007 - 集う仲間
運命
生まれる前の世から定められている道程
そんなものが在るのならば、全てを屠るあの《力》もそうなのだろうか
いつか、この身を支配し、オレという存在が消えるのだろうか
違う――オレが運命を左右し、オレはオレのままで生きていくんだ
赤い血の池の真ん中に立っていた。見上げれば、空は真っ赤に染まり、黒い暗雲が立ち込め、彼方此方で肉の焼けた匂いと共に硝煙が立ち昇っている。オレの右手には血がこびりついた大剣が握られ、赤い水面に映るオレの顔も血に塗れていた。
無音で、無動の世界。湖面は小波一つ立てず、耳朶を揺らす音も無し。世界が息絶え、その不毛なる大地にたった一人で取り残されたかのような。
そう考えた瞬間、突然水面が泡立つ。
ゴボゴボと音を立て、スッと浮いて来る夥しい骸の群れ。落ち窪んだ双眸には一切の光も宿らず、暗闇を湛え、止め処なく血の涙を零している。
無言のまま、或いは既に枯れた喉から必死に叫びを上げているのか判らないけれど、縋るように白骨と化した腕を伸ばし、オレの身体に獅噛みつく。振り解こうとするも、金縛りにでもあっているみたいに指一本すらピクリとも動かない。不動の身体とは裏腹に、内心は状況に焦り、骸に恐怖し、償えない罪に崩壊寸前だった。
そんな思考を払うかのように、骸たちは胸元まで這い上がって来て、カタカタと空虚な呟きを繰り返していた。声は聞こえない。だが、読唇術か読心術でも心得ているかのように、何を言っているかが判った。
《 何故、殺した…… 》
空気が吹き抜ける喉から恨み籠ったそんな言葉が木霊する。
オレに問われたところで、骸たちに納得の行く答を与えられるわけがない。そう言いたいのに、口を開けたところで声が出ない。お構いなしに骸骨は無念と怨念を口走る。
やめろ、オレが悪いんじゃない。オレは止めようとした。だから、オレは悪くない。
自問自答、否、自分を正当化するべく、呪文のように繰り返し呟き、頭の中で反芻した時だった。
深い闇を拭い去るかのような鮮やかな光が瞼に染み渡り、意識を何度も揺さぶる。白い光源から華奢なシルエットの腕が差し伸べられ、逃すまいとその手に縋る。
気づけば、皺が残るくらいシーツを握り締め、額からはびっしょりと汗が流れていた。
時間がループしたかの様に、以前と同じ朝。小鳥の囀り、柔らかな朝陽が降り注ぎ、冷ややかな空気が頬を撫でる。窓の向こうには巨大な時計塔が時を刻み、変わらぬ街並みを見下ろすように聳えている。
変わっているものとすれば、身体に新しい生傷が増えていることだろうか。横たわるベッド脇のテーブルに置いてある小さな手鏡を手にとって眼を見開く。
鏡面に映るオレを射抜くように見据える。
自分の瞳はいつもと変わらない、深い黒色をしていた。幾度見詰めてもその色は変わることなく、望んでも望まなくても、意識とは裏腹に赤くなる瞳。
この眼が深紅の如く赤く染め上がった時、自分がアイルでは無くなる。それは意識の下に別の存在が降り立つ不愉快で不可思議な感覚。生涯、誰もが体験し得る事のない感覚。人としての理性を失い、そこに残り在るのはただ人を殺したいと思う純粋無垢な殺戮衝動のみ。理由等探しても何処にも見当たらず、見つけたとしても理解出来るかさえ判らない。
「気分はどうですか?」
「何度もゴメン……」
建付けの悪いドアが軋みを上げ、声の主を迎え入れた。
長身痩躯に一房に結わかれた茶色の髪に、足元まで伸びる黒茶色の法衣。ルシリアも変わらぬ姿のままそこにいた。扉に寄り掛かる彼はいつも通りの笑みを湛えたままで、それが無性にやるせなくて心に閊えては、しこりを残す。
よく見れば、巨虫の台地へ行く前に用事があると言って出て行ったルシリアの姿だ。
