ジャック・オ・ランタン
「さぁ、皆様。あなた方の持っているお金を全てここにいれてください」
右手にはカボチャのランタン、左手には中をくり抜いたカボチャを持った男が人々の先頭に立っている。
銀色の髪と赤い目が特徴的な男だった。
人々の数は、全部で五十人くらいといったところだろう。男女問わず年老いた者が多かったが、若い者もそれなりにいた。
「なんだって?金を全部入れろだぁ?お前ふざけてんのか!?」
一人の中年の男がランタン男に向かって叫んだ。怒りを隠そうともしない。
ランタン男の言葉がよほど気に障ったのか、すごい形相で怒鳴っていた。
中年男の周りにいた者は、驚いて一瞬静まり返った。しかし、波紋のように、すぐに他の者も怒りや疑問をランタン男にぶつけ始めた。
一人が動くと、全員が動く。良くも悪くも、それが人間の性というものだった。
しかし、一の意見も一斉に喋ればただの騒音にしかならない。
「そうよね。お金全部なんて意味が分からないわ」
「いくらなんでもそれはちょっとな……」
「うーむ……もしかしたらアイツは、案内人のフリをした悪魔かもしれんぞ」
「なんだって!?」
「このペテン師が!!」
「俺たちだけだって天界へ行ってやるぞ!」
ざわめきが止まない人々の前で、ランタン男は平然としていた。まるでこのような事態に慣れているかのようにも見えた。
男は赤い目で人々を見つめながら、口を開く。
「お静かに。落ち着いてください、皆様。今からご説明いたします。いいですか、『お金』というのは汚れているものなのです。皆様が生きていた頃、何度かお金のことで悩んだり泣いたりしたことと思います。 甘い快楽を得られたかと思えば、次の瞬間には痛みや苦みばかりがやってくる。 そう、言うなればお金は人を苦しめるもの……つまり悪魔と同等なのです。しかも、人によってその快楽の長さは全く異なる。神がそんな不平等で汚れたものを、お与えになるとでもお思いですか?天界の者たちがそんなものを持って門をくぐるのを、お許しになるとお思いですか?」
一人一人、目を合わせるようにして言葉を紡いだ。誰も聞き逃すな、という強い気さえ感じられた。
そして、その話に全員が聞き入っており、野次を飛ばす者は誰もいなかった。最初に怒鳴った中年男も、同様に聞き入っていた。
中には自分がしたことを恥ずかしそうにしてうつむいている者もいる。
生きていた頃に、天界に行くことを望んで信じた神の名を出されれば、真面目に聞かざるを得なかった。
ランタン男は、そんな人々を見ながら続ける。
「ですから、私が責任を持って汚れであるお金を回収し、処分するのです。皆様は天界へ行くのですから、ご理解いただけますよね。それに、天界は楽園なのでお金など不必要なのです。あなた方は、汚れのない美しい楽園でこれからを過ごす。あなた方が持っているそれは、今は何の価値もないただの汚れにすぎません。さぁ、皆様。このカボチャに汚れを捨ててください」
楽園、その言葉に人々は目を輝かせた。隣の者と顔を見合わせ、うつむいていた者は顔を上げる。
天界へ行く欲だらけの人々。誰も、自分の都合の良い方向にしか向かわないのだ。
人々は金を握りしめ、カボチャへ金を入れるべく次々と男の前へ並んだ。
「とんでもないこと言っちまったな……悪かったよ」
「疑ってごめんなさい」
「本当にありがとう。危うく恐ろしい間違いを犯すところだった」
「さっきはすまなかったな」
「私が間違ってたわ。あなたに案内を頼んで正解だった」
男が地面に置いた空のカボチャへ、人々は謝罪や感謝の言葉と共に持っていた金を言われた通り全て入れていく。
カボチャへ入れる度に、金と金がぶつかり合う欲望の音が鳴った。
最後の者が入れ終わる頃、もうそのカボチャは金でずっしりと重くなっていて溢れそうだった。
男はそれを見て、誰にも分からないようにニヤリと笑う。
「これで皆様は天界の者にお気に召され、永遠に甘美なる時を過ごせることでしょう」
歓声が人々から沸き上がる。涙する者もいれば、手を取り合って喜ぶ者もいた。
実に簡単なものだ。さっきまで罵声を浴びせていたというのに、今は歓喜に溢れている。
天界が本当に楽園であるなどただの想像にすぎぬ。だが、人々は妄想の世界に囚われ、何の保証もない偶像にすがる。
そしてその囚われた人々は、楽園のためならばどこまでも残酷になれるのだ。
信仰とは、どこまでが許されるものなのだろうか。楽園を信じて、神の名を借りて行った犯罪は、果たして神自身が許すのだろうか。
ランタン男は欲望が詰まったそのカボチャを、空だった時と同じように再び左手に持った。
「さぁ、天界へご案内いたしましょう。途中ではぐれないよう、しっかり前を向いて歩くようお願いいたします」
ランタン男と人々は天界を目指して歩き出した。