喰うか喰われるか
固く閉ざされた扉がぎしりと悲鳴を上げて、今にも壊れてしまいそうに軋んだ。扉の向こうから押してくる音は、止みそうにない。
今、私達の町は突如現れた屍――ゾンビの大群に押し寄せられて、住人も、動物も、何もかもが襲われていた。それは私達も例外ではなく、何とか自宅の自室まで逃げ込んだ次第である。しかし、もう玄関扉は破壊されてしまい、残されたのは自室と廊下を隔てる木造りの扉一枚。とても堅牢な壁とは言えなかった。自室が二階だったので窓からゾンビに侵入される事態には陥らないだろうが、廊下には大量のゾンビがうろついていて、この扉を壊されたらおしまいだ。
「大丈夫、なの、かな……」
虚ろな瞳で呟いた私は、隣で考え込む彼女に視線を向ける。私と一緒に逃げてきたもう一人の友達だ。私と違って冷静で、いつも打開策や解決策を提案してくれる、親友。
「きっと大丈夫じゃない」
その彼女が、震えながら答えた。扉の前に机やら本棚やらを移動させてバリケードを作り始めた彼女は、私と違って隙がなくて、勇敢そのもの。
私はと言えば、ただの臆病者だ。
《喰ワセロォ》
扉をひっきりなしに叩く雑音と共に、向こう側からゾンビ達が叫んでいた。怯えてしまった私は、扉から遠ざかる。
このままだと、いつかは扉を破壊したゾンビに喰われてしまう。それだけは嫌だ、嫌だよ。
「ゾンビにも、言語能力は……少しは残されてるみたいだね……。でも、所詮は食べることしか能のない化け物……」
考察して、しかし直ぐに気分が悪くなった。口を押えた私は、込みあがる吐き気を押えようとするが――。まずい、何か、出る――。
びちゃびちゃ、ぐちゃ。
グロテスクな音を響かせて、私の口から大量の内容物が零れ落ちた。真っ先に飛び出した胃酸の臭い。微かに香る刺激臭に、合わせて漂う腐敗臭が私の鼻を突く。
「はぁ――っ、はぁ……っ」
「大丈夫っ?」
彼女が私を心配してくれている。一応大丈夫だとは伝えておいたけど、もう限界なのかもしれない。頼みの脳味噌もあまり回らなくなってきている。狂ってしまいそうだ。
そうこう考えている内に、ガタガタ、と。扉を叩く勢いが更に強まってしまったみたいで、また軋んだ。
「……マズイわよ!」
叫んだ彼女は、咄嗟にバリケードを強化し始めた。部屋に置いてある使えそうな物全てを総動員させて、ようやく扉の悲鳴が少し収まる。安心からか、尻餅をついた彼女は、はぁ、と深い溜め息を吐いて顔を沈めた。
「ねぇ、私、もう無理だよ……」
弱音を吐いた私は、気持ち悪いのを我慢してのそりと動く。体育座りをして、頭を体に埋めてしまった彼女の無防備な背中に手を伸ばした。
「うん。私も……もう無理かも」
後ろからそっと抱きしめると、初めて彼女は弱音を呟いた。声が籠っていて聞こえにくかったけど、確かにそう聞こえた。
「疲れちゃった」
そう最後に一言を残して、彼女は黙りこくってしまった。動かぬ体を見る限り、どうやら眠ってしまったらしい。少しだけ、安心してしまったのだ。
私はそんな彼女を強く抱きしめて、しっかりと離さぬように彼女を覆う。
相変わらず、扉を叩く音は止んでくれないが。
「――良か……った」
彼女の首元に顔を埋めて、一先ず私は安堵した。