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隣の席の佐藤さん  作者: 森崎緩
番外編その1
37/115

続 佐藤さんと山口くん

 佐藤のどこがいいのかわからない。

 俺ならもうちょっと可愛い子がいい。あの一つに結んだ工夫のない髪型とか、模範的高校生を地で行くスカート丈とか、化粧っ気も皆無の地味な顔立ちとか、どこを取っても佐藤は可愛くない。

 まあそれでも、性格のいい子ならまだわかるけど、佐藤はそっちだっていまいちだ。誰かの言った冗談に五秒遅れて反応したり、酷い時には聞き返したりするのは日常茶飯事、気の利かなさったらない。

 親切な子だってのは知ってるものの、俺はああいう、自分のことも出来ないくせに他人の世話は焼きたがる奴が苦手だ。個人的には全くもって好みじゃないタイプ。


 なのに山口は、佐藤のことばっかり見ている。

 今日の体育は男子も女子もバスケだ。五人一組でチームを作って試合をする。

 当然、試合のない間は応援という名目で少しサボれる。その隙を有効活用して、山口は女子の試合を食い入るように観戦していた。


 体育館を二分割したうち、女子たちがいるコートでは、ちょうど佐藤が試合に参加していた。

 パスで飛び交うボールをおろおろ目で追いながらも身体がついてってない。ボールが回ってきてもドリブルは超へっぴり腰で、たちまち相手チームの女子に取られてしまう。見るに堪えないとろさだ。

 そんな佐藤を、山口はやたら真剣な目で追いかけている。

 佐藤にパスが回ると三角座りのまま身を乗り出し、ドリブルを始めようものならぐっと息を詰めている。そして佐藤がボールを取られてしまうと、途端にがっくり脱力する。男子の試合なんか見ちゃいない、ある意味潔すぎる態度。

 でも、わかんないんだよな。


「お前、佐藤のどこがいいわけ?」

「――。何、急に」

 隣でしゃがんでいた俺と、俺のぶつけた質問に、山口がびくっとする。結構前からいたんだから気づいてろよ、と笑いが込み上げてくる。夢中になりすぎ。

「いやさ、何でよりによって佐藤なのかなーって、気になったから」

 俺のにやにや笑いのせいか、あるいは質問そのものに引っ掛かったか、山口はそこで顔を顰めた。反論しようと口を開きかけ、一度閉じてから横を向く。そして舌打ちする。

「別にいいだろ。佐藤さんのこと、わかんない奴にわかってもらおうと思ってないし」

 照れ隠しで言ったのかと思いきや、そうでもなかった。案外本気の声をしていた。俺はますます興味が湧いて、つい挑発したくなる。

「ライバルは少ない方がいいってとこ?」

 そう水を向けると、山口はやっぱり案外本気の顔をした。肯定も否定もせずいらついた声で聞き返してくる。

「だから。何でそんなの気にするんだよ」

「そりゃ気になるって。うちのクラスにだってまだ可愛いのいるし」


 さすがに美女ばかり取り揃えてるってほどじゃ全然ないけど、C組にも何人かは可愛い子がいる。

 それに女子っていうなら他のクラス、あるいは下級生だってアリなわけだし、どうしてわざわざ佐藤なのか、疑問に思ったってしょうがない。少なくとも俺には佐藤のよさがちっともわからないしな。

 翻ってこちらの山口氏、元バスケ部で運動もそれなりに出来るし成績だってそれなり、おまけに女子や教師に対してだけは恐ろしく外面のいい奴だ。他に誰も狙わないような安全圏で妥協するよりか、もうちょい上見てもいいんじゃねーのと思う。

 いや、こいつが誰を好きでもいいんだけどさ。聞いてみたくなるだろ。

 あの佐藤に、ここまで入れ込んでる理由は何よと。


「とりあえず、どういうきっかけで佐藤に転んだか教えろよ」

 俺は冷やかし半分で促し、山口にはあからさまに疎ましげな顔をされた。

 それでもぼそぼそと答える、

「きっかけとかは別に……」

「なくはないだろー。つか理由もないのに佐藤選ぶとかないわ」

「あるよ」

 今度はやたらきっぱりと言い切り、それから山口は目を逸らす。

 溜息をつくように低く、続けた。

「可愛いだろ、佐藤さん」

 こっちは反応に困り、正直に疑問を呈するのも野暮かと思って結局、黙っておいた。

 つまりはあれだ、あばたもえくぼって奴だ。ベタな言い回しだが恋は盲目っていうし、山口にとっては佐藤なんかでも絶世の、他の女子がかすむほどの美少女に見えちゃうのかもしれん。それはもう俺らには理解し得ない領域だわな。

 しかしそれにしたって、なあ。

 俺が肩を竦めた直後、山口が突然身を固くした。何事かと思いきや、奴の目は既に女子のコートへ向いていた。俺も何の気なしにそちらを見やり、そして見つける。


 佐藤にボールが回った。

 しかもゴールのすぐ手前、タイミングのいいことに相手チームのマークも外れてる絶好のチャンス。

 C組女子が一斉に佐藤の名前を呼ぶ。頑張ってー、打ってー、と甲高い声援を送る。佐藤はボールを構え直し、もたもたとシュートの姿勢に入る。その手のひらがほんの数センチ、つるっと滑ったのがわかった。