夜までに戻ると言っていたはずだが、自分が意識を失くしたのを昼間あたりだとしても、すぐさま引き返して来たのは想像に難くない。ルシリアの傷を見る優しい顔が、どことなく直視できないほど申し訳なく思った。
「シエルたちは……」
太腿に巻かれた包帯を見て思い出したのは、シエルとオレを狙ってきた二人の冒険者の事。途中から意識が無くなったから生死は判らないけれど、この手で斬ってしまったことは覚えているし、シエルが最後に現れたのも断片的だけれど記憶に残っている。
「シエルはもう動けるまで回復しましたよ。後の二人も起きるのを待つだけです。元々傷は深くなかったですからね。それと――」
そこまで言って区切れば、窓際の丸テーブルの椅子に腰を掛け、本を取り出しパラパラと捲り出す。風に誘われるようにページは巡り、ルシリアはそれを何処となく笑った表情を浮かべながら見送る。吉報を告げるように途切れていた言葉の先を紡がんと唇が動き、それを見計らったかのようなタイミングで再びドアが開かれた。
「――彼女もね」
「はじめまして。クレリックのルーフィ=アネベルディです、ルフィって呼んで下さい」
ルシリアが微笑んだ先には先日ベッドで眠っていた少女が立っていた。
プリーストの下位に属する聖職者を目指す者の端くれ。クレリックのクリーム色のローブ、マキシスカートに身を包んだ少女は自分と同じくらいの年齢だろうか。
青い長髪にブラウンの瞳、何処にでもいそうな極普通の少女。その瞳に何を見たのか、彼女はほんの一瞬、その刹那だけオレとの視線を外して眼を瞑った。
何を思い、その瞼の裏で視ているのかは予想がつく。というよりは、何よりもオレが判っているつもりだ。だから今、同じタイミングで彼女と同じように視線を逸らそうとした自分が憎かった。
「その、ルシリアさんから聞きました……デリスの町でモンスターと戦ってくれたって……」
恐らくルシリアがそう伝えてくれたのだろう。胸の前で強く握られた両の掌に真直ぐな瞳を直視出来るはずも無く、逃げた視線がルシリアを見れば、ばれましたかとでも言う風な面持ちで苦笑いを浮かべていた。
だが、オレはまだそこまで強くない、それに彼女の為でもある。彼が選んだそれが最良の選択なんだろうと考える他は無い。そう考え、もう一度ルシリアの方を一瞥しては、悟られないように少しだけ頭を垂れさせて。
「あの、お父さんとお母さんは……」
聞くのは正直辛い。記憶は無いけれど、街を襲い、人々を手に掛けたのは自分とモンスターに他ならない。意識を取り戻した際に見たあの光景を産み出したのが事実ならば、それ以外に考えられない。
彼女の両親をも手をかけてしまったことも当然と考えるしかない。否、考えるのではなく、受け止め決め込むしか、道を踏み外さずにいられはしない気がした。
「……」
「アイル、今はその話はいいでしょう」
黙り続ける彼女に助け舟を出す様にルシリアが本を閉じて視線をこちらに移した。その言葉の真意に気付いたかのように彼女へと繕いの言葉を思案して。
そんな彼女の瞳にはうっすらと光を反射するものが浮かび上がっているも、泣き虫の様に泣きじゃくることは無く、唯々、泣きながらだったけれど笑っていた。
「いえ、アイルくんは気にする必要はないです……町の為に戦ってくれたんですから……」
「だそうですよ、アイル」
心臓の鼓動が大きく脈動する。苦しいからではない。純粋に嬉しかったから。
何度同じことを繰り返せばいいのだろう。そう後悔の念が自分を取り巻いていたけれど、少しだけ晴れた気がした。道しるべはいつも其処に在るのに、忘れる度に思い出させてくれる仲間がいつの間にか出来ていることも。
「それより、調べものといって出て行きましたが、少しだけですが判った事があります」
先と同じ革張りの古めかしい本に再び目配せをしながら、なおもルシリアは喋り続けた。片目に掛けられたミニグラスが陽光に当たり、より知的な雰囲気を醸し出している。だからか、彼の紡ぐ言葉はいつも以上の説得力に加え、いつも以上の重圧を肌に感じさせた。
