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09

                     *



 それからぼくらは、とある広場に面した喫茶店へとやってきた。


 ここに仮の本部を置くことにしたのだ。


 そこはひさしが大きく出た店で、その下に円卓や椅子が置かれていたりしている。


 店の中で買った飲み物や食べ物を、ここで食べるというわけだ。


 喫茶店に立ち寄る前、ぼくはディレンに短い連絡を入れた。


 ここらへんに居るよ、という定時連絡である。


 お互いそういう連絡を入れることで、双方が無事か、どこに居るか確認するわけだ。


 ついでに、ジョン・ドゥが現れた事も伝えた。


 ちなみに、通信は術法的暗号がかけられているので、傍受されても問題はない。


「うまくいっているようなの?」


「まだ調べている最中みたいだよ」


 ぼくとケイトは、近接通信術法でそう言葉を交わした。


 そしてぼくは、冷えた黒豆茶を管で飲む。ケイトもそれにならった。


 ケイトは、市場を歩いている頃から、ちらっ、ちらっと、ぼくの顔を見ては、何かをしたい、何かを欲しがっている様子だった。


 何をしたいのだろう。何を欲しがっているのだろう。気になる。


 が、それだったら、自分から言えばいいのに。とは思う。


 それに、ケイトはどうして神殿にいて、遊女巫女をやっているのだろう。


 王が殺されて逃げてきた先だから、というにはあまりにも慣れすぎているし、堂々としすぎている。これも気になる。


 そして、貧民街で見かけたあの男。


 あの男が、ジョン・ドゥなのだろうか。そしてその正体は一体誰なのか。


 ……ええい。考えていたら切りがない。


 心の片隅に、重なる疑問達を無理やりしまい込み、話を続ける。


「まあ、今日中には調査は終わるとは思うけどね」


「あの塔は、近づきにくいって覚えがあったけど……」


「だろうね。ディレン達でもやりにくいんじゃないかな。でもあいつらならできるよ」


 喫茶店は、それなりの客の入りだった。


 周りの卓は、ぼくの巫女達で占められていた。


 巫女達は、黒豆茶や紅茶、麦茶などを飲んだり、菓子やブレトを食べている。


 彼女らの顔は、満足、という一言そのものだ。


 なんでもこの菓子や焼き菓子、ブリティアから輸入した最新鋭の術導菓子製造装置を用いて作っているらしい。


 あれか。キタザキ社製のものか。一言で言えば、あれはただの複製装置なんですが。


 それでも味や触感など、少しも違わず複製してくれるので、


「このお菓子、ふわふわ甘くておいしいですわねー」


「こんな時なのに、これだけの味を維持しておるとは、本当にすばらしいことじゃのう」


「それを、救世主メッシア様が全ておごってくださるナンテー。本当に助かりマース」


救世主メッシア様っ、本当に有難うございます。ただの頑丈な類人猿じゃありませんでしたのね。親切な類人猿ですわね」


 本当に大好評だ。


 お菓子を食べたり、飲み物を飲んだりしていた巫女達が、声を揃えてお礼を言ってきた。


 が、最後。また類人猿かよ。


 さっきの鮮やかなぼくの指揮と、美味しい菓子と飲み物に、巫女達の印象は少し良くなったようだ。


 ぼくは安堵の溜息をつく。


「いやいや、こちらこそ。君達に喜んでくれて、ぼくも嬉しいよ」


 ぼくも、機嫌よくお礼を返す。


 特に。


「ふふっ。本当に、ここの店の菓子は美味じゃないの。……主人マスタ。これもう一個追加しな。これはあたしが出すから」


 シュレナ姐さんは、何個も菓子を頬張っていた。


 彼女、ああ見えても、甘いものが大好きなんだな……。


 人は見かけによらないって、本当にあるんだ、とぼくは妙に感心した。


 そしてふと思い出す。


 巫女達は客に一夜の夢を与えることを。


 そして、リュビ・ポミエの神殿巫女物語の一フレーズには、こうあった。


 夢を集めれば、現実になる、と。


 巫女という夢。そしてその夢を集めれば現実になる、か。


 ぼくは、黒豆茶を飲み干した。一息ついて、あたりを見る。


 ぼく達のすぐ近くでは、他の客達も黒豆茶や紅茶を飲んだり、菓子を食べたりしている。


 茶や菓子の匂いがあちこちからただよい、胃腸を刺激する。いい香りだ。


 そしてもう一つ。巫女達の香りだ。巫女達から放たれる匂いは相変わらずいい匂いだ。


