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05

 突如として、激しい揺れが部屋、いや神殿中を襲った。


「なに!?」


 驚いた顔で、ケイトがあたりを見回す。


 この振動は。


「攻撃系術法だ! しかもとびきりでかいやつ!」


 ぼくは卓のそばの術法の背負い袋の中へ、手を突っ込む。ちっ、こんな時に。


 武器はなにかないか。ディレン程度の頭が回る男だったら、なにか用意しているはずだ。


 硬い感触がすぐに手に触れる。あった。ぼくはそれを掴み、一気に引き抜く。


 それは、剣にも似た形の銃だった。といっても、ただの銃じゃない。


 術導銃。術法を弾丸に込めて発射する銃だ。


 こいつは呪文が使えなくても、その呪文の弾丸さえあれば、ありとあらゆる呪文が使えるすぐれものだ。


 それをぼくは、いくつもの弾丸とともに取り出した。


 ぼくが手にしたものを見て、ケイトは目を大きくする。


「ちょっと、なんでそんなもの持ち込んでるのよ!?」


「いいから今は後だ。ちょっと行ってくる。君は服を着て待っていてくれ」


「ちょっと……!」


 言い終わると同時に、ぼくは部屋を飛び出す。


 部屋を出ると、あちこちの部屋から、客と巫女が扉から顔をのぞかせていた。


 一様に何が起きたのか、わからないという表情を見せている。


 その間を、ぼくは全速力で駆け抜けていった。


 身体能力を、充分に活かして走る。走るというよりかは、飛ぶ。


 脳のあちこちが術式によって整理され、世界が鈍く見える。ひどく冷静になる。


 走る間にも、数回の激しい揺れ。石造りの要塞のような建物なのにこの揺れとは、相当激しい攻撃だ。


 階段は踊り場まで一気に飛ぶ。着地した後、一歩飛んでまた飛ぶ。これを繰り返して一階まで降りる。


 そして神殿の外周を回り、大玄関に通じる曲がり角に近づいてきた時。


 殺気だ。急停止。


 次の瞬間、目の前を、何かがかすめる。


 気がつけば、大玄関には黒いものと白いものが空中を漂っていた。煙か……。


 向こう、入り口に誰かいる。角から、そっと顔を覗いてみるか。


こう見えても、少し前に士官教育で個人戦闘から特殊部隊指揮運用、戦略論までひと通り受けているので、それなりにはやれる。


 煙の間から見え隠れする姿は、十名程度。体格からすれば妙に細いが、おそらくは男達だ。


 男達は顔を布などで覆い、鉄兜をかぶって、個体識別を困難にしている。


 手にはタイクニア製の杖銃ガンスタッフを持ち、術法を打ち込んでいる。


 やつらは、タイクニア軍人か。しかもディレンと同じような、特殊部隊の人間か。


 杖銃。術法の杖などを横にして、それに銃の撃鉄などの部品を装備した武器。


 杖、あるいは術者が持つ術力の分だけ術法が使えるし、連発も可能だ。


 なにより必要に応じ、一丁の銃で対建物用と対人用の術法を使い分けることができる。


 これが最近の軍隊の攻撃力を増大させている。こいつは厄介だ。


 そう思う間にも、次々と術法が飛んでくる。


 流れ弾が、ぼくの隠れている場所の近くにも着弾し、破片などがぼくのそばをかすめる。


 危ない危ない。


 反対側を見る。


 酒場の入り口は、既に術法の障壁バリアが貼られ、被害を食い止めようとしていた。


 しかし、障壁を上回る威力の術法を投射されたら、持つかどうかわからない。


 うん。早急にけりをつけるべきだ。


 しかしタイクニアは内戦状態にあるとはいえ、一応法治国家だ。


 殺したりするのもまずい。よし、ここは……。


 ぼくは隠しの中から、とある弾丸を取り出し、術導銃の弾倉に挿入する。


 わずかに身を乗り出し、兵士の一人に狙いを定める。


 向こうの術法の発射が激しい。ええい、狙いにくい。


 ぼくは引き金に指を入れ、引いた。


 僅かな間を置いて、相手の頭部に命中。


 が、何の変化もない。


 しかし、それでいい。


 目標を変え、続けて引き金を引く。


 それを兵士全員分繰り返す。


 見かけはなんの変化もなかったが、ぼくの術導視野には明らかに変化があった。


 彼らの頭の上に、ある属性を示す表示が現れたのだ。


 よし。弾倉を交換。別の呪文を素早く入れる。


 その間にも、敵の杖銃から次々と呪文が放たれる。


 神殿の神官達が展開している術法障壁が、次第に乱れてきている。


 まずい。このままだと破られる。


 前方の兵士達を見直すと、さほど狙いを定めず術法銃の引き金を引いた。


 呪文が飛び、彼らの真上へと飛ぶ。


 そして、ぱっ、と白い光が輝いた。


 次の瞬間、兵士達は手で顔を隠した。


 それがただの照明弾とかだったら、そのままで済んだだろう。


 しかし──。


 ぼくが放ったのは、〈死人退散ターン・アンデッド〉の呪文だった。


 すると、あからさまに兵士達は怯え、銃を取り落とした。


 死人退散能力を受けた屍人ゾンビのように、悲鳴を上げた。


 よし、効いたな。


 最初に放った弾丸で、兵士達に死人の属性を与え、<死人退散>で退散させる。


 兵士達を殺さずに、撤退させる。


 これで一安心だな。と思った瞬間だった。


 悲鳴が突然止んだ。


 死人属性の表示も消える。


 そして彼らは再び杖銃を拾い上げると、今度はぼくの方に向けて術法を撃ってきた。

 

