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学校の聖域  作者: 田仲真尋
9/13

告白

五日遅れの聖域が始まった。今年最後の勝負だ。

世良の死後もクラスには大きな変化は見られなかった。世良が嫌われていたのは周囲の承知するところだ。誰一人として落胆している様子はなかった。

そんな中、樹だけはどこか違っていた。悲しんでいるとか落ち込んでいる訳ではない。どこか怒りに満ちている様にさえ感じた。


「それでは。聖域オープンです。……皆さんに幸運を。メリークリスマス。」


今回のスタッフは前回の男と同じ人物だった。いつもとは、ちょっと違う掛け声で今年最後の聖域がスタートした。

十二月二十四日。今日はクリスマスイヴである。明日からは冬休みに入る。慌ただしい二学期末を迎え、生徒たちはどこか浮かれているみたいであった。


「樹と莉緒ちゃんは、中に入るんだよね。」


「もちろん。勝って冬休みをのんびり過ごすんだ。」


莉緒の瞳には激しい炎が宿っているようだった。


「……ハハハ。い、樹は?」


「俺も頑張るで。残り三回でトップになるんやからな。」


樹の瞳には蒼白い炎が静かに燃えている。


「ところで直。あんたも、たまには来なさいよ。」


「い、いや僕は遠慮しておくよ。読みたい本もあるし。」


「いいじゃん。三人で――。」


ふと気づくと、樹は一人で聖域の中へ足早に消えていってしまった。


「しまった、出遅れた。じゃあ直、また後で。」


莉緒も樹の後を小走りで絨毯に足音を吸い込まれながら追って行ったのであった。

しばらくすると、どこかでジャラジャラとコインの吐き出される音が、止めどなく響いていた。




聖域から生徒全員が出てきて、点呼を取り終わったのが五時十五分頃であった。解散すると、莉緒は真っ先に樹の元へ走った。


「ねえ樹君。今日の成績。」


子供の様におねだりする莉緒の輝いた目に樹は苦笑いした。


「まあボチボチでんな。莉緒ちゃんは?」


「フフフ。大勝ち!」


莉緒のレアなブイサインに、「相当勝ちおったな。」と、樹は分析した。


「あっ!いたいた。ねえ二人とも今日はクリスマスイブだよ。パーティーしようよ。」


直の突然の提案に、

「パーティー!?」と、樹と莉緒は声を揃えた。


「いいね、それ。」

「ええな。で、どこで?」


莉緒と直は樹をジーっと見つめた。


「分かった分かった。じゃあ一旦帰って俺の家に集合でええかな。帰りに何か買って帰るわ。」


莉緒と直も何か持参して、それでパーティーをしようということで話しはまとまった。



ピンポーン!


「はいはーい。どうぞ。」


樹はカメラに映った二人を確認してマンションのオートロックを解除した。


「お邪魔します。」


最初に部屋へ入ってきたのは直だった。デニムにモコモコした黒のダウンジャケットを入ってくるなり脱ぎ捨てて炬燵に潜りこんだ。


「寒かった。樹の家にも炬燵があって良かった。僕は炬燵がないと冬を越せる自信がないよ。」


そこへ莉緒も入ってきた。彼女は何故か落ち着かない様子だった。


「どうしたん莉緒ちゃん?」


「ああ、あれだよ。私服が変じゃないかって気にしてるんだよ。ここに来る時も何度も聞いてくるんだから。」


「ち、ちょっと直!」


莉緒は白のパンツに黒いタートルネックのニット、その上に長めのコートを羽織っていた。


「そういえば莉緒ちゃんの私服初めて見たな。可愛いやん。っていうか大人っぽいな。よう似合ってるで。」


「本当?よかった。」


莉緒は高校に入って友達と私服で遊びにいった記憶がない。仮にどこかへ行くときでも学校帰りに制服のまま、どこかの店に立ち寄るくらいだ。誰も普段着の莉緒を知らない。そんな彼女が異性の部屋に私服で遊びに行くのだから不安になるのも致し方ないのである。