 ……ケイトの視線が気になってしょうがない。


 と、それはともかく。


 なぜここの喫茶店を選んだかというと、ケイトが馴染みだからだそうだ。なので。


「はい、ケイト様。ジャービス様。もう一杯おまけでございますよ」


 なんて喫茶店の初老の店長が、円卓の上に冷えた黒豆茶を置いてくれたけど。


 その態度、どうもケイトじゃなく、ケイティニアとしての馴染みな気がするんだよなあ……。


 首を傾げつつ、二杯目の黒豆茶を飲んでいたその時だ。


 近くから、大きな歓声が沸いた。


 ぼくらは、歓声が聞こえてきた方向を見た。


 歓声は、喫茶店の直ぐ側にある広場からだった。


 見れば、大勢の人が集まっている。何かの集会が始まったらしい。


「あれは」


「おそらくは反ルイム十六世派の集会でしょう。最近はここかしこで、そう言った集会が開かれておりますな」


 喫茶店の主人が、事も無げに言う。


 そして言葉を続ける。


「ケイティニア王女の弟で、オアーズ神話の「パンテオン」を信仰する前王の息子ザウエナードと、その母である前王妃ディアナを担ぎあげた「復古派」や、民主的な共和制を求める「民主(共和)派」などが起こしている革命運動が、盛んなんですよ」


 見れば群衆の中に、いくつもの旗や、標語、手持ち看板などが掲げられている。


 その旗は、タイクニアの王族を意味する獅子の紋章が、中央に染め上げられた旗だった。


「あれは、王党派の集会か」


「のようですな」


 その時、ケイトが何かを見つけて、立ち上がる。


 そして、大きな声で言う。


「……ザウエナード!」


 と。


 ぼくは、集会の中央の方を見た。


 数名の人間が、人の群れの中から頭一つ出ている。


 おそらく、壇上か何かに上っているのだろう。


 その中の一人が、ひときわ目立つ豪奢な衣装を着ている。


 その顔は、ケイトより年下の、大人になりきれない少年の顔だった。


 あれが、ケイトの弟王子、ザウエナード王子なのか。


 ぼくは、王子とケイトの顔を交互に見ながら、集会を見守る。


 集会は、王子のそばに立つ弁士か誰かが、何か演説をして始まった。


 何か言い終わるごとに、聴衆達が盛り上がる。


 叫び声や示威唱和シュプレヒコールなどが上がる。


 おそらくは、前王妃やザウエナード王子に、王位を取り戻すべし、などといった演説やら標語やらを叫んで煽っているのだろう。


 そういう意味では、まさにお定まりの政治集会だ。


 弁士の煽りと聴衆の興奮が最高潮に達したところで、ザウエナード王子の頭が一歩前に動く。


 そして、何かを言いかけようとした。その時だった。


 突然、聴衆の後方からわあっ、という叫び声が上がった。歓声というより、悲鳴、だった。


 そして聴衆が突然動き出した。蜘蛛の子を散らすように、わあっと広がり始める。


 壇上のザウエナード達も、慌てて壇上から降りる。


「なんだ……」


 何が起きたんだ。一体全体。


 聴衆達がいた向こう側で、何かが起きたらしいことは確かだ。


 拡散し始めた示威デモ隊の間から、人型の何かが見え始める。


 それは、杖銃で武装した、機械的な甲冑達だった。


「あれは、鎮圧警官ライアットポリス!」


 ケイトが、悲鳴のように叫ぶ。


 そんなに叫ばなくても。


「鎮圧警官……」


「パリスの街で最近導入され始めた機械憲兵ですな。憲兵というよりは、虐殺者にも私は思えますがね。さて、ちょっと避難しないと……」


 喫茶店の店長が、冷静さの中にちょっと動揺した声色であたりを片付け始める。


 見かけによらず、小心者というか、臆病な鶏のようだな。


 そんな店長を無視するかのように、


「ザウエナード達を助けないと!」


 ケイトは椅子から勢い良く立ち上がると、いきなり喫茶店を飛び出し、駆け出していく。


「おい、ちょっと待てよ!」


 ぼくも慌てて、後を追う。


 代金は黒豆茶などを買った時に既に支払ってる。問題はない。


 ケイトは逃げ出す群衆の中へと飛び込んでいく。


 そして群衆に紛れて逃げ出したザウエナード達に向かって両手を大きく振り、


「ザウエナード! こっち!!」


 と、王子達を呼んで誘導する。


 はじめはケイトの呼びかけに気付かなかった王子達だが、群衆の中で違った動きをする少女の姿に気がついたようで、ぼくらに目を合わせると、こっちの方に向かってやってくる。


