第1話
夜中までかかった。MFブックスに出すぞ!おぉ~!
俺は死にました……多分。
一般的に人は死んでしまったら黄泉の国や地獄、天国、天界、冥界などといったところに行くだろう。
近年では、転生や生まれ変わりを題材にした小説や漫画が流行っている。読んだことはないが、面白いらしい。
おっと、話が逸れた。で、なぜ死んだと分かるか。それは白装束に三角の布が頭に巻かれているからだ。死んだときに着てる服だよな。でも、いつ着替えたのか分からない。目が覚めたらこの服装だった。誰かに着せてもらったのかな。謎すぎる。まぁ、無駄な思考は置いておこう。
さぁ、冒頭の俺の言葉に注目してほしい。「多分」。なぜ、俺がそんなことを言ったのか。
それは、俺に記憶がないのが大きな理由である。短く言うと「記憶喪失」。
名前も生年月日も住所も家族も、そしてなぜ死んだのかさえ分からない。「記憶喪失」は時間が経てば元に戻る例がある。しかし、一生戻らない場合もある。今、分かっているのは男であること、知識が人並みはあるということである。知識があれば記憶を取り戻す可能性は高い。ちょっと安心だ。
あぁもう1つ理由があるのを忘れていた。
「お名前は何ですか?」
「…分かりません」
「何月何日生まれですか?」
「…分かりません」
「どこに住んでいましたか?」
「…分かりません」
「死ぬ前は何でしたか?」
「……分かりません」
警察の取り調べを受けているような気持ちになるのは気のせいだろうか。ここは警察署の取調室なのか?しかしなぜ、白装束を?最近の警察はこんな感じなのか?しかし、警察で死亡前のことを聞くか?それは無理だな。
では、悪の組織が俺を拉致したのか。いや、これもあり得ない。なぜなら、死亡前のことを聞くわけがないから。断言しよう!100%、ここがどこなのか皆目、検討がつかない。
あと、この目の前の女性は誰なんだ。
う~ん…と考える素振りをした女性は
「そうですか。完全な記憶喪失ですね。死んでから記憶喪失になるのは稀ですからね。前世のこともここなら思い出すはずなのに……困ったわ」
女性が片手を自分の頬に当て、どうしましょう…と溜息を吐いている。
一言で言おう。もの凄く美人である。
ここでこの美人な人を観察しようと思う。
腰まで伸ばした黒髪、若干つり目の黒い瞳、透き通るような色白の肌、それはもう日本の大和撫子そのものである。身長は160㎝くらいで年齢は20歳前後。服はスーツで出来る女って感じだ。
美人さんの身体は凹凸がなく、しゅっとしている。決して、「ボッキュッボン」ではない。「スゥーーー」である。美人さんには失礼だがどこをどう見ても「スゥーーー」である。
そんな美人さんはブツブツと何か言っている。こっそり聞いてみよう!
「地獄に送っても罪状が分からないからダメだし、天国に行かせるのも億劫だし、かといって転生をさせたら面白くないし」
「どうしよう…」と溜息を吐きながら言う美人さんである。それだけ俺みたいな奴は稀だと分かる。でも美人さん、面白くないってどういう意味でしょう。俺はそんなに面白味がないでしょうか。
「あっあの…そうやって考えてばかりでは何も浮かんでこないかもしれないと思うんです。だから…その、世間話でもしませんか?俺、ここに来てたくさん質問したいこともありますし」
まぁ、本音を言えば退屈である。それなら、ここのことをいろいろ聞いちゃおうと思った俺である。まぁ本音を言えば、美人さんと話したい。
美人さんは少し考える素振りをしてから「そうね」と言った。
言っただけである。美人さんは笑わない。無表情な人だ。
「お茶はいる?」と聞かれ、「いえ、お構いなく」と言うやりとりでも無表情を貫いている。さすがに怖いんですけど。
「あの…それでここはどんな所なんですか?見た感じは地獄でも天国でもなさそうですし。なんか、警察の取調室みたいな部屋ですね」
小さな窓は壁の上辺りに付いていて、机と椅子が置かれている小さな部屋。よく刑事ドラマで見る部屋だ。しかし、なぜこんなことは覚えてるんだ?
「そうですね。デザインはあなたが言った警察の取調室を元に作りました。ここはあなたのような少し問題のある方が来る部屋です。あなたもここに来るまでに白装束を着た、たくさんの方を見たでしょう?あの方達はこれから地獄や天国、転生などの場所に行くのです」
たしかに俺は最初、この取調室ではなく地面に寝転がっていた。そのまま、何かに引きつけられるように歩き、いつの間にか同じ服を着た人と並んでいた。そこはもう地面ではなく建物の中だった。そして、この美人さんに名前を聞かれても自分が誰かさえ分からなかったためここに連れて来られたというわけである。
……んっ?
