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学校の聖域  作者: 田仲真尋
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転校生

お気軽にお立ち寄りください。

よろしくお願いします(*^^*)

教室の窓から見える景色は朝から、どんよりと沈んでいた。

厚い灰色の雲が太陽の光を遮っている。

もしかしたら太陽そのものが無くなってしまっているのではないだろうか、と我ながら馬鹿なことを考えていた。


「おはよう。」

「おはよう。」


この学校で友達と呼べる子はいない。

誰かをいじめたり、いじめられているわけではない。

さっきみたいに挨拶もすれば、時には談笑さえも。人並みにやっているつもりだ。だけどそれ以上の付き合いは誰ともない。

放課後に買い物やカラオケに誘われることも今となっては殆どない。

一年生の頃にはあったかもしれないが、今はない。

頑なに断り続けた成果といえる。

近寄るなオーラを全身に纏っていることは自覚しているつもり。

人との繋がりの適度な距離感というやつは、おそらく今がベストである。

出来ることなら一生この距離感で人と接していきたいとものだと切に願っている。


どす黒くなった雲の合間から一筋の陽の光が射し込んでいた。

やっぱり太陽は今日も元気に空にあったようで、「なぁんだ」と、こっそり、そう呟いてみた。



「辰巳莉緒」

「……はい。」


いつものように微かに間をおいて返事をする。

頬杖をつきボッーと外を眺めた。

見事なまでの秋晴れで外はさぞかし気持ちがいいことだろう。

ふと前日の事が脳裏に蘇った。


――放課後のことだった。

帰るタイミングを逃した私は人気が少なくなるのを息を潜めるようにして待っていた。他の生徒の波に混ざりたくなかったからだ。


「莉緒。」


男の人に下の名前で呼ばれることなど心当たりがない。

振り返ってみると、そこにはクラスメイトの「世良剛」が立っていた。彼……いや、こいつは世の中でも上位に位置する「嫌いな人間」の一人だ。

チビで、おかっぱに近い髪型はやけに黒髪がツヤツヤし、性悪な顔つきである。

ニヤリと世良は微笑んだ。間近で、その顔を拝んでしまった私は本気で吐きそうになった。


「……大したことじゃないんだけどさ――。」


何故か、もじもじと気持ちが悪い。嫌な予感。


「ほ、ほら。お前の両親ってさパパが銀行の頭取でママが大学の準教授じゃないか。」


パパ、ママって。高校二年の男子が。


「そうだけど。それが?」


「僕のパパさ、政治家じゃん。だから……分かんないかな。ほら、この学校の男子なんかに大したの居ないだろ。だから、僕と付き合えばいいじゃん!それがお前の為だよ、うん。」


最悪な日だった。

だいたい親のことを自分の自慢にできる、その心理が神経が理解できない。莉緒は自分の両親の仕事の内容すら把握していなかったし、興味もなかった。


「ごめんなさい。私、あなたにこれっぽっちも興味がないの。――バイバイ。」


教室を出るまで冷静さを保っていたが、廊下に出た瞬間、猛ダッシュした。走りながら何故だか涙がじわりと湧いてきた。


そんな回想が一通り終わった頃、ようやくクラス四十二人の出席取りが終わった。

ちょうどその時だった、「コンコン」と、教室をノックする音に生徒全員の視線が集まった。何やら担任の川原と話しているのは、大きな体格をした教頭のようだ。

顔は見えなかったが体格と趣味の悪い柄の紫のネクタイが教頭であると教えてくれていた。


「えーっ、皆さん聞いてください。実は今日からこのクラスに新しい仲間が加わります。」


瞬時に波紋のように、ざわめきが教室中に広まった。

こんな時期に転校生?

それはきっと誰もが思ったことだろう。

この学校は閉鎖的だ。これまでに転入してくる生徒なんて見たことも聞いたこともない。可能性があるとするのならば、その転校生の親がよほどの権力者か金持ちなのだろう。


「さあ、こっちへ。」


川原の声に姿を現したのは背の高い――男子だ。

ここで男子生徒陣からは軽いため息が漏れた。女子生徒陣からは淡い恋の予感を期待させるような甘い吐息が漏れ、そわそわし始める――莉緒以外だ。

どこからか「ハーフ?」という質問が飛んだ。

確かに欧米の血が混ざっているような彫りの少し深い顔立ち。


久我樹くがいつきといいます。皆さん宜しく。因みにハーフやのうてクォーターです。」


一瞬教室に静寂が訪れて、誰かの拍手に皆が続いた。

久我の風貌から、もっと低くて渋い声を勝手に連想していた莉緒は肩すかしをくらったような気持ちだった。彼の声は明るく高めで、皆を朗らかな気分にさせているような感じだ。

そして、あのイントネーションだ。おそらくは関西のほうの訛りだろう。そのギャップが一瞬クラス中を間抜けにしたのであった。


彼の席は莉緒の二つ後ろだった。

休み時間ともなると女子たちが興味本意から群がった。


「ねえ、樹君て呼んでもいい?」

「もちろん、ええで。」


「樹君ってどこの国の血が入ってるの?」

「日本とアメリカ――ああ、あと大阪やな。」


どうやら樹は人見知りするタイプではなさそうだ。集まった女子たちを次々と笑顔にしていった。

もしかして、こいつチャラいのか?と莉緒は思ったが、そんな彼らの話しに聞き耳を立てている自分が急に空しくなり意識を逸らした。


そんな樹の元へ、あいつが現れた。

――世良だ。お陰で莉緒は再び聞き耳を立てるはめになった。


「やあ久我君。世良剛といいます。」


「よろしく。」


「僕の名字で、もしかしたら気がついたかもしれないけど、僕のパパは政治家をやっているんだ。」


なんて失礼で礼儀知らずな奴だ。自慢のパパから挨拶の仕方も教わっていないのか。

莉緒は腹が立ってきた。


「へー、そうなん。凄いな世良君。俺、無知やから知らんねん、ごめんな。」


「いやいや。気にしなくていいよ。そのうち嫌でも知ることになるよ。」


「やっぱり世良君も政治家目指すんやろうな。今のうちに仲良うなっとかんとあかんな。」


「ハハハ。久我君って面白いな。なあ。」と、世良は振り返り二人の子分?に同意を求めた。


「うん。本当、そう思うよ。」

「僕も。」


安い同調した、この二人は「森」と「林」。

なんだか「木」しかない二人は何が楽しくて世良なんかと一緒にいるのだろうか?謎だ。

そのうち、この転校生も取り巻きの一人になっていたりして……莉緒は想像してみたが、どうもしっくりこなかった。


ところで世良は、あれ以来何も言ってこない。クラスでも、そんな話は聞いたことがない。やはり振られたという事は恥ずかしくて言えないのだろうか?いや、そんなはずはない。

このプライドだけで生きている男、世良があのまま無かったことなんかにできるだろうか。

もしかしたら、あれは告白ではなかったのではないだろうか。

莉緒の中に安堵と共に、からかわれた?という気持ちが芽生え、怒りの感情が湧き上がってきたのであった。

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