 杖銃を持った機械兵達──鎮圧警官達は、ザウエナード王子達を初めから追っていたようで、王子達の後を銃で狙いをつけながら追う。


 そして、


「姉上!? 姉上なのですか!?」


 そう言いながら、童顔の毛並みが豊かな大きな外套を背負った少年が一人と、その従者らしき男女が数名駆け寄ってきた。


「ザウエ! わたくしよ! こちらへ!」


 挨拶もそこそこに、ケイトは王子達の先に立って走りだす。


 と言っても、どこへ行こうと言うんだ。逃げられる場所を知っているのか、ケイトは。


 疑問を覚えながら、ぼくもケイトの後を追う。


 ケイトとザウエナード達、そしてぼくの周りを、巫女達が身を固める。


 こうやって救世主の周りを囲んで守るのが、巫女達の役目だというのだ。


 言い伝えとしては知ってるけど、こうやって実際守られると、ちょっとなんだかな、という気もするけれども。


後ろから発砲音。


 鎮圧警官達が、杖銃から術法を発射しているのだ。


 おいおい、あたったら不味い。と思っていると。


 巫女の一人、術法士の黒い外套を着た少女が、どこからか短杖を取り出し、さっと術法を発動させる。


 ぼく達の後方に、術法の障壁ができる。


 これで何とか防げる、か。


 何度も何度も術法が打ち込まれるが、かけた障壁が術法を食い止める。


 少しホッとしながら、前方をもう一度見る。


 ケイトは、大通りから側道に入り、何度も曲がり、裏路地の方へとぼくらを案内していく。


 が。これでほんとうに大丈夫なのか。そう思い、


「これで隠し通せるのか、ケイト……」


 と言った時だった。


「ここらへんでいいわね。ザウエナード達と巫女達はここで隠れてて! わたくし達がなんとかするわ!」


 と路地裏の奥を指さし、王子達、巫女に指示する。


 ケイトの有無をいわさぬ表情に、王子と侍従達は黙って従う。


 ケイトは、巫女の一人に指示をした。


 命令された巫女の一人は、その路地裏の奥に、何やら術法をかける。


 見た目はなんともないが、術導表示だと、明らかに術法がかけられているのがわかる。


 結界術法。その場所に人が入らないようにするための術法だ。


 結界術法には人そらしの効果もあるので、鎮圧警官の気もそらせる、のか……。


 疑問に思っていると、複数の機械的な足音が遠くから聞こえてきた。


 来たか。ぼくは背負い袋から術導銃を取り出し、剣状態に変形させた。


 来るなら来い。不意打ちで倒してやる。


 その時だった。


「ジャービス様。わたくしがあいつらの気を逸らします。その隙にあなたがあいつらをやっつけて」


 ケイトはぼくの目の前に立ち、そう言う。


 しかし、どうやって。


「で、どうやって気をそらせ……」


「ジャービス様」


 その時、ケイトが妙に真剣な表情でぼくの名前を呼ぶ。


「何だ突然」


「殿下のことを、お慕い申し上げておりますわ」


 そう告白すると、顔を近づけて、自分の唇をぼくの唇に重ねた。


 そしてそのままぼくの唇を吸う。柔らかい唇の感触。


 なっ、なんだ……。体にギュッと強い力が加わる。


 ケイトが、抱きしめているのだ。目の前にはケイトの顔。その双方の瞳は閉じている。


 美しい、美しいけど、今はそんなこと言っている場合じゃない。


 一瞬が永遠にも思えるほど、時の流れが遅く思える。


 その間にも機械的な足音は大きくなり、ぼくらの近くで止まった。


 駆動音がいくつも聞こえるが、その拍は明らかに乱れている。


 ちょっと待て、気を逸らすって、こういうことだったのか。その時だった。


「今です」


 ケイトは顔元で囁き、ぼくの元から素早く離れる。


 視界が一気に広がる。


 その向こう側、機械なのに明らかに狼狽した鋼鉄の甲冑兵、鎮圧警官達がいる。


 彼らの動きはばらばらで、たった今目の前で起きたことに、はっきりと混乱している様子だった。


