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学校の聖域  作者: 田仲真尋
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予期せぬ接触

莉緒は学校から家路への途中だった。

ふとスマホを取りだし、「あっ!今日だ。」と、くるりと反転し今来た道を急ぎ足で引き返した。


ここは学校の最寄り駅から十駅程離れた場所である。よって同じ学校の制服をお目にかかることは、ほぼない。たまに居たとしても知った顔ではない。別の学年の生徒だろう。

莉緒にとっては、なんとも有難い話しである。もしも近所に同学年、ましてやクラスメイトが住んでいたら、と考えるだけでゾッとした。


駅の近くにある書店の二階にお目当ての売り場がある。


「あった!」


莉緒は誰にも見られない様に小さくガッツポーズした。


「あれ――辰巳さん?」


莉緒は、聞き慣れない男の人の声に、自分のことではないと言い聞かせレジへと急ぐ。

だけど心臓は激しく波を打っていた。そして体が硬直して立ち止まった。

振り返ろうとしたが、フリーズしてしまった身体は言うことをきかない。

すると、スッと目の前に誰かが現れた。

莉緒の目線は下から上へと、ゆっくり動く。見慣れた制服、「野鹿高校」の制服だ。

どんどん視線を上に持っていくと、そこには知っている顔があった。

「く、久我君。」


「よかった。間違ってへんかった。この二日でクラス皆の顔と名前を覚えてん。大変やったけど、その甲斐があったわ。」


屈託のない笑顔とはこういうものだろう、と莉緒は感じた。


「あ、あの。久我君はこんな所でなにを?」


「俺の家、この近所。もしかして辰巳さんもこの辺?」


「え、えーと、この辺といえばこの辺かな。」


「まじで!じゃあ仲良くしてな。おっ!辰巳さん、そんなん聴くんや。」


それは莉緒が手に持っていたCD。

一瞬、空白の時間が流れ、続けざまにマグマの様な熱いものが体の下の方から上へ向かって噴火した。顔が真っ赤になっていくのが、その熱で分かった。


「ち、違うの。これは弟に頼まれてて、だから……。」


莉緒は、CDを慌てて棚に戻してから、

「じゃあちょっと急ぐから――また。」と、言い残し走り去った。


「ち、ちょっと、辰巳さん!?」


莉緒は、その声を振り切るように猛ダッシュして、その場を去ったのだった。



翌日。

莉緒は樹に会わないようにと、細心の注意と神に祈りながら登校した。まあ、学校へ行けば嫌でも顔を合わさなければならない。

気が重かった。


教室に入ってまず樹の席を見た。

――いない。

ホッと胸を撫で下ろして自分の席についた。その瞬間だった。


イントネーションに癖のある、「おはよう。」が耳に飛び込んだ。

一通りクラスの皆に挨拶した樹は、ついに莉緒の元へ。


「おはよう。これ、昨日買い損ねてたやろ。」


そう言って黄色のビニール袋を渡した。


「えっ!?これなに?」


「お金はいつでもええから。」


樹はそれだけ言って自分の席についた。

莉緒はガサガサと袋の中身を確認した。

そこには昨日、莉緒が、自分で聴く為に買おうとしていたアイドルグループのCDが入っていた。全身の血が一気に下がってゆく感じがした。すぐに返そうと席を立とうとしたが、ここは教室。

