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お題14『バーベキュー』 タイトル『パラダイス・ロスト』

ジュー、ジュー。肉がちょうどいい具合に焼けている。

 よし、食べようと箸で取ろうとすると、キャプテンが横から奪ってきた。

「へへ、オレの肉ぅ」

 俺の横に座っているキャプテンが肉を噛み締めて喜んでいる、これだけで幸せになれるとは情けない。

「って何でオレ達は焼肉キングに来てるんだよっ」

 キャプテンは強く突っ込みながらも冷静に箸を皿の上に置いた。そう、彼は体が大きいわりにきちんと気配りができる人間なのだ。仕事が営業だということも関係しているかもしれない。

「まあまあ、キャプテンそういわんと、男だけでも楽しいもんやで」

 向かいに座っている兄貴がビールを一口啜りながら、焼けたたまねぎを口に流し込む。肉だけでなくきちんと野菜を食べる彼はダンディな男だ。仕事で各地を転々としたためか、たまにエセ関西弁が出る、そこがまた彼の持ち味でもある。

「……仕方ないよ、諦めようよ」

 兄貴の横でキャプテンを宥めているのがエスパーだ。あだ名の由来は苗字にある。兄貴の弟であり、俺の親友の一人だ。高校時代からの年月を換算すると、すでに15年の付き合いになる。

 彼は神経質なため、きちんと肉が焼けるのを待っている。何でも生の部分があると、お腹を壊してしまうのできっちりと獲物を観察する癖がついている。

「まあ、いいじゃん。せっかくひーはーが場所予約してくれたんだしさ」

 エスパーが肉を引っくり返しながらこちらを見た。

 そう、俺達はゴールデンウィークの初日、バーベーキューを提案し、四対四の合コンを開催する予定だったのだが、あいにくの暴風雨で近くの焼肉食い放題の店に来ていた。

 提案したのはこの俺、ひーはーだ。現時点では無職、趣味は泳ぐ、走る、漕ぐの三つだ。トライアスロンができる体はあるが、金がない無能である。

「仕方がないよって、諦められるかーい」キャプテンはエスパーの肉を食いながら、貴族のようにビールを舐めた。「お前は結婚するんだからいいよ、だがオレ達は何も残らない。残るのは我が身の脂肪だけだ。勝ち組なんだからオレにもおこぼれをくれたっていいじゃないか」

 キャプテンは渡る世間の何かを思い出すようなフレーズでエスパーを攻撃する。常に相手の喜びを蹴落とそうとするクズだが、俺は彼のことが大好きだ。

 なぜなら俺もクズだからである。

「別に勝ったとかそういう話じゃないでしょ。僕達も、もういい年なんだからさ」

 エスパーの意見は正論だ。俺達はすでに32歳になり、結婚していない方が少数派になりつつある。兄貴に至ってはもうすぐアラフォーだ。

 ただ俺達が結婚できていないだけなのだ。

 だからこそ今日はこの合コンに掛けていた。俺達はフットサルで繋がっており、今日のお相手は別のフットサルのチームだったのだ。

「羨ましいなぁ、オレだって結婚したいよぉ」

 キャプテンはビールをおかわりしながらいった。よほどここで飲むビールが旨いのだろう。彼の一日の飲酒量は六缶パックだが、すでにそれを超える飲酒量に入っている。

「ねえ、兄貴。せっかくおなごと楽しみながらお肉を楽しめていたのに、この気持ちをどこに向けたらいいんですか。もしかしたら違うお肉の感触も味わえてたのに……」

「まあキャプテン、ここは一旦落ち着こうや」兄貴は周りの状況を判断しながらいう。隣には家族連れの子供がいるからだ。「どうせ弟が誘った女だ。バーベーキューじゃなくて、バーバキューになってたかもしれんぞ」

