02
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「じゃ、これで釈放だな。まあ、不運だったと思って諦めてくれ。……正直、君が素性を明かさんのは気に入らんがな」
「だから、私は貴族の息子ですが……」
「その顔その態度、ただの貴族ではないようだがな。ふん、オアーン大神官様のご要望であれば仕方がないが。以後、悪いことはしないようにな」
「はい。ではこれで、失礼致します」
やれやれ。
ぼくは、いかにも生真面目そうで、冗談も通じなさそうな顔の、神殿警察署長とそう会話を交わすと、神殿警察の入口を出た。
神殿街は夕暮れの紅から、夜の蒼へと色を変えようとしていた。
……さて、どこへ行こうか。とりあえずは泊まる場所の確保か。
どうしようか。ここの神殿街の何処かとか、別の街区のホテルとかあるけど。
後頭部に手をやりながら、白い神殿の幅の大きな階段を降りようとした時。
女性達が、階段の下にいるのに気がついた。
その一番前にいる金髪の巫女と視線が合う。
ケイト、とやらじゃないか。
それに。巫女よりも紋様などが多い装束を身にまとった、いかにも上位の、中年の女神官。
オアーン女神の大神官か。
その女大神官の周りを、十名以上の巫女が静かに控えている。
巫女達は、一様に薄いが色気のある化粧を顔に施し、派手な装束を着ている。綺麗だ。
「迎えに来たわよ。もう、びっくりしちゃったわよ。突然連行されちゃったんだから」
びっくりしたのはこっちの方、なんですが……。
心にこみ上げてきたものを抑えつつ、ぼくは階段を下りながら問いかける。
「えっと、君は……」
「あたしの名前はケイト。ケイト・ハービン。見ての通り、女神オアーン様の神殿巫女よ」
ケイトは裾をつまんで綺麗にお辞儀した。胸のペンダントもゆらゆら揺れる。
そのお辞儀の仕草は、どう見ても上級階層のものだった。
挨拶されたなら、挨拶し返さないといけない。
しかし、今は明かすべきではないだろう。
自分がブリティア連合王国第三王子、ジャーヴィスであることを。
しかし、ジャーヴィスという名前はブリティアではありふれた名前だ。
適当に苗字と地位を名乗れば、ケイト達も納得してくれるだろう。よし。
ぼくは階段を降りてから、お辞儀を返して名乗った。
「ぼくはジャーヴィス。ジャーヴィス・シルバ。ブリティア王国貴族の出身で、庶子です」
「ジャー……ビス?」
ケイトの返しに、ぼくはため息をひとつついた。
やっぱりケイトは大陸人か。がっかり。
大陸の人々の多くは、「ヴ」の発音を苦手とするものが多いのだ。
「どうなされました?」
ケイトがそんなぼくを心配そうに見るが、
「いや、なんでもないです。ケイトさん」
と言った時だった。
女大神官が、少しだけ表情を和らげてぼくの方を向き、
「申し訳ありません、旅の方。我が神殿の巫女ケイトを助けて頂いて。この御礼として、一晩の宿を提供したいのですが。いえ、しばらくお泊りになられるのでしたら、その間ただでも構わないのですが……」
と提案してきた。
泊めてくれると、いうのか。
同時に、周りにいた巫女達がぼくに近寄ってきた。
オアーンの白と金を基調にした神殿巫女だけでなく、様々な彩りと意匠の、様々な神の神殿巫女達もいる。
「ジャーヴィスさん。これ、乗っていたものの残骸にありましたよ。あなたのでしょう?」
数名の巫女が、ぼくにとある物を渡してきた。
それは<棺桶>の中にあった、背負い袋などだった。
「あ、ああ……。ありがとう、ございます」
巫女達から背負い袋などを手渡してもらった。
出かける際に、いつも持っている魔法の背負い袋など一式だ。
ああ、これを入れといてくれたか、さすがディレン。わかっている。
背負い袋などを降ろすと、指先で鍵を触り解錠する。
そして袋を開け、手を突っ込む。あれはないかな。
ああ、あった。ぼくは胸を撫で下ろした。
取り出したものは、砥石のような、モルデン社製の導術機器だった。
その物体に触れた途端、目の前で、文字や図形が繰り返し模様を描く。
──情報投影術式。目に映る光景に、文字などの情報を重ねて表示する術式だ。
そして模様が消える。
世界の景色が変わった。風景に文字や記号が重なって見える、いつもの光景だ。
また胸を撫で下ろす。
アーレの脳内術式が、力強く現在地を指し示す。