「あれ?でも、普通ならすぐに行くことが出来るんじゃないですか?地獄とか天国って。だって、転生だって神様とかそういうのが出てきて第2の人生歩んでね、みたいな」
「まぁ、そのような小説や漫画があるのは私も知っています。しかし、それはあくまでその人達の想像であり、本来なら少し調べてからその方にあったルートを選択するという感じです。そうですね…例えると駅の改札口に機械ではなく、人がカードを見るというのが一番分かりやすいと思います。ここはたくさんのルートの中間地点、『死亡者ルート案内課in日本支社』ですからね」
ダサくて長い名前は置いといて。この美人さん、教えるの上手すぎ。
「じゃあ、地獄などに行った人達はここを通ったことを知っているんですか?」
「残念ながら、ここを通ったことは忘れてしまいます。しかし、また死んでしまい、ここに戻ってくると思い出す方が多くいます。久しぶり~なんてこともよくありますから」
ということは俺がもし、記憶喪失じゃなかったらこの美人さんのことも忘れていたということか。それはちょっと寂しいな。
あれ?なんか、この美人さんの言葉におかしなところがあるような気が?
「あの…先ほどから『人』ではなく、なぜ『方』と呼ばれるんですか?それじゃあ、まるで『人間』じゃない生き物もいるって言っているようなものじゃないですか~」
あはは~と冗談まじりに1人で笑っている俺を見て、美人さんは無表情を貫いたまま、
「えぇ、お察しの通りです。まぁ、人型に変えて審査をしますね。ですから、犬だったり、虫だったりします。さらに前世が人であることもあったり、はたまた怪物だったりすることもしばしば。こういう方達を『種族』と呼びます。人間なら『人族』、猫なら『猫族』というものです。さらに、人型にしても顔をそのままにしたり特徴を残したりしていますから一目で分かります。あなたは間違いなく『人族』です」
そう断言され、少しだけ安心する。
「なんか難しいですね。記憶喪失なんてものになる俺って一体、どんな人生を歩んだんだか……」
「名前を教えていただければあなたの身元も分かるんですが」
「あっ、そうなんですか?てっきり顔ですぐに分かると思っていたんですが」
「整形をしている方もいたり、顔を動物のままにしている方もいるので名前を言ってもらわないと分からないのです。でも、昔は巻物で探すので苦労しました。最近は、パソコンを取り入れたので音声認証ができ名前は偽名だったとしたらすぐに分かります。そのため、仕事も早く終わるんです」
その言葉が終わったと同時に、バタバタと足音が聞こえる。そして、ドアが開かれたと思うと…
「専務!お腹、空いたでしょ!専務のために愛を込めてお弁当を作ってきました!!」
そう言ったのは、体長2メートルもの…犬だった。2足歩行である。柴犬である。犬なのだ。2足歩行、喋る、服を着ていること以外は。服は和服。青い着物の上に白い羽織るものを着ている。シンプルな感じで俺的には好きだ。
いや、待て。今はそこじゃない。現代ではありえない犬がいるぞ。人面犬もびっくりだよ。
混乱している俺をよそに、2人はなにやら話しているようだ。ていうか、美人さんが専務って似合いすぎている。
「狛、今はちょっとこの人と話をしているの。だから、お弁当は後で食べるわ」
「話?誰とですか?今は僕と専務しかいませんよ?」
ちょっと可愛らしく首を傾げた狛という奴は美人さんしか見えていないようだ。失礼である。辺りを見渡した狛という奴は俺に気付く。どうやら、周りが見えていなかったらしい。
気付いた途端、凄い形相で俺を見ていた。犬が威嚇していると言えば分かるだろう。さらに、背中から黒い煙みたいなのが出てきている。美人さんの無表情より怖ぇよ。
「死人のくせに…よくもまぁ専務と話せたな?専務といるのはこの僕だよ?」
何かを勘違いしているらしい。別に一緒にいたいわけではない。ただ、退屈だったから世間話をしていただけだ。下心もあったかもしれないがな!
しかしこれは、言い訳をしても殺されるだけだ。その時、
「狛、お手」
「わん!」
美人さんが手を出すと、狛という奴は2倍はあるその手を乗せる。
「狛、仕事」
「わん!!」
美人さんが扉を指差すと尻尾を振りながら、この部屋を出た犬は台風のようだった。
「申し訳ありません。しかし、これでお分かりになられたでしょう?彼は『犬族』です。身体は犬ですが、2足歩行も喋ることも出来ます。彼はこの課に勤務している者です」
可愛らしいピンクの包みのお弁当。あの手で作ったのだろうか。とても器用な犬だ。
「あぁ…あと、あなたの処分を考えてみてぴったりなルートを見つけました」
「えっ!本当ですか!」
「えぇ。でも、受けるか受けないかはあなた次第です」
地獄に行くか、天国にいくか。はたまた、転生か。それともそれ以外か。
「あなたにはこの『死亡者ルート案内課』で働いてもらおうと思います」
えっ?美人さん、今なんて?
「……えっ?だっ大丈夫なんですか?」
「まぁ…あの社長もOKしてくださるでしょう。だって、私が選んだ人ですから。改めて、死亡者ルート案内課in日本支社専務取締役の琴葉と申します。あなたの仮の名前は…そうですね……大和でも構いませんか?」
「あっはい!えっと…記憶のない俺を雇っていただいてありがとうございます。仮の名前も記憶が戻るまで大事にします。これからよろしくお願いします」
「それを言うのは社長に会ってからですよ。それでは、行きましょう」
びじ…琴葉さんがお弁当を持って立ち上がり取調室の扉を開ける。
俺も立ち上がり、取調室から出る。
しかし、そこには俺の予想を遙かに超えた光景が広がっていた。
1話を分けました。作者はサブタイトルを付けるのが苦手のようです。