 兄貴の親父ギャグ、もといダンディギャグが炸裂する。

「そうだぞ、キャプテン」俺も横から追撃する。「過去のことはしょうがない、忘れよう。俺達は今、目の前にある肉を食べればいいんだ。女に気を使わない焼肉ほど最高のものはない」

「ひーはー、兄貴ぃ」

 俺達は三人でビールジョッキを交わし、友情を誓い合ってぐいっと飲み干す。飲み食い放題が始まって30分、三人の飲酒量はすでに1つの樽を飲み干しているかもしれない。

「ずるいよー、僕も乾杯させてよー」

 エスパーは黒ウーロン茶が入ったジョッキを持ちながらこちらを眺めた。彼は運転だから飲めないのだ。

「うるさい、お前は彼女のおっぱいでも吸っておけばいいんだよ」キャプテンが猛烈に彼を非難する。

「そうだ、無料でセックスできる相手がいるだけありがたいと思っとけ」俺も彼に罵声を浴びせ兄貴の反応を待つ。

「たか、今日は我慢しときなさい」

 兄貴がエスパーを本名で呼ぶ時は従うしかない。

 …さすが、兄貴ぃ、わかってるぅ!

 三人の友情デルタアタックが彼を追い込む。俺達はもう、彼が入れないテリトリーに入ったのだ。

 負け組、という不可侵領域に。

「しかし、美味しいですなぁ、久しぶりに食う肉は」

 そういってキャプテンは店のタブレットを自分のスマートフォンを扱っているかのように注文を繰り返す。塩物を堪能し尽くしたのか、次はタレにうつったようだ。

 彼の肉の餞別にはこだわりを感じさせるものがあり、俺達の胃袋を確実に満たしてくれる。俺達は彼が用意した肉を焼き

皿を片付けて食べるだけでいい。

「美味しいね、このお肉」

 エスパーは満足そうに鳥肉をついばむ。

 キャプテンが肉を選び、俺が肉を焼き、兄貴が空になった皿を回収する。そして食べるのはエスパーだ。

 この野郎、お前仕事してねえじゃねえか。

「次は豚のロースがいいなぁ」

 ……くそ、今のこいつに何も反撃する要素がない。

 俺は地団太を踏んだ。甘え上手な彼に罵声を浴びせようと考えるが何も思いつかない。彼の彼女は一流企業に勤めており、俺達四人の収入を合わせてやっと太刀打ちできるレベルなのだ。その上、美人ときている。とてもじゃないが豚扱いできない。

 今思ったが俺の収入は零だ、三人分といっても過言ではない。

「はい、兄貴どうぞ。美味しい豚のロースが焼けましたぞ」

「おお、すまんな、ひーはー」

 エスパーの横で俺達は肉を渡す。こんな小さなことでしか、俺達はやつに反撃をすることができないのだ。

 小心者の自分が憎い。

「キャプテン、次は何に行くんだい?」

「次は牛しゃぶでしょう!」

「うぇーい、待ってました!」

 俺達三人はマジックポイントを擦り減らすように踊りながら、焼肉を楽しむ。今日の俺達のフォーメーションはエスパーに肉を食わせないことだ。彼女の肉を堪能している彼に俺達を止める権利はない。

 だからといって悠長に楽しんでいる暇もない。食べ放題といっても90分の時間制限があるのだ。俺達はこの時間をフルに楽しまなければならない。焼肉にロスタイムなど存在しない。