 今だ。


 ぼくは本能的に、ケイトから弾けるように離れると、術導銃の引き金を引く。


 雷撃の剣が飛び出す。奴らの足元に飛び込む。剣をふるう。機械兵の一体を一刀両断する。機械兵は電撃に包まれながら倒れていく。


 オアースの巫女メイデン達も結界から飛び出し、剣や杖銃などを取り出して突撃していく。


 その後方で、シュレナさんが細い剣を天に掲げ、その剣先から光を放っている。


 あれは〈武将マーシャル〉と呼ばれる職能クラスが、部隊などを支援するために放つ身体光オーラだ。


「行きます! アターックデスー!」


 戦車のような騎士や聖騎士の巫女達が、ぼくらを守りながら真っ直ぐな騎士剣で切り払う。


 機械兵のボディが紙のように両断される。


「人形が相手なら、手加減はせんぞえ……!」


 一人の術法系の巫女が杖銃を撃つと、巨大な銀色の手が打ち出され、鎮圧警官の一体を捕まえ、やすやすと握りつぶす。


「私がっ、一網打尽にしますっ!」


 彼女とは別の術法系の巫女が、自らが生み出した電撃の網を放つと、機械兵達が魚のように網に包まれ、身動きがとれなくなる。


「ありがとうっ! この御礼は、体で支払いますわよっ!」


 機能がほぼ停止した機械兵達を、力の神格の僧侶や軽戦士の巫女などが、鈍器や双剣などで、料理をするように手早く片付けていく。


 ぼくらは、鎮圧警官達に反撃させるすきを与えず、奴らをすべて倒した。


 周囲に、鉄などが焼き焦げた匂いが漂う。


 臭いな。顔をしかめた後で、ぼくはこの作戦を立案した張本人の方を見た。


 薄い緑を基調とした旅の装いのケイトは、申し訳ない顔をして、


「ごめんなさい。でもこうしたほうが、相手を混乱させられると思ったので……」


 と謝った。


 謝った。謝った、けれども。


 ケイトは、ぼくを……。


 怒りが、胸の奥からふつふつと湧いてきた。いや、それは怒りではなかった。理解だった。


 ケイトが、何を欲しかったのかということを。ぼくと彼女は、お互いがお互いの鏡だったということを。


 ぼくはそれを知り、一瞬我慢しようか思ったけれども、止められなかった。


「ぼくを、利用したのですか」


 そんな言葉が口から出る。


 ぼくの言葉に、ケイトは身をすくめる。


 その姿は、いたずらして叱られた子猫のようにも思えた。


「利用してごめんなさい! でっ、でも、口吻したかったんです! 欲しかったんです!」


 反省しながらも、自分の欲求を一気に吐き出す。


 やっぱり。


「こんな時に欲しがらなくてもいいじゃないか……」


 ぼくは、言いながら背負い袋に術導銃をしまった。


 そして、そっとケイトに近づく。ケイトは怯えた目で、壁の方へと後退りする。


「ごめんなさい。ごめんなさい!」


 数歩下がり、ぼくから逃れようとするも、壁でその先を断たれる。


 ぼくは迫る。赦しておけなかった。こんなケイトを。


「あっ、あのごめんなさい! わたくし殿下を怒らせようとしたわけじゃなくただあの機械兵を混乱させようと思っただけなんですけれど怒らせたみたいで」


 その間も、ケイトはただ謝るだけ。


「ごめんなさい! ジャービ……」


 ぼくは、両腕でケイトの顔のそばの壁を、一つ強く叩いた。そして、言った。


「黙れよ」


 ぼくはケイトを抱きしめ、謝罪の言葉を言おうとしたケイトの唇を塞いだ。


「ん……! ん! ん……!」


 ケイトの体をそっと撫でる。


 顔をそっと撫で、指で何度も梳いてやる。細い金髪の触感が心地よい。


 そこから首へと手を移す。意外と太めの首の肌は、つるつるしている。


 何度も何度も首をさすった後、襟元へと手を移す。


 そこには旅装束のベストの鈕があった。一度唇を離し、ポタンに手をかける。


 鈕はたやすく外れた。そこには緑色に染められた薄手の上着があった。


