませんか?その、ステータス」
先ほど息子が手を乗せられた水晶板に、私の手も乗せる。
「こ、これは!?」
「ふんふん、HPとMPがカンストしてるのか。あと、スキルも充実してるわねえ。チートかしら?」
「母さん、詳しいな!?」
そりゃあ、私はWeb小説で婚約破棄モノを一通りチェックしてたからね!
「それと…あら!!!」
「なんと…!」
「早速使いますね!【リーインカネーション】!」
ぱあああああっ
「きゃー、若返ったー!きゃーきゃー!」
「び、美少女…だと…!?」
あれー、和樹と同じくらいの年齢に若返っただけなのになー。もしかして私、素材は良かったのかなー、美容に無頓着だっただけで。いやあ、ははははは。
「素晴らしい!ぜひ、あなたに勇者を!そういえば、お名前は?」
「藤堂絵里香といいます。エリカでいいですよ!」
「では、勇者エリカ様。早速、国王陛下と謁見を」
「はいはーい」
「マジかよ」
◇◇◇
1週間後。
「おい、勇者様が王都周辺の魔物を一掃してしまったらしいぞ!」
「あっという間にすごいわねえ。明日には近隣の都市にも討伐に向かうんだって」
「物凄い爆裂魔法で殲滅するらしいな。過去の勇者様はみんな剣だったそうだが」
魔物の出現が頻繁になって戦々恐々としていた王都住民は、突然現れた勇者の活躍で、喜びに沸いていた。
ただ、あまりに突然だったため、その勇者が活躍する場を直接見る者は少ない。同行する騎士団や魔導士団の中で、私が目立たないということもある。
「ほら、だからカズキも勇者やればいいのに。剣技スキルはそこそこあるんだから」
「でもよう、母さん…」
「こーら!この姿の時は『エリカ』って呼びなさいって言ってるでしょ?」
街角の喫茶店のオープンカフェで、王都住民の様子を見ながら、カズキとお茶を飲む。私が勇者であることに気づかれないまま。
魔物討伐も一区切りついたので、1日休みをもらって、街に繰り出したのだ。一応、周囲には護衛の騎士達が目立たないよう配置している。
「カズキだって、モテたいでしょ?王宮でゴロゴロぶらぶらしてるだけじゃダメよ?」
「いや、俺は元の世界に戻るんだから…」
「あら、なおさらいいじゃない。後腐れなくて」
「母親が言うセリフじゃねえ!」
だから、大声で母親とか言うな。この姿でカズキの母親とか、辻褄が合わないでしょうが。
「むー、なら、せめて私と恋人同士っぽくしてよ。せっかくオシャレな喫茶店にいるんだし」
「天国の父親、立場なし!?」
ああ…そっかあ、そっかそっか。
「高校入るくらいの年齢になったら、カズキに言おうと思ってたんだっけ…どうしよっかな」
「なんだよ?」
「まあ、いい機会かもね。あのね、私はカズキの本当の母親じゃないから」
「ごぶっ」
あ、紅茶吹き出した。汚いなあ。まあ、しかたないか。
「仲良かったイトコの由美ちゃんがねー、あなたが2歳の時に交通事故で亡くなっちゃったのよ」
「え、その由美って人が、俺の本当の母親!?でもって、その時に父親も…?」
「一方、私は、30過ぎても男の影ないし、仕事は順調で収入はあったし、それに…」
それに、
「小さい頃のカズキが、かわいくてかわいくて!だから、あなたを引き取ったってわけ。今は、Web小説にハマっている厨二病患者だけど」
「厨二は卒業したんだよ!…ったく、高校入ったら、将来の仕事とかちゃんと考えようと思ってたのに…」
「あら、実の母親じゃないから、私の老後はどうでもよくなった?」
「んなことねえよ!っていうか、今のその姿で、こんな話…!」
おや?おやおやおや?
んふふふふふ。
「よーし、決めた!あと3週間、近隣どころか王国中の魔物を狩りまくるよ!」
「なんだよ、突然?」
「んでもって、一度、カズキと一緒に元の世界に戻る!」
「へ?一度?」
そう、一度、ね。
「で、正式に職場をやめて、また召喚してもらうのよ。1か月交替で行ったり来たりね!」
「えええ…」
カズキが元の世界で稼げるようになるまでの資金が必要だけど、まあ、なんとかなるだろう。ある程度の貯金はあるし、カズキの父親をごにょごにょしてもいいし。あの男、金と地位だけはあるからね。
「ところでね、カズキ。ひとつ教えておくけど」
「な、なんだよ、まだ何かあんのかよ?」
「こっちの魔法ってね、大気中にあるマナを肉体が吸収して、それでスキルが発動するんだって」
「それは聞いた。元の世界にはマナがないから…って、ちょっと待て!?」
そう、私のMP容量はカンストしている。
「私は、元の世界でも1週間くらいは魔法を使えるの。【リーインカネーション】もね!」
「うげっ」
よーし、元の世界でも、この姿でカズキをからかいまくってやるよ!友達の前でベタベタしたりとかね!
<登場人物まとめ>
◯藤堂絵里香
四十路も後半に差し掛かった頃のアラフィフ。いい年こいて高校入学直前の息子とTVのチャンネル争いしている時点でお察しの性格である。たまにいるよね、こういうはっちゃけたお母さん(そうか?)。職場では事務職員ながら、かなりのやり手の模様。ちなみに、和樹に対しては法令上はあくまで保護者の立場であり、養子縁組したわけではない。つまりはそういうことである。
◯東雲和樹
そういうわけで、名字は違うという設定である。これまでカズキが戸籍とか住民票とかに関わっていなかったことをいいことに、『私は職場とかでは旧姓を使ってるのよー、だから表札もふたつ必要なのよー』とかそれっぽいことを言われてたっていう。そんな感じで、若作りの母親に振り回される人生をこれまで送ってきた。今後は更に振り回されることであろう。なお、エリカは華麗にスルーしていたが、カズキの実の父親は生きているという設定。
追記:続編書きました。https://ncode.syosetu.com/n1066el/