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学校の聖域  作者: 田仲真尋
3/13

聖域日

恋愛、友情、部活、アルバイトに趣味など、十代の子なら男女問わず、何か熱くなれるものが一つくらいあるだろう。

莉緒にも一つだけ、ある。それが「聖域」である。



十月二五日。

この日は月に一度の学力テスト。莉緒はこの日を待ち焦がれていた。社会人でいうところの給料日みたいなものだろう。

学力テストはランダムに選ばれた教科から五十問の問題が出題される、百点満点のテストだ。このテストの点数が、そのままポイントに換算される。莉緒の前月の点数は九十点。クラスでも優秀である。この学校には中間テストや期末のテスト等の概念は元から無い。

通知表ですら存在しないのだ。


生徒たちの評価の基準となるのが、次の三点。


(その壱)月に一度の学力テスト。

(その弐)部活動での成績

(その参)日頃の生活態度

以上である。


まず(その参)に関しては、よっぽど酷い問題でも起こさなければ減点対象にはならない。

(その弐)は、部活で目覚ましい活躍をしている生徒が対象であるので一般の生徒には関係なし。

そして一番大事なものが(その壱)である。

これに関しての補足として、学力テストで獲得した点数を毎月二十六日から月末あたりまでを終えた時点で、いかに保持できるかということである。

それは、そのまま積み重なり卒業までの累計得点が生徒達の人生を左右するといっても過言ではないのだ。

ちなみに一年生については対象外である。一年生の一年間は普通に学校生活を送ればよい。

二年生になれば自動的に聖域への参加が開始されるのである。



莉緒にとっては七度目の学力テスト。

前回のテストは九十点。クラスでは四十二人中の七番目。

学年順位は年度末にまとめて発表される。

現在の二年生が、だいたい百七十人ほどなので。余裕で真ん中よりは上にいるだろう。



翌日。

学年集会が体育館にて行われる。

そこで前日のテストの結果が書かれた紙が配られる。それを終えると今度は四組ある中の、どこかのクラスかが最初に聖域へ行くのか選ばれるのである。

噂によると、クラス全員の合計点数が高い順からというのを耳にしたことがある――嘘か誠かは謎だ。


そして今回のトップバッターは莉緒たちのクラス「鳥組」だった。

二年には他に「花組」「風組」「月組」がある。

ちなみに三年生は「ノース」「サウス」「イースト」「ウエスト」と、カタカナ表記の札が各教室にぶら下がっている。それを見るたびに莉緒は先輩たちが、いたたまれなくなる。

一年生なんかは、もっと酷い。

「太陽」「地球」「火星」「木星」と、名付けられたクラスは、もはや意味不明だ。

そう思えば、二年生は風情がある分、まだましだ。


「よし。それでは鳥組は速やかに移動してください。」


生活指導の黒木は生徒たちを先導する。

莉緒は最悪だと思った。黒木は三十代半ばの独身男性。頭が薄く老け顔である。

まあ外見というより中身に難ありである。男子生徒にはやたら厳しく、女子生徒に対しては甘い。

いやらしい目をして、隙あらば喰ってやろう、くらいのことは考えているかもしれない。男子からも女子からも人気がないのは当然なのかもしれない。


莉緒たち鳥組は真っ直ぐ一列に並び体育館の壇上へと上がっていく。

黒木が壇上の大きな机に鍵を差し込み鍵を回す。引き出しのロックがカチッ!と音を立てて開いた。

中には数字が並んだボタンが、ちらりと見えた。

黒木は、それを手で隠して素早くボタンを何度か押した。暗証番号だ。打ち込みが終わると、その大きな机を両手で横へ力強く、ずらした。その机が、あった場所の床には鍵穴のついた床。そこへ、また別の鍵を差し込み解錠し、床下収納を開けるようにして開いた。


「じゃあ皆さん。気をつけて、ついて来てください。」


黒木は床にぽっかり空いた穴へ入っていく。

中には石造りの階段があった。薄暗い階段を生徒たちが一段ずつ降りてゆく。緩やかな細い階段を降りると、急に大きな空間が姿を現した。その大きなスペースは、まるで一流ホテルのロビーのように、明るく上品な赤いカーペットが敷き詰められていた。そのカーペットは生徒たちの足音を完全に吸収した。


「な、なんやここ!?」


「こら、静かに!」


最初に大声を上げたのは樹だった。

そして注意したのは黒木であった。

樹の気持ちは、ここにいる誰もが理解できただろう。最初は皆、そう思うのだ。


黒木は鳥組の点呼をとり、降りてきた階段のある扉を閉めて厳重に鍵をかけた。


「二年、鳥組。全員確認しました。」


黒木は誰かに向かって声を張って言った。すると、誰かが走ってきた。


「ご苦労様です。あとは、こちらで。」


「よろしくお願いします。」


二十代くらいの男は、この学校の教師ではないようだ。

男が現れた方には白く濁ったガラスの自動ドアがあった。自動ドアの向こう側は殆ど見えなかった。

そして今、生徒たちがいるこちら側には、大きなソファーや机が、いくつもあり、本がぎっしり詰まった本棚。画面の大きなテレビまでもが置いてあった。


「では皆さん。これより携帯電話をお預かりします。他にもインターネットに繋がる物やデジカメ等があれば、それもお預かり致します。」


男は大きめの箱を両手で抱え生徒たちから携帯電話を回収していく。ふと見ると、そこに黒木の姿はもうなかった。


「それでは十時になりましたら、ご自由に始めてください。」


男はガチャガチャと音を立てる箱を持って、どこかへと消えていった。


十時までは、まだ二十分ほどある。

生徒たちは慣れた様子で、思い思いに散らばっていく。数人で固まって話をしている生徒。本棚から本を引っ張り出し読者している生徒。中には何もせずに、ただ突っ立っているだけの生徒もいた。

莉緒が、このタイプであった。

莉緒が木のように立っていると、

「莉緒ちゃん。」と、樹が声をかけてきた。

莉緒は焦って周囲を見回した。幸い誰もこちらを見ていない。


「な、なに?」


「ここは一体何なん?」


樹は高い目線からホールの中を見渡しながら訊ねた。


「えっと、ここは休憩所になるかな。」


「なるほど。じゃあ、あのドアの向こう側が『聖域』ってことなんや。」


樹は莉緒への配慮なのか、声を潜めるようにして、他の生徒に聞こえないように話している感じだった。


「そう。あの扉の向こうに入ったら私語厳禁だからね。」


「えっ!そうなん?そりゃかなわんなぁ。」


「ただ聖域と、このホールは行き来自由だから疲れたら、ここで休んでもオッケーだよ。」


そう説明しながら莉緒は不思議に思った。

こんなことは、この学校の生徒は皆、知っている。いくら樹が転校生だからといっても必ずルールくらい学校側が説明しているはずだ、と。


「そうか。じゃあ例えば、ずっとここにおっても構わへんってことなんかな?」


「うん。現にクラスに何人かは一切、聖域に立ち入らずに、この部屋で時間を過ごす人もいるよ。」


莉緒は最初から本に手を伸ばしている数人の生徒を見ながら言った。


「何で彼らは参加せんの?」


「たぶん、リスクを負いたくないんじゃない。勉強だけ頑張っていれば卒業はできるし、大学受験も実力で合格すれば、それはそれでいいと思っているんでしょ。」


「リスクって、つまり――。」


その時、自動ドアが開き、中から体格のよい若い男が出てきた。よく通る大きな声で、

「お待たせ致しました。お時間になったので――オープンです。」と、声高らかに宣言したのであった。











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