変な噂が立っても困る。

莉緒は放課後まで待つことにした。

この日ほど長くて憂鬱な日は、なかった。

なんだか大きな借りを作ってしまったような、気分であった。



放課後、莉緒は樹の下校のタイミングに合わせて教室を出て、後をつけた――まるでストーカーだ。

同じ電車に乗りさえすれば、こっちのものだ。降りる駅は同じ。野鹿高校の生徒もいない。彼に少し多めの金額を渡し、「ありがとう。」の一言を貰えれば貸し借りはなしだ。


電車を降りて改札口を抜けた辺りで莉緒は樹に声をかけた。


「なんや辰巳さん同じ電車やったんか。」


樹は言葉とは裏腹に全然、驚いている感じではなかった。

もしかしたらバレてた?と不安になる。


「CDありがとう。昨日買いそびれちゃって、弟に怒られちゃった。それで、これ。」


莉緒は樹に三千円を渡した。


「いつでもよかったのに。ちょっと待ってな、釣り渡すから。」


「いいよ。貰っといて。二百円くらいだし。」


「いや、それはあかん。」


「本当に大丈夫だから。」


そんな押し問答が少しあってから、樹は言った。


「分かった。辰巳さんって頑固やな。でもな俺も頑固やねん。」


樹は側にあった自動販売機に小銭を投入した。


「奢ったるから。」


「でも――。」


「ええから、ええから。なっ。」


これは早くしないと長引く展開だ。莉緒はそう判断し自動販売機のミルクティーのボタンを押した。そして、「じゃあ私、帰るね。」と切り出そうとした時だった。


「あのさ、この辺に公園ってない?」


「えっ、公園。あるけど……。」


「ほんま!よかったら案内してくれへんかな?」


「私が?」


「そう。この辺で休める公園ないかなって、ずっと探しててん。」


莉緒は、しまった余計な事を言ってしまったと後悔したが、もう仕方なかった。


「いいよ。案内するよ、行こう。」


莉緒は出来るだけ早く済ませて帰りたかった。

それに、こうして二人で歩いているところを誰かに見られでもしたら……。そんな思いから口数は減り、歩く足は早くなった。


駅から十分弱歩いた場所に目的地はあった。

坂道沿いに建ち並ぶ住宅街を抜けた、すぐの所だ。

小高い場所にある、この公園はブランコが二つとベンチが三つ、そして砂場があるだけの小さな公園。

だけど、この小さな街が一望できる、景色が綺麗な公園であった。


「おお!ええなぁここ。」


樹は、およそ身長百八十。

その高い目線を更に高くしようとベンチに登った。一方の莉緒は任務を終え、肩の荷が降りた気分だった。


「それじゃあ、私は――。」


「辰巳さん。お願いがあるんだけど。」


莉緒の言葉に被せるように樹は切り出した。


「お願い?」


「まあ、お願いってほどのことでもないんやけど。その……莉緒ちゃんって呼んでもええかな?」


一瞬ドキッとしたが、それは別に勝手に呼べばいいと思った。


「構わないけど。その代わり質問してもいいかな?」


「まじ!?ありがとう。質問くらい、いくらでもええよ。」


普段なら他人に質問など絶対しない。だが彼は特別であった。何せ前例がない「転校生」なのだ。


「じゃあ。ずばり久我君の両親――いや、お父さんってどんな仕事しているの?」


「親父!?何でまたそんな質問を?」


「ほら、うちの学校って特殊じゃない。私たちは一年生の間に色々と教えてもらうの。」


「そうらしいな。」


「だから転校生っていうのは、何というか……前代未聞なの。」


莉緒は自分で驚いていた。

自分なりに今日は、とても饒舌に話していることに。話し始めて次第に身体に熱を帯びていくようだった。そしてクールダウンしようと大きく息を吸って、続けた。


「だから久我君のお父さんって、地位と富をもった、ものすごい大物だったりして、なんて思ったの。」


「なるほど。まあ親のことはええやん――って感じかな。」


樹は苦笑いしながら、はぐらかした。

しかし、そんな樹に莉緒は少し好感がもてた。あの、馬鹿な世良とは大違いだ、と。


「じゃあもう一つだけ。」


「ええよ。答えられたら答えるわ。」


「久我君は、どう思う――聖域のこと。」


樹は少しばかり宙を見つめてから口を開いた。


「正直、馬鹿げてると思う。」


「えっ!?ど、どうして?」


「俺はまだ体験してへんから、何とも言えないけど。くだらないって、そう思ってる。」


予想外の答えだった。

樹ならば、きっと、「楽しみで仕方ないわ。」と、でも言うだろうと思っていた。期待外れにも程がある。莉緒は急にしらけてしまった。


「そうなんだ。まあ他所から来た久我君には分からないよね。じゃあ私、帰るね。」


莉緒はそう言い残し足早に公園を後にした。

後方から焦ったように、「辰巳さん――莉緒ちゃん。」という声が聞こえてきたが完全に無視した。


夕日で茜色に染まった街に、秋の乾いた風が吹き抜けた。




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