 おい、どういうことだ。


 思いながら兵士達を見る。よく見ると、人間にしてはどうにも体つきが細く思えた。


 そうか。とある仮定に思い当たる。


 ぼくは術導銃の弾丸を炎術法へと弾を切り替え、攻撃しようとした。


 が、何故か弾を発射しても、術法がかき消される。


 ちっ、パリスの街にかけられている術法制御術式か。


 これがその場所にかけられていると、悪の呪文や炎系統呪文など、指定された呪文は発動しないようになっているのだ。


 どうやら、炎術法で、飛翔系の術法は制限がかかっているようだな。ならば。


 ぼくは術導銃の握りと一部分を折り曲げた。


 この術導銃は、剣形態に変形させることができる。


 銃口から術法の剣を形成することで、格闘戦などにも対応できるのだ。


 ぼくは弾を入れ替えた。


 そして引き金を引く。


 銃口から、稲妻の刃が飛び出した。


 それを確認すると、ぼくは隠れている場所から躍り出た。


 兵士達がぼくを狙って撃つ。


 だが狙いを付けられるより早くぼくは動き、術法を回避する。


 そしてあっという間に、兵士達の前へと辿り着く。


「ヤアーッ!」


 裂帛一閃。


 電撃の刃が、兵士を袈裟斬りにする。


 その兵士は、電撃に身を震わせ、焦がしながら、倒れていった。


 その「死体」をちらりと見下ろす。


 破れた戦闘服の間から覗く、弾力性の人工皮膚に間違いなかった。


 その兵士達は、人間ではなく、人型機械兵だった。


 酒場の入口の方に居る人達に向かって叫ぶ。


「こいつらは機械兵です! 人間じゃありません!」


 機械兵の攻撃を交わしてそのまま反転。


 素早く剣を振り上げ、別の兵士に斬りかかる。


「ハァーッ!」


 兵士は対応しようとするが、杖銃の間合い以内に入り込まれ、一瞬の隙を見せる。


 格闘戦対応記述は導入されていないのか。それとも対応が遅れたのか。


 切り倒した二体目には目もくれず、次の兵士に斬りかかろうとする。


 が、先ほど切り倒した兵士はかろうじて「生きて」いた。


 残っている腕を上げ、杖銃を撃とうとしているのが感じられた。


 しまった。また生きていたか。


 避けようとするが、それでも傷を負うことを覚悟したその時。


 視界に兵士達とは別の人影達が、後方からちらりと見えた。


 誰何するする間もなく、その影の一つが、ぼくの背中へと疾風のように飛び込む。


 壊れた機械兵の銃撃。それを赤く力強い光の壁が軽々と受け止める。


 彼女らは──姫巫女メイデンだった。


 大きな盾を手に、鎧に巫女の袴と外套を身にまとった、聖騎士の美少女巫女だ。


 彼女が六角形型の赤い術法の盾を展開し、機械兵による至近距離術法銃撃を受け止めたのだ。


 その隙に、大剣を持ち、海に浮かぶ鋼鉄の城のような装甲を持った、術導式動力甲冑の〈機甲剣士ドレットノート〉の巫女が、機械兵をなぎ倒す。


 助かった……。


 息を大きく吐きながら、別の場所を見る。


 長杖にローブの意匠を取り入れた術導式甲冑姿の〈術法技工士マギエンジニア〉の巫女が、電撃術法を浴びせると、機械兵たちは糸の切れた人形のように動かなくなる。


 動かなくなった機械兵に、軽装束に強烈な攻撃力を持った、〈格闘巫女モンク〉などの巫女達が、拳や短剣などを軽快に、力強く叩き込む。


 こういう荒事には慣れているのか、それとも普段から稽古を積んでいるのか。


 連携に長けた姫巫女達は、次々と機械兵達を倒していった。


 勢いに乗り、ぼくは通りへと飛び出した。


 殺気。即座に回避行動。術法がそばをかすめる。


 そちらの方へと一気に駆け抜け、見ずに切る。


 機械兵はまっぷたつに崩れ落ちた。


 そしてすぐさま動き、安全な場所に隠れる。


 この辺りはどうなっているんだ。


 探査系術法を唱え、様子を見る。


 ……いる。


 数多くの機械兵がいる。


 剣を銃形態に切り替え、雷撃系術法を機械兵達に撃ちながら、周囲の状況を見る。


 ああ。こいつら、二グループに分かれている。


