年寄りが廃棄されていく世界
イチゴは窓の外を見ていた。
アスファルトに薄汚れたビルが建ち並んでいる。
チャイムの音がしたので
ゆっくりと立ち上がり
玄関に足を運んだ。
ドアを開けるとドクターがいた。
イチゴは今日が年に一度の診察日だったことに気が付く。
「今のご時世、窓から外を見ても面白くないでしょう」
ドクターはそう言いながら
カバンから診察道具を取り出していた。
「私の若い頃はたまに鳥などが飛んでいる姿が見えたが
今はさっぱりだ。
ビルが変わらずそこにある。
でも私は窓から外を見るのが好きなんだ」
イチゴは青い瞳に映る景色に何か変化がないか待っていた。
しかし、誰も通らず、何も飛んでこない。
「それでどうですか? 身体の具合は?」
「ああ、もう足腰が大分弱ってきてね。
歩くのに時間が掛かって困る。
まったく私の身体も錆び付いたものだな」
イチゴは無表情でドクターに返事をした。
「いやいや、診たところまだまだ大丈夫です。
現役であと十年はいけますよ」
ドクターの笑顔を見て
若いというのは羨ましいとイチゴは思った。
「ドクターは忙しすぎて、まだあのニュースを知らないのかな。
六十歳を迎えたものは自決するように政府が発表した。
要するに、私は来年ドクターにお会いすることが出来ないわけだ」
その言葉を聞き、ドクターは唖然としていた。
「そんな馬鹿な。政府は一体何を考えているんだ。
今まで頑張って国を支えてくれたものに死ねだなんて」
「そう言ってもらうのはありがたいが
私はその政府の発表に異議はないんだ。
私の働いている工場はね
右も左も年寄りだらけだ。
たまに若者がいるが
その若者の働きっぷりったら見事なものだよ。
私たちの倍は働く。
性能がまるで違う。
もう私たちは邪魔なんだよ」
「だからと言っても死ねだなんて酷すぎます」
ドクターは眼を見開き
口を真一文字に結んで怒っていた。
私もこんなに素直に喜怒哀楽を表現できたらなとイチゴは思った。
「働かない私など社会に必要ないのさ。
そうだろう。
ただこうやって窓から外を見ているだけ。
生きていても仕方ないのだよ」
困りきった顔をしているドクターから視線を外し
イチゴはまた窓の外を見た。
すると、久しぶりに景色に変化が起こっていた。
人が歩いていたのだ。
ぼさぼさの長い髪の隙間から無気力な瞳が覗いていた。
ぶつぶつと何か呟きながら、通り過ぎていく。
「おや、珍しい。人じゃないですか」
ドクターが驚いた声を出した。
「毎日窓の外を見ているが、私も久しぶりに見られたよ。
人は全員引き篭もっている上に
個体数も大分減ってきているからね」
「みんなバーチャルの虜になっていますからね。
クローン技術で数を増やそうか考えているみたいですが
もし絶滅してしまうと
私たちは誰のために働けばいいのですかね?」
そう言うとメカニックドクターである豊田十九号は
最新の表情機能を使い、少し困った顔をした。
表情機能を持たない、工場ロボットである豊田一号は
そのコロコロ変わる表情をまた羨ましく思った。
長居しているのに気が付いたのか
ドクターが立ち上がった。
「それではイチゴウさん帰りますね。
ああ、イチゴさんと呼ぶんでしたっけ?」
「別にどっちでもかまわないよ。
イチゴの方が親しみやすいと
昔の人間が決めただけのことだからね。
ウがあろうとなかろうと私はかまわないよ」
「そうですか。それでは失礼します」
そう言うとドクターは帰って行った。
イチゴは部屋に戻ると窓の外を見た。
もうこうやって外の景色を見られるのも、あと半年だ。
全国の豊田一号初期型、別名イチゴは
あと半年で六十歳を迎えるのである。