オアーズ・パンテオン・タウン。大陸の旧宗教神殿街であり、高級遊郭街でもある場所だ。
パリスの風俗街は何箇所かあって、この風俗街は、かなり高級なところだ。
さて、脳の術式は起動させたし、デバイスはしまっても大丈夫だな。これでよし。
遠くに見えるひときわ大きなオアーンの神殿を見る。
オアーズ神話のオアーズの母と言われる女神、オアーンが祀られた四角い大神殿。
グレホニア教、オアーズ・パンテオンは、様々な一神教などが集まった多宗教の集合体だ。
様々な地域、様々な事象を守護し、司るオアーズの神々の宗教大系だと、勉強で習った。
その神殿の周囲は、ピンク色の光と派手な色の術法広告で照らされている。
とても美しくて、とても汚い景色だ。
これはどう見たって大規模な、酒場兼売春宿あるいは遊郭のそれにしか見えない。
そしてケイトや大神官は、その高級遊女や遣り手婆だ。
彼女らは、好んでこんなことをやっているはずはないだろうに。
その時。ケイトがぼくの服の袖を小さく引っ張った。
「ねえ。泊まる場所、探しておられるんでしょう?」
「まあ。まだ、決まっていないですけれど……」
「なら、クロエ大神官の仰るとおりにしない?」
「それは、いいですが……」
「わたくしが付いている部屋を案内するわよ。ね、いいでしょう?」
「どう、しますか……」
女性達に重ね重ね誘われて、ぼくは鼻が高くなるような高揚した気分になるけれど。
冷静になって、少し考える。
大神殿のなりだけど、出している術法投影看板は遊郭のそれだし。
が、だからと言って他のホテルなどを当たりに行くのも面倒くさい。
高級なホテルに泊まって、正体が割れでもしたらさらに面倒なことになるし。
こういうところに泊まるのはたいていワケありの客だし。
もし正体が割れても、ここの人達なら黙ってくれるだろう。
……よし、ここに泊まることにしようか。
「わかりました。ここに泊まりましょう」
「ありがとうございます! 『ご奉仕』も、色々いたしますので」
そしてケイトは声を艶やかな色に染めて吐く。
吐息は良い心地だった。
「どうぞよろしくお願いいたします……」
「はい。こちらこそ……」
ケイトの艶やかな顔の中に、ぼくは大人の女を見た。
ああ、それなりに経験は積んでいるのか。なら安心か。
けれども、経験を積んでいるのが惜しいような気もする。
「じゃ、行きましょう」
ケイトは、優しくぼくと手をつなぐ。
人の、温かいぬくもりを感じる。
でもその優しさが、逆に辛いこともある。
ぼくみたいな、人間にとっては。
*
ぼくらが人混みであふれた宵の風俗街、いや、神殿街を歩いていると。
巫女の一人が、突然駆け足をしてぼくらの前に出た。その姿にケイトが首を傾げる。
「どうしたの? アリサ?」
さっきケイトと話していた巫女だ。
ケイトと同じ巫女装束を着たアリサは、軽く手足のリングを鳴らすと、笑った。
「あたしお勤めがあるのでー。先に行ってるね-」
言い終わらないうちに、アリサはまた駈け出して、神殿の方へと向かっていった。
なんて身のこなしの軽い子なんだ。
そんなことを思っていると。
「ねえ、ジャービスさん、どうしてここに落ちてきたの?」
「教えてくださいな~」
「あんなのに乗ってきたんだから、重要な任務よね?」
巫女達に次々と問いを浴びせられる。
首筋に手を当てる。どうしようか。
少し笑顔を作ると、冗談めいて言った。
「もし、ですよ。誰かを暗殺しに来たとしたら?」
その答えに、誰もが一瞬押し黙った。
「冗談ですよ。本当はぼくは、修行に出ろと言われて家を追い出されただけですから」
答えの続きに周りの巫女達はほっとした顔を見せたけど。
ケイトは、それでもなお押し黙った顔をしていた。
何か思い当たる節があるらしい。なんだろう。
気になってケイトの顔を見つめていると、
「なっ、なによ。……あたしが綺麗すぎて、見とれちゃった?」
と急に艶かしい顔になってぼくに笑いかける。
なにかありますよね、これ。
ぼくはもう一度首筋に手をやり、少し掻いた。
そうこうしているうちに、さっき遠くに見えた、荘厳な神殿が大きくなってきた。
あれが今日からしばらく泊まる宿、オアーン神殿だ。
*
ぼくらは、神殿の荘厳な石造りの門をくぐる。
入り口では、神官が客に高額な入場料を請求していたが、ぼくらに対しては素通りだ。