 オアーン神殿(?)を攻撃しているグループと、他の神殿などから騎士や巫女達が飛び出してくるのを防ぐグループだ。


 他の神殿から増援が来るのを防いでいるのか。


 とするなら。ああするか。


 ぼくは拡声術法で、神殿前で戦っている巫女達に向けて叫んだ。


「そこで耐えてください! 応援、連れてきます!」


 そう言いながら、もう一度剣形態に切り替え、ぼくは通りに飛び出した。


 機械兵達が杖銃を撃つが、防御術法でそれを防ぎ、奴らのそばをすり抜ける。


 そして、すぐ近くの神殿の前へ。


 入り口に向け、銃を撃っていた機械兵達を雷撃剣で一気に切り払った。


 その入り口に向けて叫ぶ。


「皆さん、他の神殿の応援へ! 特にオアーン神殿が危険です!」


 すぐさま他の神殿へと向かい、同様のことをする。


 自分の攻撃に気がついた機械兵達は、ぼくに向け集中攻撃をする。


 が、それでよかった。


 奴らはぼくに気を取られ、攻撃していた神殿などから反撃を受け、次々と爆発四散する。


 その神殿群から、騎士や神官、巫女達などが飛び出し、オアーン神殿へと向かう。


 やった。上手く行った。


 闘いながら微笑む。

 ぼくの作戦は、機械兵達を攻撃して注意をそらし、その隙に、神殿などに釘付けになっていた巫女達による応援部隊が、主戦場であるオアーン神殿へと向かう作戦だったのだ。


 そして、ぼくの目論見通りことは進み、その後の戦闘は、あっけなく片がついた。


                     *


 しばらくして。神殿の大玄関に立っていたのは、ぼく達だけになっていた。


 ぼくは、あたりに散らばっている残骸を一瞥した。


 ……機械兵。ろくでもない奴らだ。


 こいつはタイクニアのプジェット社あたりが作ったものか。


 だから人間に死人属性を付加する術法は、すぐに無効化されたのか。


 最近のタイクニア政府軍も、これを配備しているんだな。


 何かの話で、タイクニアは徴兵や徴募もなく、軍の兵員を増やしていると聞いたが。


 ブリティアに配備されている、術導人間フォージド兵のまねか。


 ちなみに、ブリティアで下級兵士や娼婦などの『汚れ仕事』は、外見が人間そっくりな、術法じかけの術導人間フォージドやホムンクルスなどが仕事をするようになっている。


 皆は、フォージドが人間を労働から解放して便利になったとは言うけれど、それは単なる怠惰だ。


 それに、人間の女が放つ汗や体臭の匂いは、フォージドでは決して味わえない。


 フォージドは様々なタイプがある。


 機械だけのものや、生体器官混じりのもの、人間をベースに作り上げたものなどだ。


 メーカーとしてはヨロシー社製やキタザキ社製などが有名だ。


 最高級なものだと、人間をベースに、脳は生体式術導演算器で、内臓などは術法強化されたり、微小機械製のものを使っている。


 ぱっと見では、まったく人間と見分けがつかないが、何倍もの身体能力や術法能力を持っているという。


 それを真似したにしては、性能はあまり良くないようだ。こんな奴らがぼくの枕を、一夜の夢を邪魔するなんて。ろくでもない。


 胸にむかつきを覚えながら、あたりを見渡す。


 人型機械兵達が沈黙したあとの表玄関には、静寂が訪れていた。


 何かが小さく燃える、跳ねるような音が、あちらこちらで聞こえる。


「ありがとう。助かったよ、みんな。ぼく一人じゃ持たなかったかもしれない」


 ぼくは、巫女達にお礼を言った。


 彼女らは様々な背の高さ、顔立ち、髪型、胸の大きさ、体格などを持っていたけれども、いずれも劣らぬ、それぞれ個性ある美少女・美女達だった。


 様々な国の、様々な人種、そして様々な才能を持った巫女達だ。


 彼女らは遊郭だけあって、一夜の夢を共に見るにふさわしい顔と体つきだ。


 巫女達が、眩しく見える。


 ぼくにはできないことを、それぞれ持っている娘達だ。心から羨ましい。


 そんな目で巫女達を見ていると、先ほどぼくを助けてくれた、司法の神を信仰する聖騎士の巫女が、そちらこそ、という顔でお礼を返す。


