微睡めもしない
寝息は聞こえてこない。
ただ窓に頭を当てたまま、静かに目を閉じている彼女は多分寝ているはずだ。
彼女の授業中のポーズはだいたいこれ。
右手で頬杖をついて、頭を左の窓側へと傾けて静かに目を閉じる。
そうじゃなかったら目を開いて黒板と担当教科の先生とノートを交互に見る。
だけど、そんな眠る体制でもチャイムと同時に目を開ける。
チャイムよりも先に担当教科の教師が声をかけても、パカリ、と目を開くのだ。
その度に寝起きがいいんだ、なんて思っていた。
「……何」
そう思っていたら隣の席の彼女が、いつもの体制のまま目を開けて口を開いた。
授業中とあってか小さくて低めの声。
長いまつ毛に縁どられた瞳が俺を映している。
言葉が喉の奥で絡まって出てこなかった。
彼女は面倒そうに息を一つ吐いてから、窓側に寄せていた体を起こす。
寝起きの気だるさを見せることなく、サッサと指先で髪を撫で付けてからもう一度俺に「何」と問いかけた。
問うというよりは尋問に近い気がするのはきのせいだろうか。
俺が気にしすぎなだけだろうか。
「あっ、と……寝起き、良いんだ」
絡みに絡んだ結果に喉から飛び出してきたのは、こんな言葉で彼女も眉を寄せた。
現在五時間目。
昼食も取り終わり、眠くなってくる時間におじいちゃん先生の現代文。
子守唄のように聞こえてしまい、机に突っ伏しているクラスメイトが多数。
彼女もその状況を確認するように、教室全体に視線を泳がせてから黒板を見た。
今日は授業の頭から寝ていたから、きっと板書なんて一切してないのだろう。
彼女は大して気にした様子もなくノートを閉じる。
「寝てないし」
「え?」
ノートを閉じてから俺を見た彼女がそう言った。
だから俺は首を傾げる。
そうすると彼女は同じ言葉を繰り返す。
「寝てないし」と「寝てるなんて言ってない」と。
減らず口だとは思うけど、それ以前に寝てないってどういうことだ。
彼女は頬杖をついて目を細める。
うつらうつらと船を漕ぎながら「寝れない」と一言。
猫みたいな犬歯剥き出しの欠伸をする彼女は、本当に眠そうだった。
「人の気配とか、物音とかそういうのある場所で寝られる人とか信じられない」
そっと目を閉じる。
そうすれば長いまつ毛が伏せられて彫刻のようだった。
彼女の寝息にもならないそれは一定ではない。
寝息のように穏やかにはならない。
人の気配で眠れない。
物音で眠れない。
神経質なだけか、それとも癖になっているのか。
彼女は良く分からないけれど、相変わらずいつもと同じ体制で目を閉じている。
「お休みなさい」
何となくかけた声に、彼女のまつ毛が微かに震えたような気がした。