「……あっ」

 山口が微かな声を漏らす。

 はらはらしてるのがわかる強張りまくりの横顔。茶化すのも気が引ける。


 そうこうしている間に、佐藤が思いつめた顔でシュートを打つ。

 捻った両手のタイミングがずれ、ボールはゴールリングに当たって思わせぶりに跳ねてから、もう一度戻ってきておっかなびっくりネットに収まる。入る時とは違って、床に落ちるまでは呆気なかった。

 佐藤のシュートが入った。

 体育館に歓声が響く。C組の女子がわあっと駆け寄って佐藤の、間違いなく初ゴールを喜んでいる。胴上げでもしかねないお祭り騒ぎだった。佐藤の顔は見えないけど、そりゃ喜んでるだろう。


 俺もちょっとびっくりしていた、ぶっちゃけダメかと思った。

「おお、奇跡だ」

 呟く俺を、我に返ったらしい山口が睨む。

「違う。佐藤さんはすごく練習してたし、頑張ってた。だから今のはまぐれじゃない」

 恐ろしく真剣に噛みついてきたから、またしても茶化す気が引けた。

 呆然とする俺の目の前、奴はほっとしたように肩を落とす。まぐれじゃないと言う割には安心している。


 じきに、女子のコートでは試合終了のホイッスルが鳴った。

 お辞儀をして健闘を讃えあう両チーム、佐藤に賞賛の声を送るチームメイトたち、そこからやがて佐藤一人だけが抜け出して、サイドラインを越え、更に体育館を二分割する境界線まで駆けてきて、山口に声をかけた。

「山口くん、ゴール入ったよ! シュート打てた!」

 息を弾ませ、歯を見せて笑う佐藤。

 わざわざ報告に来るなんて健気だなと思っていたら、山口は思いのほか淡白な口調で応じた。

「ああ、たまたま見てたよ」

 たまたま?

「ただ入ったのはよかったけど、フォームはいまいちだったかな。投げる時の両手のタイミングがずれてた。もっと練習しないとダメだ」

 え、何言ってんのお前。

「あとドリブルの姿勢も悪いよ。ボールにばかり気を取られてすごく腰が引けてた。あれも直した方がいい」

 つか今はシュートの話だろ、何でわざわざそんな注意まで今する?

 ぽかんとする俺をよそに、佐藤は心得ているらしい笑顔で頷いていた。

「うん、ありがとう。次はもっと頑張るね!」

 それから小さく手を振って、女子の陣地へと戻っていく。山口はその後姿を、いかにも作ったような『興味ありません』の顔で見送っていた。というか視線で追ってる時点で興味ないも何も。

 さっきとは違う意味で、にやにや笑いが込み上げてきた。

「山口くん、素直じゃないっすねー」

「――。な、何だよ、聞いてるなよ」

 山口の肩がびくりと跳ね、さっきの十倍は驚いてみせた。俺のにやつきを認めればたちまち目も泳ぐ。これはもう堪らず突っ込みたくなる。

「お前さあ、俺に噛みつくくらいなら本人に言ってやれよ。まぐれじゃないって」

「別に、まぐれだって言ったわけでもないし」

「あとたまたま見てたとか、嘘はいけませんよ嘘は」

「嘘じゃない。ずっとお前と話してただろ」

 切れのない反論を聞くに、賭けてもいい。こいつはきっと佐藤本人を褒めたことがあまり、もしかすると全然ないんだろうし、本人に『可愛い』なんて言うのもすっげー苦手で、いざって時も全然言えてないんだろう。もしかすると好きだとも言ってないのかもしれない。だとしたら超ダメな奴。

 うろたえる様子が面白すぎて、止めを刺したくなる。

「なあ、もしかしてお前、佐藤にバスケ教えた?」

 元バスケ部は俺の質問に一瞬だけ詰まってから、頷く。

「そう、だけど。だったら何」

「ダメ出ししまくってまた二人っきりで練習しようとか、そういう魂胆?」

 瞬間、山口が息を呑んだ。図星か。

 すぐに真っ赤になって、

「あーもううるさいっ、放っとけよ!」

 文字通り噛みつこうとしてきたので、俺は猛獣に追われるシマウマよろしく体育館内を逃げ惑う。コートを何周かしたところで体育教師に見つかって、二人揃って怒鳴られた。


 今のところ、俺はやっぱり佐藤のどこがいいのかわからない。

 でも、あの外面のいい山口に佐藤がらみでしか見せない顔があるように、佐藤にも山口にしか見せないような、本当はすげー可愛い顔があるのかもしれない。現にあのシュート報告はそんな感じだった。

 何にせよ興味の尽きない組み合わせってことは確かだ。

 素直じゃない山口が面白すぎるので、もうしばらく観察してやろう。

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