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私ことリシン・グスターは、グスター男爵家の令嬢である。今日から騎士候補生と共に訓練することになった少女である。
学園で一般教養や貴族的なことを学び、何事もなく放課後になった。
いつもならそそくさと家に帰宅するが、今日は騎士候補生の訓練場へとやってきていた。
中に入ると、やはり周りから注目される。
けど、そんなの気にすることはない。
これからは一緒に訓練していくんですものね。
「やっぱり来たんだね」
そして、出迎えてくれたのは今朝決闘をしてくれた彼。
「もちろんですわ」
私は当然とばかりにそう答える。
「リシン・グスター男爵令嬢、普段の様子は至って普通の令嬢と同じだった。そんな君がいきなりここにくる理由は教えてくれないだろう?」
彼は私の事を調べたのだろう。そんなことを聞いてきた。
魔王との接触の記憶を思い出したのは、つい最近だから、それまでは普通だったのはもちろんのことだ。
「理由は今朝申した通りですが?」
本当かどうかは別としてですが。
「そうか・・、とりあえずだ。僕の名前はグロウ・ファリアード、この騎士候補生の隊長をしている」
本当のことを言ってくれないのは残念だとばかりにため息をついた後に、仕切り直して紹介をしてくれた。
「私の名前は貴方がおしゃったとおりリシン・グスターです。これからよろしくお願いしますわ」
私も自己紹介をして、着ているドレスの裾を持ち、腰を少し下げ挨拶する。
「さて、君はここに何を望んで来たのかを教えてもらえないだろうか」
その言葉には、私が普通に騎士候補生として訓練するというわけではないだろう?という言葉が含まれていそうだ。
そうですね。普通にやってるのならあの魔王に勝つことなどできません。
だから、
「まずは、貴方に勝つことが出来るようになりたいですわ」
これを1つの目標とすることにした。
「ふははっ、そうか。ならそうなれることを期待しているよ。だが、まずは基礎を磨いてもらうからな」
グロウは笑ってそう答えた。
どうやら私が剣の、戦闘の初心者ということが知られているみたいだ。
「まずは足の歩みから、スキのない姿勢についてを学ばなければ私にはハンデなしに勝つこと出来ないからな」
ああ、なるほど。
やはり熟練者には、そういったものでばれてしまうのですね。
いくらハンデありで勝ったとはいえ、本当の殺し合いだったら負けていたのだろうし、あんな手は二度と通じないだろう。
前の世界の記憶で、ボクシングを少し真似てみたことはあったが、それもあくまで真似てみたのであって、そこまで使えそうにないし。
「そうだな。おい、ジェシカ、このご令嬢を鍛えてやってくれ」
グロウは少し悩んで、後ろで見ていた女の騎士候補生を指名して私の指導官としてよこした。
ジェシカは少しいやそうな顔をしたが、前に出てきて、
「私の名前はジェシカ・ハーヴァードです。貴女の事はあまり好きではないですが、隊長に言われたから仕方なく面倒を見てあげます」
また嫌そうにそう自己紹介してくれた。
まあ、いきなり隊長であるグロウにあんな失礼なことを言って、喧嘩を売ったのだから、その仲間ならば私の事をよく思わないのも当然だろう。
きっと私の事は、あまり好きなどではなく、嫌いなのだろう。
それでもいい。これからが肝心なのだから。
「よろしくお願いしますわ。ハーヴァード様」
私がそう笑顔で言うと、グロウはそそくさといなくなった。
「まずは、着替えてもらいます。ついてきてください」
そしてジェシカはそういって訓練場にある小屋が立っているところに向かっていく。
小屋の中に入ると防具や県などが並べて置いてあり、その中の私に会いそうな防具をジェシカは渡してくれた。
あまり匂いがいいものと思えないけれどそこは我慢するしかないだろう。
わたしはその防具を着て、次に剣を受け取る。
そして外に出て訓練場の他の人に邪魔にならないところまでいき、ジェシカさんがこちらを向き、向かい合う。
「そうですね。まずは、貴女と私の実力の差を示しておきますか」
そういって剣を構えるジェシカ。
普通は最初に素振りとかするものだと思っていたのだけど・・
ああ、彼女の顔を見てその理由が分かった。
単純に無礼な私を痛めつけて鬱憤を晴らしたいのだと。
「はい。おねがいしますわ」
私はあえて微笑んでジェシカにそう返す。
それがまた彼女の癇に障るのだろうけど、それでもいい。
私は、ジェシカから盗めるものを盗むだけだ。
私も剣を構えて、そうして始まった模擬戦を装った私虐め。
まずは、ジェシカが素早くこちらに近づいてくる。
その足さばきはグロウの時とは違い、細やかなもので、どんな攻撃にも対応できるといったものだった。
なるほど、ああやって動けば早くも動けるし、敵の対応もしやすいのか。
私は何をしているかというと、その場に立ち、ただジェシカを見ているだけ。
ジェシカが近寄り、攻撃範囲に入ったときに、すかさずジェシカは剣を振ってくる。
横からの一閃。
剣はこう振るうものだと言わんばかりのその攻撃を、私はなんとか自身の剣をその軌道に置いて攻撃を自身に当たらないようにする。
この模擬戦を終わらせるのは簡単にできるだろう。けれども、なるべく長く続けてジェシカの動きをみたいから、抵抗する。
ジェシカからみたら滑稽に見えるかもしれない。