 俺の一番の大好物はデザートの杏仁豆腐だ。肉も大事だが、最後の締めが満足感を左右するといっても過言ではない。

「牛しゃぶ、うまっ」

 三人でビールを飲みながら味わう牛しゃぶは最高だ。一人サラダを食っている奴を見ながら食う牛は余計に旨い。

「僕にも食べさせてよー」

「お腹が弱い子は食べれませーん、ミロでも飲んで強くなるのが先ですぅ」

 キャプテンの容赦ない言葉が彼を襲う。だがこれくらいの攻撃では彼を倒すことはできない。この90分のうちに彼に参ったといわせる考えは何かないものか。

 中盤戦に入り塩タンなど軽めのものに入ると、エスパーが立ち上がりトイレに向かった。よし、俺達も少しだけ休憩に入ろう。

 エスパーが完全に見えなくなって俺達は意見交換を始めた。

「あの野郎、肉食うだけじゃねえか」

 俺が文句をいうと、兄貴が頷いた。

「あいつは昔から甘えるのが上手くてな、天性のものだ。仕方ない」

「くそ、あいつをぎゃふんといわせたいぜ!」

 俺達が会話していると、キャプテンはなぜか無言になっていった。

「どうした?キャプテン、お前、まさか……」

「いや、それはない。彼女ができたとかはないから」

 何もいっていないのに、キャプテンは否定した。「ていうか、キャプテン彼女おったのに結婚せんかったのは何か理由があるん?」

「いや、オレだって結婚したかったさ……」そういって彼は遠い目をした。「だけど結婚は一人ではできないだろう。相手がいて初めて成り立つんだ。それが今のオレには熊しかいない……」

 ……熊?

 俺達が訳を聞くと、彼は真剣に答え始めた。

「オレは体がでかいじゃん? だから一人暮らしを始めてダブルベッドにしたんだけど、それが広すぎてさ、今、熊と寝ているんだ」

 ……全く意味がわからない。

「つまりどういうことだ?」

「彼女はオレが置いてあった熊が浮気相手と勘違いしたんだ……」

「えっと……浮気してないのに、熊のぬいぐるみと寝てて、浮気していたと思われたの?」

「そういうことだ」

 ……ひどい、ひどすぎる。

 俺はキャプテンの彼女だった相手を憎んだ。だが彼女との付き合いを止めてよかったと俺はひどく安心する。とてもじゃないが、結婚したらキャプテンが壊れていただろう。俺はその彼女の本性を知っていたからだ。

 キャプテンは泣きながら大きな熊のぬいぐるみの写メを見せてくれた。後姿がキュートで、バッテリーのコードが刺さってる。

「って、充電式とかダッチワイフかっ!」

「ぶるぶる震えて肩こりをほぐしてくれるんよ」

 ……知らんわ、そんな機能。

 俺達は絶句した。ここでは皆、ファミリーが楽しそうに一家団欒を楽しんでいるのに、俺達は皆独身で、熊のダッチワイフ式のぬいぐるみと寝ているという話で盛り上がっている。

 これで世の中に勝てる要素はない。だがそれでいい、と思っている自分もいる。世の中、結婚と子供が全てじゃないのだ。俺達は祖先を残せないラストサムライになればいい。

 俺達は立派な落ち武者だ、それを誇ればいいのだ。

「キャプテン、それで傷は癒えたのか」

「いや、オレの傷は深い。2年経つが未だに元カノが好きだ」

「俺だって5年だよ、早くいい相手見つからねーかな」

「私は15年さ」

 兄貴の背中に哀愁が漂う。拗らせ過ぎだろう、早くなんとかしないと……。

「正直、今日合コンじゃなくてよかったぜ」キャプテンがいう。「どうせアラサーとか、今まで結婚できなくて残った女達だろう? オレたちも同類だけど、それは勘弁っていうか」

「そうだな。どうせ斜に構えているような奴らだろう、最初に聞く質問だってどうせ年収だぜ」

「私は女であれば何でも構わない。むしろ、おと……」

「何の話してるの?」

「負け組みに乾杯。お前は死ねっ」

 トイレに行っていたエスパーを無視して乾杯を施す。どうせ彼には子供ができるのだ。なら、今のうちに禁酒の準備をしていた方がいいだろう。

 後半戦に入り、俺たちの胃袋も限界を迎えていた。やはりなんといってもアラサーだ。焼肉を食べているだけで体力がなくなっていく。

 今気づいたが俺は無職だった、体力を残しておくなんて、もったいない!

