エピローグ
終章 ─DAY AFTER─
時が、流れた。
ぼくは、とある場所で、ルイム十六世から託されたものを操っていた。
その場所は、新たなる世界だった。
新たなる世界、ザウエン。
この世界は、オアーズよりもずっと広い世界だった。
大きな大陸がある。
その周りに海があり、その海にいくつもの大きな島があり、無数の諸島がある。
さらにその外側に、いくつかの大陸と無数の島がある。
ぼくがそのように、創ったのだ。
大きな大陸の、広大な平原を流れる大河の河口にある、巨大皇都ニュウ・パリス。
そこから少し離れたところにある丘、<パンテオンの丘>の中心にある、ぼくの宮殿、いや、神殿のとある控室に。
「ヴィスー? ヴィスー?」
ケイトがシュレナを始めとする巫女達を引き連れ、ぼくを呼びながら入ってきた。
ケイトはゆったりとした、白を基調とした、巫女の装いだった。
いや、巫女というよりは、花嫁だった。
そう、今日はぼくらの婚礼の日なのだ。
彼女は、薄手の生地で長袖の上下という、普段着姿のぼくを見つけると、まあた、というあきれ顔で、ぼくが座っている椅子と机に歩み寄ってくる。
机の上には、林檎酒の瓶が数本と、ピズザが乗った皿。
それに文庫本や単行本などの山だ。
リュビ・ポミエが書いた本は、あれから文庫目録に何冊も加えられていた。
彼女の物語が増える度に、新しく世界が創られていく。
「あなた、また世界を創ってたの……。これでもう幾つ目よ?」
「そんなこと、もう忘れたよ……」
ぼくは、笑いながら目の前に浮かぶ、透明な窓枠達を見つめた。
その窓枠には、無数の文字と数値と絵が表示されている。
世界を創る言葉と、数字と、絵だ。
ぼくが、ジョン・ドゥことルイム十六世から託されたもの。
<ツール>とそのデータ。それで、ぼくとケイトたちは「世界の卵」を作った。
しかし、それだけでは世界を完全に作ることはできなかった。
だから、あの男から託されたツールで、ぼくはオアーズの神々を封印から開放した。
彼らは感謝の意を述べると、ぼくを新たな神帝として迎えることを約束し、世界を創る手伝いを快諾してくれた。
そうしてぼくは責任を取ることにした。
使命を果たすことにした。
世界の人々を守るという責任を。
世界を創世する使命を果たそうと思ったのだ。
そしてぼくと神々は<ツール>で、新しい世界ザウエンを創造した。
それからグレホニアから、救いを求める人々を移住させたのだった。
このザウエン皇国は、ケイトの弟君ザウエナードが帝位につき、統治している。
彼らと神格達が世界を守り、世界を侵略しようとする敵と戦う役目を担うことになっている。
無論何かあれば、ぼくと、巫女達と、神々が事にあたることになっている。
そして、それからぼくは、いくつもの世界を創った。
その世界の多くは、緩衝地帯として、他の世界からの攻撃などを受け止める世界だった。
もう、他の世界に、ぼくらの世界を侵略されたくはなかった。
侵略したくもなかった。
だからぼくは、幾つもの世界を創ったのだ。
そしてその盾の世界群の中心に、ザウエンを置いた。
ぼくらはこの世界に引きこもり、静かで平和な日々を送るのだ。
オアーズも、その一つとなったのだ。
「ザウエナード陛下と王妃達も、もうご臨席なされていますよ。さっ、あなたもご準備を」
「ぼくは、もう少し今作っている世界に手を加えたいんだけどなあ……」
「これから婚礼ですよ。皆様お待ちです。気長な神々もあくびをしてお待ちですよ」
「わかっているよ……。それにしても」
「なあに?」
「ケイト、かわいいよ」
不意打ちでぼくがケイトの額に口吻すると、ケイトは顔を真赤にして体を震わせた。
せ、接吻は婚礼の儀の時にでしょうっ、と言いながら、彼女はもじもじする。
その行為に巫女達から、きゃあっ、と悲鳴のような歓声があがる。
シュレナはただ笑う。
ははっ。やっぱりケイトは変わらない。
ぼくの妃になっても。
そして皆もかわいい。
ぼくは大声で笑い、着替えに向かう。
衣装室への途中にある大窓から、広大な庭が見えた。
林檎の大樹が、何本も生えている。
また新しい林檎の実が熟れたら、実を取ろう。
そうしたらそれをまた酒にしよう。
今年はもっと旨い林檎酒が飲めそうだな。皆と、ケイトで。
あたらしい世界の物語を、綴りながら。
〈了〉