 巫女達は一様に顔を赤らめていた。


 恥ずかしがっているからではない。


 術法や剣術などを使った時、術力と同時に体力を使ったからだ。


 と同時に、術法を使用する場合たいていは脳で演算を行う。


 その脳の演算部分の一部が性感を感じる部分に重なっているため、彼女らは術法を使うと「感じる」のだ。


「いえいえ、あなた様が戦わなければ、私達は戦えたかどうか……」


「その剣技と術法、見事だったよ。もしここに長く居られるなら、君達と稽古をしたいな」


「どういたしまして。えっと……」


「ジャーヴィス。ジャーヴィス・シルバ。よろしく」


「はい、ジャービス様」


 聖騎士巫女の見事な訛りに、ぼくは内心、膝から崩れ落ちそうになった。


 それはともかく。


 ふと、後ろで気配を感じたので振り返った。


 残りの神殿の神官や巫女達が、術法の障壁をわずかに空け、心配そうにぼくを見つめていた。


 ぼくは、酒場への出口の方に歩み寄りながら、神官達にこう言った。


「ああ、終わりましたよ。綺麗さっぱりにね」


 そう言った瞬間だった。


入口のほうに、誰か居る。先程の人型機械兵達と似た雰囲気だ。奴らの、増援が来たのか。


 何度でも来い。その度にぶっ壊してやる。


 そして、十数名の人影が、表玄関に雪崩れ込んできた。


「誰だ……!」


 ぼくは再び、術導銃を構えた。


「おっと、味方を切っちゃあ、裁判ものですぜ、王子」


 顔を布で覆った大男が、両手を上げた。


 その手には杖銃を手にしているが、金属で構成された、ブリティア製の杖銃だ。


 先頭の男は杖銃を手にしていない手で、顔を覆っている布を外す。


 見知った、黒い肌の顔だった。


 その体には幾つもの小箱や鞘がぶら下げられていた。


 様々な道具を入れたり、火薬式の銃やその弾丸を入れたりするものだ。


 その道具の中には、周囲にばら撒くことで、一時的に術法を使えなくする対術法撹乱粉なども含まれていた。


 お前か。


 声を聞き、顔を見て、術導銃を下ろす。


「ディレン……」


「おひさしぶりです。ジャーヴィス王子。とは言っても、六刻ぶりぐらいですかね?」


 後ろに控えている男達も、自分の顔を覆っている布を外した。


 彼らの顔も見知っていた。ディレン配下の、特殊騎士団隊員だ。


「神殿街の外にいた人型機械兵達は『掃除』しときました。増援はないはずですぜ」


 ディレンは、それこそ学校の掃除をした生徒のような調子で答えた。


 街の外にいた人型機械兵達は、一掃したのか。


 ありがとう。そう伝えると、ディレンはあたりを見回し、ニヤニヤ笑いを作りながら言った。


「まあ、こんなところに泊まるなんて、王子も洒落てますねえ。で、いたしたんですか」


「ディレン」


 ディレンを叱りつけたが、そのことを肯定するとも否定するともしたくない。


 どちらで答えても、あいつは茶化すに違いない。まったく。


 その時だった。


「ジャービスさん……?」


 振り向くと、酒場から出てきた人並みの中から、飛び出した影がひとつあった。


 ケイトだ。


 彼女は一枚の布を体に巻き付け、腹に帯で締める様式の寝間着を着ていた。


 驚きというより、やっぱり、そうだったの、という表情でぼくのそばに駆け寄る。


 それからぼくに向かって言う。


「あなたがブリティアのジャービス王子でしたのね。御姿を見てそうではないのかと思ってましたのですけど……」


 そしてたたずまいを直し、ぼくに向き直り、


「わたくし、タイクニア王国ルイム十五世が娘、ケイティニア・フィメル・タイクニアでございます。今はわけあって、こうして神殿で巫女に身をやつしております」


 深々とおじぎをする。


 ぼくの心のなかに、波紋が広がった。


 えっ。彼女が、ケイティニア姫だって。ルイム十六世によって、宮殿を追い出されたはずの。


 じゃあ、なんで彼女がなぜこの遊郭にいるんだ。なぜ体を売っているんだ。