 そろそろデザートに移ろうか、と考えていた時、エスパーが突然口を開いた。

「ごめん、皆にいわないといけないことがあるんだ」

「おお、どうした。神妙な顔をして」

「実は結婚式の招待状送ったけどさ……」

「送ったけど、なんだよ。届いてるよ、サインしたよ」

 俺が答えると、キャプテンはごほん、と咳払いしていった。

「……もしかして、お前。オレらに来るなとかそういうのじゃないよな?」

 それでもエスパーは気まずそうに口を封じる。

 俺は不安になり、思いの丈を彼に告げた。

「いくら俺たちが落ち武者だからってそれはないだろう。まさか相手が一流企業だから、俺たちの席は横のテレビ会場になるとかじゃないだろうな」

 そういうと、キャプテンが震えだした。

「二次会はどうするんだ?まさか……俺たちは3万払って希望も仏もないのかよ……」

「たか、お前、身内である私も出るなというのか?」

 エスパーはその場で頭を下げた。

「本当にごめん、僕、彼女と別れたんだ。だから……結婚式もないし、二次会もできなくなった……すまない」

 彼の言葉に俺たちは熱くなる。

 彼は今日ここに来て、ずっといいたかったのだろう。だが俺たちが彼の言葉を封じてしまい、いえなかった。だからこそトイレにいったり、運転を引き受けてくれたり気を使ってくれたのだろう。

 この野郎、お前はやっぱりいい奴じゃないか。

「いいってことよ」キャプテンの熱い眼差しが彼を癒す。「最初にそういってくれたらよかったのに……俺たちやっぱ親友だ、お前は最高だよ」

「たか、何でいってくれなかったんだ……」兄貴が涙を零しながらいう。「謝ることなんてないさ、私達は兄弟だろう?」

「兄貴は本当の兄弟でしょ」俺が突っ込むと、兄貴は、そうだった、と乾いた笑いを浮かべた。

「ごめんね、皆」エスパーはそういってタブレットを見ながら謝った。「もう1つ謝らないといけなくなっちゃったね」

 タブレットの画面を見ると、いつの間にか90分の食い放題の時間は終わり、早く帰れというニュアンスの文字が書いてあった。

 だが俺たちにデザートはいらない、と思った。彼が今日のデザートであり、俺たちはすでに満足しているからだ。

「この後、どうする?お前が好きなカラオケに行ってもいいぜ」

カラオケ嫌いのキャプテンが乗り気である。大分調子がいいらしい。

「たか、お前が好きなケーキバイキングでもいいぞ」甘いものが苦手な兄貴が乗り気である。絶好調だ。

「エスパー、今日は俺に奢らせてくれ」金のない俺でも意地を張らなければならない時がある。今がその時だ。

 俺たち三人が彼に合わせると、彼は再び遠慮した。どうしたというのだろうか。

「ごめん、もう1つ謝るっていうのは食い放題の時間が終わったことじゃないんだ……」

「どうした、水臭い。ちゃんといえばわかることだ。俺たちはお前の味方なんだからな」

「大丈夫、もうお前を敵だなんていわないから、正直にいってくれ」

「たか、いいんだ。遠慮しなくて」

「うん、実はね……」エスパーは申し訳なさそうに隣を指差した。「今日の合コンの相手、実は僕達の横で食べてたんだ。だから、その、お互いお腹を満たしたってことで、一緒にボーリングでも、どうかなって」

 俺たちが席を立つと、横には鋭い目つきをした四人のアラサー女子が睨んでいた。きっと俺たちの会話を全て聞かれていたのだろう。

 ……神様、そういうことですか。

 俺たちの楽園はたった今、終了した。

 次の機会は、当分ないだろう。

お読みいただいてありがとうございます。

後86!頑張りますb

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