「さあ、すき焼きやで!」


樹の部屋には既に、すき焼きの準備が万端に整っていた。


「すごいね。これ樹君が一人で準備したの?」


「もちろん。伊達に一人で暮らしとるわけやないんやで。その代わり、鍋物にはちょっとうるさいで俺。」


莉緒はコートを脱ぎ、紙袋から箱を取り出した。


「これケーキ。冷蔵庫借りていい。」


「あかん!冷蔵庫には死体が入っとるからな。」


「はいはい。借りるね。」


「なんや最近、冗談言うてもおもろないな。」


直は、そんな二人を見て、「なんか夫婦みたいだね。」という、樹も真っ青な冗談を、ぶっ放した。


「ねえ、何でクリスマスにすき焼きなの?チキンとかじゃないの?」


莉緒の疑問に樹と直は反論する。


「何言ってんの莉緒ちゃん!お祝い事の時は、すき焼きに決まってるじゃないか。特に冬の行事には。」


「そやそや!もっと言うたれ直。」


三人は心の底から楽しいと感じていたはずだ。直は持参したクラッカーを鳴らし、その後は莉緒の持ってきたケーキを皆で食べた。


時刻は午後十時を回ろうとしていた。


「そろそろ帰ろうかな。うち親がうるさいから。」


「ほな送っていくで。」


「いいよ。近いし。」


「あかん。莉緒ちゃんに何かあったら、俺は死んでも死にきれん。」


「そんな、オーバーな。」


樹は直のダウンジャケットを拝借した。理由は暖かそうだから、だ。直は、はしゃぎ疲れたのか炬燵で眠っていた。


「直。いいのこのままで?」


「かまへんよ。こいつ今日は泊まるみたいやから。」


二人が外に出ると、冷たい風が吹きつけた。向かい風は強く、二人の顔を冷やしていく。目に風が入り涙がこぼれそうになった。

莉緒は髪型が崩れてしまうのが心配の様子だった。

やがて路地を曲がると、さっきまでの強い風は嘘の様に止んだ。

樹は、空を見上げた。冬の澄んだ空気で星空が美しく見えた。昔どこか田舎の方で見た冬の夜空が頭を過った。それは今でも鮮明に覚えている。


「莉緒ちゃん。見てみい、めっちゃ綺麗やで。」


「――本当だ。」


この時の樹の瞳には今、空にある星空ではなく過去に見た夜空が煌々と映しだされていた。


「樹君。私、最近『変わった』ってよく言われるんだ。自分でもそう思う。」


「そうなん。莉緒ちゃんは変わってへんと思うけどな。」


「変わったよ。……樹君が転校してきた日から。」


二人の間に、変な間という沈黙が流れた。


「なあ。莉緒ちゃんは俺のこと好きやろ?」


「――なっ!なっなんで……。」


あまりにも唐突な樹の言葉に莉緒は、もはや錯乱状態だ。

しかも「好き」ってどういう意味の好きなのか、友達として?男として?――今の莉緒には理解する方が難しい。


「ごめんな。何か急に。単なる勘違い野郎やったら本当に申し訳ない。でもな俺は莉緒ちゃんのこと、好きやで。もちろん女としてな。」


変に、あたふたしていない樹の声のトーンは莉緒とは対照的で落ち着き払っていた。もしかすると恋愛慣れしているのかもしれない。これも莉緒とは対照的だった。

莉緒は自分の本当の気持ちに、とっくに気づいていた。しかし告白する勇気など持ち合わせているはずがない。今のこの関係でさえ幸せだったのだ。これ以上を望むことはリスクさえも高めることだ、と。

だが、もう自分の本当の気持ちを隠したくはなかった。

樹は、そんなリスクなんて関係なく告白してくれた。自分もそれに真剣に応えなければならない。


「……私も好きです……。」


二人は寒空の下、唇を重ねた。

二人の影が溶け合うように一つの影になった。









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