 ジョン・ドゥに売り飛ばされたとでも言うのか。


 もしそうなら大いに同情するけれども、そんなことより、とりあえずこの場を見繕おう。


「いいよ。今更そんなかしこまって挨拶するなんて。一緒にスマウを見た仲だろ……」


「ちょっと、それは……!」


 冗談にケイトは顔が赤くなる。


 でも言わなかったことを察したのか、すぐに収まった。


 このお姫様は、本当に可愛いと思う。


 あ、そうだ。王女に、ディレンを紹介しなきゃ。


「ケイティニア王女、こちらはぼくの護衛のディレン。口はともかく、腕は立つやつさ」


「ケイティニア王女様ですね。よろしくお願いいたします。私が王子の護衛のディレンです」


「はい、よろしくお願いします……」


「それにしても、休んでいるところをいきなり闇討ちだなんて、無性に腹が立ってきた。ぶん殴ってやりたい……」


「まあ落ち着きなさって」


「……ディレン。ちょっと、アレ、いいかな」


「どうぞ」


 術導通信の回線を、ディレンに開く。これから言う内容は、他人に知られてはまずい。


「ルイム十六世だろう。奴らを寄越したのは」


「ですね。ここは早急に、片付けちゃいますか」


「片付けちゃいますか、と。用事って、まさか」


「そっ。私達が国王陛下に下された極秘任務がありましてね」


「ルイム十六世と、ジョン・ドゥらの暗殺か……」


「ご明察です王子。虐殺や内戦が我が国に波及する前に、その根源を断て、とのことで」


「お前もか……」


「すいませんね王子。しかし……」


「なんだ、ディレン」


「その前にここの術法管理塔を、何とかしないといけませんぜ」


 そのとおりだな、と答えて、ぼくは黙りこんだ。


 パリスの街は、中心部に巨大な塔が建っている。


 そこから、街全体の術法を制御・管理する領域術式が放出されている。


 そのおかげで、街の大抵の場所では、強力な攻撃術法や移動術法などは使えない。


 術法制御をなんとかしない限り、宮殿に乗り込めないか。よし。


 それにしても心がまだ落ち着かない。


 下品な言い方を言わせてもらえれば「ムカつく」だ。


 この恨み、晴らさずにおくべきか。


 ぼくの恨み、ケイトの恨み、必ず晴らしてやる。


「じゃあ、明日以降、何とかしようか。とりあえず明日は偵察として、それ以降に実行だな」


「ですな」


「今日はとりあえず、店や街の人と協力して警戒にあたってくれ」


「イエス、ハイネス」


 そう言うとディレンは通信を切り、神殿の責任者を探してか、人混みの方へと歩いていった。


 これで一息、かな。


 ……いや。まだだ。


 何事かを話し合う巫女達の姿を見ながら思う。


 これだけの力を持った巫女達を放っておくなんて、もったいない。


 ぜひとも、戦力にしなければ。でもそうすると、巫女達を戦いに巻き込むことになる。


 それは、正しいことなのか。


 いや、ぼくは望んでいる。この娘達と、一緒に戦いたいと。一夜の夢達の力を借りたいと。


 あのクロエとか言う大神官に、掛けあってみるか。


 先方が反対するなら、相当苦労することになるが。


 ……よし。


 ぼくは、そばにいたケイトに声をかけた。


「ケイトさん」


「ジャービス殿下、なんでございましょうか?」


「あの大神官、クロエ、とか言ったね。あの方を、呼んで欲しい」


「クロエ様を……?」


「うん」


 疑問符を顔に浮かべつつ、ケイトは神殿の入口の奥へと向かった。


 程なくして、ケイトが中年の女性神官達を連れてきた。


 あの神殿警察で出会った、クロエという大神官だ。


 少し年老いたが、それでも美人には違いないおっとり顔の大神官は、ぼくを見るなり、


「なんでございましょうか、ジャーヴィス様」


 とお辞儀をして訪ねてきた。


 ぼくはいきなりことを切り出した。


「単刀直入に言います。この神殿街の巫女達の力を、ぼくに貸していただけないでしょうか。ぼくはこの街の、いえ、この国の危機を救うために来ました。どうかお力添えをいただけないでしょうか……」