私の勢いのない剣とジェシカの力ある剣がぶつかり、私は剣を持ったまま後ろに少し吹き飛ばされる。体勢をなんとか保ちつつジェシカのことを見ていると、ジェシカはもう一歩だけこちらに近づき、そして剣を振るってきた。
初心者にそんな攻撃をするなんて・・
私も剣をまたジェシカの剣の軌道上において、攻撃を防ぎその勢いで後ろに後退する。
またジェシカは一歩近づいて剣を攻撃してくるが、私も先ほどと同じ攻撃なので余裕ができ、ジェシカではなくグロウが剣を振るったときのを真似して剣を振るう。姿勢に関しても後ろではなく前に体重をいれて振りぬく。
そして、私の剣とジェシカの剣がぶつかり合って、今度はジェシカが押し負けて後退する。
力だけでいったら、私のほうが強いみたいですね。さすがは勇者補正?ですかね。
私はジェシカが先ほどしたように、一歩前に踏み出して剣を振りぬく。
ジェシカも剣をふって対応するが、体勢が後ろになってるため力で負けて、また後ろに後退する。
ふとジェシカの事を見てみると、こちらをものすごい勢いで睨んできて、そして
「なめるな!」
と叫んできた。
それと同時に、ジェシカの剣の持っている手が、地面についている足がすこし輝き始めた。
なんだろう。これは・・
【エッジ】
そしてジェシカはその言葉を口にした。
ああ、スキルか。
ジェシカの姿勢が後ろから、足に不思議な力がかかったのか不自然な足の動きで姿勢が前になり、そしてそのままものすごい鋭い勢いで放ってくる剣の攻撃。
私は、持っている剣に力を入れて、その剣の軌道上に持ってくる。
そして剣同士がぶつかり合って、私はそのまま後ろに押される。
けれど、地面に足がついていて、腰を落として、後ろに流れる衝撃を少しでも減らして、そして止まった。
ジェシカは、こちらの隙とみて、再び一歩一歩近づいて攻撃をしてこようとしている。
さきほどのジェシカの動きをしっかりとみていました。そして私には勇者補正?があるのです。
だから、こんなこともできるのです。
腰を落としている私の足と、そして剣を持っている腕が少し輝きだす。
剣を持っていない手で地面に手をつき、腰を少しあげて、まさにクラウチングスタートのような姿勢になる。
ジェシカさんは気にせずにこちらに近づいてくる。
ある程度近づいたところで・・
「見えましたわ」
私はそうつぶやく。
そして、
【エッジ】
先ほどジェシカが発動したスキルを私も発動する。
これは、両足と剣を持っている手の力が増すスキル。
だからこそ、無理に体勢も変えられるし、そのあとに鋭い攻撃もできるようになる。
そして、今、私はクラウチングスタートという、もともとの人間の力だけでも前に飛び出す力が伝わりやすい姿勢になっている。
そこにスキルの力が組み合わされればどうなるか・・
私とジェシカにはすこし距離があったにも関わらずに、私のスキルにより、私はたった一歩でその差をつめて、その勢いをもって、さらにスキル補正をもって鋭い剣の攻撃をジェシカに向けて放つ。
ジェシカは驚いたが、なんとかそれに対応して剣を軌道上に置く。
剣と剣とがぶつかって、そしてジェシカの剣は、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
私は剣をもったままで、これはどういう状況か。
「負けました・・」
ジェシカはそうつぶやいた。
そしてジェシカは腰に力が入らなくなったのか地面に腰をおろす。
周りからはなぜか拍手が鳴り響いた。
そうやら、いつの間にか私とジェシカの模擬戦は注目を浴びていたようだ。
おそらく最初から注目をあびていたのだろう。隊長であるグロウにハンデ付きとはいえ勝った私に、新人いびりをするジェシカの行動を見ていたのだろう。
それが、思った以上に面白いことになっていて、そして私が勝ったことに驚き、そして拍手をする。
私はジェシカにゆっくり近づく。
ジェシカは私の事が怖いのか、後ろに下がろうとするが腰に力が入らないのか立ち上がれずにその場から動くことができない。
べつに私がジェシカになにかするわけないのに。
「ジェシカさん模擬戦ありがとうございましたわ。これからももっと模擬戦や訓練をしていろいろなものを見せてください。そして私はそれを見て学び、そして強くなりたいのですわ」
そうジェシカさんだけに聞こえるようにつぶやいた。
ジェシカはその言葉に驚いた。
なんだろう。もしかして私が新人いびりをうけたからその報復でもするとでも思ったのだろうか。
でもされそうだったってだけで、実際は模擬戦に勝ってしまったし、もはやいびりじゃないよね。
「貴方は本当に強くなりたいだけなのね」
ジェシカは少し落ち着いたのかそんなことを聞いてきた。
「もちろんですわ。そうでないと魔王を倒せないですもの」
もともと魔王に勝つために、訓練しているのだ。
強くならなくてなんの訓練か。
「ふふっ、貴方のことを勘違いしてました。負けた私が言うのもなんですが、これから貴方に私のすべてを畳み込みます。いいですね」
ジェシカは私が魔王を倒すという発言を冗談に思い笑って、その後に私が強くなることに協力してくれることを約束してくれた。
「もちろんですわ。よろしくお願いしますわ」
そうして、私とジェシカの初めての模擬戦は終わった。
ちなみにこのあともジェシカはなかなか腰に力が入らないまま動けず、このままでは訓練にならないと私の力を借りて小屋に行って普段着に着替えて帰宅した。
私も私で指導役のジェシカが帰ったため、仕方なく今日の訓練を終えて帰宅するのだった。