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学校の聖域  作者: 田仲真尋
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クリスマスローズ

十二月十五日。

本格的な冬の匂いが漂ってきたこの時期。

――学力テスト開催日である。今月は冬休みに突入するため早めにテストが実施される。もちろん明日からは聖域デーである。いつもは月の半ばに三年生が聖域に行くのだが、今回は月の始めに既に聖域を終えていた。


この日の朝は教室の中の雰囲気が少し、これまでと違っていた。皆がザワザワと何やら騒いでいる。教室に入った莉緒は、そう感じた。


「おはよ、樹君。なんか騒がしくない?」


「莉緒ちゃん。おはよ。騒がしいかな?いつもと変わらへんで。」


莉緒は、こう思った「鈍感だ」と。

そこへ今度は、直が血相を変えて飛んできた。


「二人とも、今朝のニュース見た?」


「見てない。」

「見てへん。」


直は、信じられないという表情で二人に言った。


「世良君だよ。世良君のお父さんが逮捕されたんだよ。」


樹と莉緒は驚きのあまり言葉が出てこない。


「もう何日も前からニュースでやってたのに。本当に知らないなんて……。」


「何で捕まったん?」


「横領だよ。税金を私的利用していたんだ。しかも、その額一億円だよ。税金をなんだって思ってるんだ。」


直は怒り心頭であった。

三人は世良の席を一斉に見た――いない。そこへ担任の川原先生が入ってきて教室は静かになった。どうやら世良は休みのようだ。先生も世良の事に関して一切何も言わなかった。


いつも通り学力テストは行われた。

今回は莉緒も自信がある。昨夜遅くまでテストの予想をたて、暗記できるような問題と答えを詰めれるだけ詰めてきた。樹はいつもの様に余裕綽々のようだ。


その放課後だった。二年鳥組に訃報が届いたのは。

――世良剛が死んだ。首吊り自殺だということだった。

誰がどこから持ってきた情報かは定かでない。もちろん嘘の可能性もあった。


「……そんな。」

「嘘でしょ。」


莉緒と直も信じられない様子だった。

樹は席を立ち、

「ちょっと聞いてくる。」と、クラスで世良とよく一緒にいた森と林の元へ行った。森と林は、どっちの席かは分からないが一緒にいた。


「なあ、二人は世良君と仲良かったよな。さっきの話しほんまか?」と、詰め寄った。


「さあ。知らないね、あんな犯罪者の息子。」

「別に仲良くないし。いや、むしろ嫌いだし。死んでくれたんなら大歓迎さ――!」


森は椅子から突然、飛ばされ後方にのけ反るように倒れた。樹が振り上げた拳が森の顔面を強打したせいだ。


「お前ら。それは卑怯なんとちゃうか!世良のお父さんが捕まったからて関係ないやろ。」


教室は凍りついた。すぐに直が樹を止めに入った。その隙に森と林は逃げ出していった。樹が怒った気持ちを莉緒も密かに真摯に受け止めていた。実は、森と全く同じことを莉緒も思ってしまったからだった。


真実が明らかになったのは翌日のことだった。学校にはマスコミが大挙して押し寄せた。

現役政治家のスキャンダルに、その息子の自殺。こんな話題に飛びつかないマスコミ関係者はいないだろう。学校側は仕方なく急遽会見を行うことを決定した。

もちろん本日の聖域は延期となった。生徒たちは午前中のうちに裏口から学年ごとに帰された。もちろんインタビューには一切答えないようにと、釘を刺されて。


その日の午後。

テレビのワイドショーで理事長の記者会見がライブ映像でお茶の間に流れた。


「我が校の生徒の自殺というのは誠にもって残念であります。この場を借りて、ご冥福をお祈り致します。」


理事長は以前にもまして丸々と太っているように見受けられた。

額からは大量の汗が吹き出しているのが、テレビの画面を通してもはっきりと分かった。


「生徒さんの自殺の原因に学校は心当たりがあるのでしょうか?例えば、いじめとか。」


記者の質問に、理事長は落ち着いて答える。


「今回の生徒の自殺には、恐らく家庭での事が大きく関係しておると考えております。この生徒は成績もよく、また友人も多くいました。学校生活に問題はなかったのではないでしょうか。」


「では学校側に責任はないということで宜しいでしょうか?」


理事長は自信をもって、「はい。」と、答えた。

そして続けざまに、

「おそらく皆さんは、この生徒のことをよく、ご存じなのではありませんか?」と、逆に質問を投げかけた。


「それは、どういう意味でしょうか?」


一人の記者が訊ね返す。


「つまり、彼の死の原因が家庭での、まあトラブルといいますか。その辺りにあることを記者の皆さんなら分かってくれているものだと、私は信じております。」


理事長は強気だった。世良の死が父親逮捕だった、という事実を完全に作り上げたいような、そんな言い回しだ。

これには記者たちも納得せざるを得ない。そんな中、一人の記者から思いもよらぬ質問が飛んだ。


「理事長。これは今回の件とは関係ありませんが……聞くところよると、こちらの学校では成績を決めるのに生徒たちにギャンブルを強要しているという噂を耳にしまして――本当ですか?」


理事長の表情が固くなったのが分かる。


「……何を言っておられるのか、さっぱり分かりませんが。」


「なんでも学校内にカジノがあるということですが、真実でしょうか?」


その質問に会場が騒然となってゆくのがテレビで流れた。


「そんなものが有るわけないでしょう。ここは学校ですよ?お宅、どこの記者さん?」


「私、東京ファイブの石坂と申します。」


「根も葉もない噂を、この様な場で質問するなんて。あなた何を考えておるんですか!」


理事長の怒号と同時にテレビは一旦シーエムへ。

コマーシャルが明けて、それから再び会見場にカメラが切り替わる。しかし、そこに理事長の姿はもうなかった。


「会見は終了しました。」と、叫んでいる学校側のスタッフだけが画面に捉えられていた。



世良の通夜、葬式には学校関係者はご遠慮下さい、という通達が世良家から届いたそうだ。身内だけでの葬儀だったらしい。


後から聞いた話しでは世良は家のリビングで窓を全部開け放ち、とても寒い中で逝ったらしい。その傍らには、この季節に咲く花、クリスマスローズの束が置いてあったという。風通しが良い部屋には開いた窓から吹き抜ける風が、花束の花びらを部屋中に舞わせていたということだった。


クリスマスローズ――花言葉は「私を忘れないで」。






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