 その言葉に、クロエ達は一瞬押し黙った。


 ぼくの依頼に困惑しているというわけではなさそうだった。


 むしろ、何かの機会が来た、というのを知ったような素振りだった。


 クロエ達はぼくから離れ、少しの間ひそひそ話をした。


 そして彼女がぼくの元に戻ってきた。


 それから恭しくおじぎをすると、こう告げた。



「わかりました、ジャーヴィス様。これより全神殿会議と神託を行います。そこでジャーヴィス様のご依頼を審議し、奏上して、ご回答を述べたいと思います」


「……」


 なんだって。神格案件か。


 もう少し反対とか異議とか質問とかあるとは思ったけれども、いきなりか。 


 少し考える素振りをすると、かつては巫女だった女神官に向けて言う。


「わかりました。良いご報告があることを、お待ちしております」


 今度はぼくがお辞儀をする番だった。


「できるだけ良いお答えが得られるよう、こちらも善処いたします。何しろ、貴方様は神殿を一度ならず二度も救っていただいたお方なのですから。それでは、失礼いたします」


 クロエも丁寧なお辞儀を返すと、他の神官達とともに大神殿の奥へと去っていった。


 ふぅ。ぼくは大きく胸を撫で下ろした。


 どういうわけか知らないが、あっさりと通ったな。うまく行けばいいのだが。


 その時だった。


 ケイトが、ぼくの方をじっと見つめていた。


 まるで何かを探しているような、目つきだ。


「どうなされました、ケイトさん」


 ぼくがそう問いかけると、ケイトは、今までになくかしこまった言葉遣いで答えた。


 なんだろう。


「ねえ。あなたは、本当のジャービス王子でいらっしゃるのですか……?」


「え……」

「ジャービス王子。わたくしはあなたと、昔お会いしたことがあります。わたくしがブリティアを訪問した時の外交の席で。あなたと夕刻お会いした時、その時の王子とは雰囲気が違いすぎて、問いただすのを躊躇いたしましたが、名を名乗られて、確信いたしました」


「どういうふうに……」


「その時のあなたはもっと野性的でした。髪も長く、態度も乱れていて、言葉遣いももっと荒々しいもので『ぼく』などとは自称せず、『俺』などと呼んでおりました」


「……」


「なにより、顔つきが違っておられたのです。あの時見た顔はもっとこう、言葉にすると、はしたないですが『凶悪』の一言がふさわしい感じの顔つきでした。それが今ではこういう温厚なお顔で」


「その時のぼくって、今のぼくとはそんなに違うの……」


「ええ、本当に違っております。何もかも。あなたは、一体何者なのですか?」


 そう言って、彼女はわずかに首を傾けた。


「『ジャービス王子』……」


 どういうことだ……。


 彼女の疑念に、ぼくが今まで抱えていた懸案事項は全て吹っ飛んだ。跡形もなく。


 そう言われてみれば、ぼくの最近までの記憶は、曖昧だ。


 はっきりしているのは、自分の生まれ育ちの大体の流れ、そして、降下鞘ポッドの中で目覚めてからだけだ。


 彼女が出会った「ジャーヴィス王子」と、今ここにいる「ジャーヴィス王子」。


 本当の自分は、どちらなのだろうか。


 そう思った瞬間、頭がクラクラし始めた。


 世界の見えるすべてがぐるぐる回り出す。


 前も後ろも右も左もわからない。


 目の前の術式情報が、赤い警告の文字を次々と吐き出す。


 その文字の壁で視界が真っ赤になり、それから真っ暗闇に包まれる。


 衝撃。


 遠くで、


「どうしたのですか!? 大丈夫ですか!? ジャービ……」


 という声が聞こえていたけれども、それもすぐに聞こえなくなり、ぼくの意識は、深い闇に沈んでいった──。




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