 そのシャツに手をかけようとした時。


「ケ、ケイティニア王女様! 一体何をやっておられるのですか!?」


 その声で振り向くと、ザウエナード王子の侍従達が路地裏から飛び出し、目玉をひん剥かせてぼく達を見ている。


 巫女達は、きゃあ、という顔でぼくらを見ていた。


 ぼくは、素知らぬふりをしてケイトの上着を離す。


良かった。どこで止めていいかわからなくなっていたし。


 止めなかったら多分最後までやっていたよ。


 巫女達も、止めてくれたほうが良かったんじゃないか……。


「き、貴様何者かね!? 王女様に事もあろうにみだらなことをして!? 死罪だ!」


 侍従の一人が、短杖を突きつける。


 瞬間、ぼくは本能的に反応。その懐に飛び込み、強く短杖を払いのける。


 短杖は、呆気無く侍従の手元から飛んでいった。短杖がからん、と石畳に転がる。


「ウルワス!」


 ケイトが、術法をぼくに飛ばそうとした侍従を叱りつける。


「その方はわたくしを護衛してくださっている方であり、わたくしの客であり、わたくしの……、お慕いしている人です! 無礼ですよ!」


「ケイティニア王女様……」


 ぼくが叩いた手がまだしびれるようで、もう片方の手で支えながら、侍従のウルワスが涙目で言う。


 言わんこっちゃない。


「ですが、あのような行為は……」


「わたくしが求めたから、この方が応じただけです。責めるならわたくしを責めなさい」


「ケイティニア様……」


 ケイト、いや、ケイティニアは気丈に応じる。


 先ほどまで、あんな嬌声をあげていたとは思えないほどに。


 高貴な地位に就いている人間というのは、こういう態度をいつも求められるし、こういう態度にいつでもならなければならないのだ。


 巫女達も、さっき黄色い声を上げた時とはまったく違い、厳しい目で武器などを構え、あたりを警戒している。


 ……ああ、そういえば。

「ああ、自己紹介がまだでしたね。ぼくは、ジャーヴィス・ブリティア・ヘンブルグ。ブリティア王国の第三王子です。以後お見知りおきを」


 ぼくは王室の人間の礼を取る。が。


「この方が、ジャーヴィス王子ですと?」


 侍従の中で、もっとも年を経た人間が顔をしかめる。


「三ヶ月前に行方しれずになったという、ジャーヴィス王子が、なぜここに?」


「ちょっと武者修行の旅に出ておりまして……」


「いや、それはいい」


 侍従長は再び顔をしかめる。


「おぬしの、顔立ちや体つきはジャーヴィス王子のそれであるが、顔つきや雰囲気はジャーヴィス王子のものではない。むしろ……」


「むしろ?」


「第四王子のクロヴィス王子に似ておる。そう、ジャーヴィス王子とクロヴィス王子を足して二で割ったように思える。おぬしは、本当にジャーヴィス王子なのかな?」


 またか。昨日の夜、ケイトに言われたことと、また同じことを言われた。


 ぼくは、顔をしかめた。少しでもブリティアの事情を知るものに会うとこうだ。


 いつも自分を怪しまれる。


 ぼくはジャーヴィス王子だ。それは自分自身で知っている。


 しかし。それは本当なのだろうか?


 自分がそう思っているだけで、本当は何かが違うのだろうか?


 真実が、別にあるのだろうか?


 ぼくがそんな思索を思い巡らせていると、侍従達の後方から、少年の声がした。


 それは、何かを待ちわびていた声だった。


「姉上……。本当に、お久しぶりでございます……」


「ザウエナード……」


 ケイト、いやケイティニア王女と、ザウエナード王子は懐かしむ目でお互い見つめ、双方歩み寄ると、お互い手を握り合う。


 しかしすぐに手を離すと、ザウエナード王子は、ぼくの方に向き直る。


「ジャーヴィス殿下。わたくしがタイクニア王室長兄にして皇太子、ザウエナード・タイクニア・ルイムでございます。姉上がお世話になっているそうで、その節は御礼申し上げます」