僕らと一緒にいた女大神官、クロエは入り口で会釈をすると、別の場所へと向かっていった。
クロエが去るのを見届けた後、
「さあ。お客《救世主》さま、我がオアーン神殿へようこそ。わたくしはあなたが姫巫女になり、おもてなしいたしますわ」
ケイトが満面の笑みで、ぼくを改めてお出迎えする。
古代の救世主と同格で呼ばれるとは。
首の後が、くすぐったくなった。
「で、ここで働いているというわけか」
「ええ」
高級遊郭は、大まかに分かれて二種類ある。
社交場などに高級遊女を派遣するところと、専用の家屋で高級遊女を働かせるところだ。
そしてこの神殿遊郭は、後者を主に行うところだ。
もともと、旧宗教グレホニア教の各神殿では、信者のための宿泊や、飲酒や食事などの宿屋や酒場などの奉仕を行っているのが通例だ。
その一環として、巫女が客の術力を神々に奉納するためにお客と寝る。
また巫女がその身に得た、それぞれの神格の術力を客に与えるために、客との伽、売春を奉仕として行っている。
つまり体を交えることで術力の交換を行うのだ。これにより、客と巫女の双方が、新しい術や能力を得ることもある。共寝はお互いにとって有益なのだ。
通常、入り口などに巫女達が並び、参拝客が指名するとか、巫女が酒場などで働いているところを、参拝客が指名するなど、いくつかやりかたはある。
そしていつしか馴染みとなり、関係が深まり、遊女と客以上の間柄となる。
間柄といえば、タイクニア王室と、この神殿遊郭街の関係は深い。
国王の妃あるいは妾などには、この高級遊郭街から必ず一人の遊女──巫女が選ばれるという風習がある。
人によっては、ろくでもない、というかもしれない。遊郭の存在含め。
しかし、それが古来からの習わしだ。いい悪いにかかわらず。
そういう慣わしを持つのが、オアーズ大陸に伝わるオアーズパンテオンであり、タイクニア王室だ。
脳内で復習しながら、ケイト達と共に広々とした大玄関へと入っていく。
大玄関から会合場へと続く通路の左右には、延々と格子がはめ込まれている。
その中では典型的な「お姫様」のような装束に、頭に白いヴェールを被った巫女や、様々な衣装と色の装束を纏った巫女達が、椅子に座っていた。
彼女らが、一人で来殿した客を艶かしい目で見つめる。
来殿した客は、一様に足を止め、一夜の華を、夢を見定める顔をする。
それから夢を選び、格子から呼び出し、酒場へ、あるいは夢を見る場所へと連れてゆく。
その様子を横目にしつつ、「参拝客」や様々な巫女達と行き違う。
客の中には、他の神殿で巫女と出会って来た者も多いらしい。
入り口の横まで、馬に乗った騎士の護衛付きの馬車や、自動馬車に乗ってオアーンの神殿へとやってくる。
国の治安が悪くなってきている証左だ。反政府運動とかも盛んだし。
巫女達は、オアーンの巫女だけではなかった。
様々な宗教の巫女装束を身にまとった、様々な国の、様々な人種の美女や美少女達が、一人で、あるいは参拝客とともに行き交っている。
姫巫女達の姿は、いかにも巫女、神官という身なりだった。
また、騎士、術法使い、吟遊詩人等といういわゆる「冒険者」に近い格好をした者もいる。
巫女達は色は様々だが、一様にヴェールをかぶり、太い腰帯を巻いてる。ケイトと同じだ。
どの娘も、それぞれ違った美しさ、可愛いらしさ、そして艶やかさを持っている。
うん。これこそが、多様性のある世界というものだ。
そんな巫女達のうち三人組が近づいてきて、ケイトに挨拶をしてきた。
「ケイトさん、こんばんわ」「やあケイト、相方また見つけたの?」「ケイトちゃんー」
「こんばんわ、マーシャさん。エルミラ。リンナちゃん。ええ、おかげさまでね」
ケイトも笑顔で返す。
マーシャは髪の長い黒装束の巫女、エルミラはショートカットの赤系を基調とした巫女、そしてリンナはサイドテールのケイトと同じ装束を着た巫女だ。
この娘達、ケイトと違った感じで綺麗だし、可愛い。
これらの姫巫女達の多くは、彼女らが持つ様々な能力を活かし、神殿街の警備や運営など、街の自治を行っていると聞いたことがある。
なるほど、たくましい巫女達だ。
姫巫女達を目で追っていると、ケイトが手の甲をつねった。
いてて。なんだよ。
ぼくがケイトを見ると、彼女は目をしかめて舌を出した。
焼きもちか。可愛いなあ。
笑い返しながら、ぼくはケイトと一緒に、神殿の会合場──酒場に入った。