「ザウエナード皇太子さま。大層なことはしておりませんよ。チンピラから彼女を救ったとか、彼女や、この巫女達が働いている神殿街が襲われたのを助けた程度で」


「姉上が、神殿で働いていると……?」


 ぼくの言葉に、皇太子はまゆをしかめた。


 あ、しまった。このことは言うべきじゃなかったか。


 ザウエナード王子は、今度はケイトに向き直る。そして、何かを確かめる口調で言う。


「姉上。どうして宮殿から家出なされたのですか?」


「えっ?」


「えっ……」


 どういうことだ。


 ケイトは、ルイム十六世が王位を簒奪した時に、宮殿から逃げて神殿街に逃げ込んだ、んじゃなかったのか。


「どういうことですか」


 ケイトは、しどろもどろになって黙ってしまった。


 何か言おうとしたようだったが、ぼくはそれを遮る。


「ケイトは、ルイム十六世の手から逃れたんじゃないのか……」


「ジャーヴィス殿下。姉上からは、そう聞かされているのですか?」


 ザウエナード王子は、少し驚いた表情で答えた。


 そして、計算の間違いを指摘する教師のような声で言う。


「姉上は、ルイム十六世が王位を簒奪する直前、宮殿から突然家出したんです。父上や母上、そして、私達に黙って」


「……」


 ケイトは、未だに黙っていた。


 どういうことなんだろうか。ケイトが、嘘を吐いているのは違いない。


 今問うべきなのか。それとも。


 決めた。


 今は答えは求めなくていい。それがケイトのためだし、この場にいるみんなのためになる。


 それに、今のこの状況は、それどころじゃないんだ。


 ぼくは、王子に向かって言った。

「しかし。ケイトにも理由があるんでしょう。嘘をついたのも、宮殿を飛び出したのも。それに、今はそれを問い詰める場合ではないと思います。殿下と皆様を、どこか安全なところへお連れしないと」


 ぼくの忠告に、ザウエナード王子は考える表情になる。そして、一つ首を縦に振った。


「わかりました、ジャーヴィス殿下。あなたのご忠告、お受けいたします」


 王子はそう言って、身を翻した。続けて、ケイトに向かって言う。


「姉上。いいご伴侶を見つけましたね。この御方なら、亡き父上もお喜びになるでしょう。落ち着いたら、お二人の婚姻に、微力ながら助力いたします」


「ザウエ……」


 弟王子の言葉に、ケイトの目の端で何かが光った。


 その光を手で払うと、ケイトはいつもの気丈な顔に戻った。


 衣服の乱れも、既にもう見られない。


「ならば、参りましょう。すぐ近くにあれがあります」


 と言い、ケイトは皆の先頭に立って進む。


 ぼくとザウエナード、侍従達を、姫巫女達が取り囲んで護衛する。


 しばらくして、ケイトはある場所で立ち止まる。


 しかし、そこは行き止まりだった。高く真っ白な壁以外、何もない。


 あれって。と思いながら、術導表示を目に映す。


 すると、目の前の壁に、ある案内が表示された。


<地下道入口>


 ぼくは思わず、疑問を口にする。



「ここが、地下道入口……」


「そうですわ。ジャービス様」


 ケイトはにっこりとして答えると、壁に手を当て何事かをつぶやく。すると、変化が現れる。


 壁が透けるように消え、その後に、地下に続く階段が現れたのだ。


 目を見張るぼくに、ケイトは豊かな胸をさらに張り、説明する。


「パリスの街は、元々の天然の洞窟に、石切り場、鉱山、墓場などが人の手で掘られて、それが四方八方、上下に広がり、巨大な迷宮と化しているんですよ、ジャービス様」


「そこを私達復古派などが拠点にしているんです。パリスの街よりはるかに広いので、簒奪者達も、すべてを把握しきれていないんです」


 ザウエナード王子が後を継いで言った。言いながら、彼らが入り口へと足を踏み入れる。


 入り口の向こうは、果てしなき闇だった。


 その闇は、ぼくの心の奥底へと続いているようにも、思えてならなかった。


「じゃあ、殿下達は……」


「拠点に戻って態勢を立て直します。何かあれば、簒奪者達に反撃するためにも」


「わかりました。じゃあ、ここでお別れですね。またお会いできる日を楽しみにしております。ザウエナード殿下」


 ぼくは最後に、ザウエナード王子に握手を求めた。


 王子は、差し出した手を握った。


「こちらこそ、ジャーヴィス殿下。この御礼はいつかいたします。姉上も、お元気で」


 そう言って、ぼくらは握手を解いた。


 そしてザウエナード達は、パリスの地下へと、その姿を消した。


 いつかまた、会わなければな。


 ぼくは強く決心しながら、ケイトと手をつなぎ、入り口から地上に出た。


 少し離れると、壁はまた元通りに再生し、何もなかったかのようにそこにそびえる。


「さあて、こちらはどうにかして、ディレン達に合流するか」


「はい、ジャービス様」


 そう言うと、ケイトはぼくにもたれる。この感触が気持ち良い。


 しかし。ケイトが嘘をついていたのは、どうしてだろうか。


 いや、それよりも、宮殿を飛び出したのは、なぜだろうか。


 その疑問が、心の奥底で渦巻いていた。



                     *


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