「恐らくデリスを襲った黒い騎士は《血濡れの騎士》だと思われます」
和やかなムードから一転。オレとルシリアの間に緊迫した空気が雪崩れ込む。流れ出そうな涙も引っ込み、緊張の糸が身を釣り上げる様に引き締めていく。
脳に染みて行くその言葉は、聞いたことがある。
その名前は騎士を目指すものなら誰であろうと耳にする名前。聖職者で言えば聖書に記された悪魔に等しい存在。
騎士を大別すると王国騎士、その上に大陸全土合わせても数える程しかいないと云われている最高位に君臨するロードナイト。そして王国騎士たちを正義とするならば、悪とされ、懼れられる騎士たちも存在した。その者こそが《血濡れの騎士》。
「それに、厄介なことにあの《血濡れの騎士》は《深淵の騎士》の位ではないかと」
《血濡れの騎士》は二千年前の戦争で魔王の軍団として最凶最悪を誇った者たちのことの総称。漆黒に輝く鎧を身に纏い、黒のマントを羽織り、黒い巨剣を持つ漆黒の騎士。
王国騎士たちと同じく分類されていて、返り血で染まった騎士を《血濡れの騎士》。そして彼等を束ねる《深淵の騎士》。
古い書物によれば、ダークナイトの個体数もロードナイトと同じく少なく当時は極僅かだったと伝えられている。その反面、それぞれが《魔剣》と呼ばれるものを持ち、他を寄せ付けない圧倒的な力を誇っていたと記されている。
このダークナイトの力は、雑兵と呼ばれるブラッディナイトでさえ当時の王国騎士たちをも慄かせるほどだったがしかし、それをも遥かに凌ぎ、蹂躙するが如く世界を破滅と奈落の底へと突き落とした。だが、そんな敗色濃い劣勢の中現れたのが、言い伝えられている《魔剣士》が現れ世界を救った。
《魔剣士》と呼ばれているものの、恐らくは後に初めてロードナイトと呼ばれた者ではないかという憶測が妥当な線だと目されているが、ロードナイトという呼称とその即位について明記されたものが無いが為にその真偽は判らない。
「オレも奴等と同じ魔族ってことか……」
「まだ確証はありませんが恐らく。ダークナイトが迎えに来たという事は少なくともその線が妥当でしょう」
ルシリアの眼はオレが暴走するかどうかを見守る眼差しだった。暴走の原因は結局判らず仕舞いなのだから仕方の無いことだけれど、それが仲間という見えない線で結ばれていないことのように思えて、差す影が濃くなっていく。
ともすれば、この短い間に自身が仲間と思い込んでいたこと。そもそも仲間と思い込むことへの執着と願望は何処から来たのかと考えてみれば、それは――
「兎に角、レーヴェの復活が近いことは確かでしょう」
事実を知れば当然ショックは受けるし、それが引き金になると思ったのだろう。それも可能性の一つではあるし、実際自分もそれが引き金となっているような表情を浮かべていたのだから仕方ない。
ルフィも目の前で繰り広げられる突然の話に戸惑いながらも、事の重大さに気圧されながらその重大さを飲み込もうと必死に話を聴いていたらしいがあまりのスケールのデカさに呆気に取られていた。
「で、どうするの?」
いつの間にいたのかわからないが、声のする方――ドアにはシエルが腕を組んで立っていた。シエルは白色のシャツに青いデニムのハーフパンツという出で立ちだった。
病み上がりなのに、その凛とした態度がそれら全てを掻き消し、シエルの強さをより際立たせているようだ。けれども鎧ではないからか女性らしさも出ている様にも見える。そんなオレの考えを知る由もなく、シエルが覗き込んで来れば、頬が少し紅潮していくのが判った。
豊満な胸に綺麗なラインを刻むくびれ、覗き込む体勢から出るお尻。シリアスな雰囲気だというのに。邪な考えを振り払い、拳を握って誓う。
「もっともっと修行して力をセーブできるようにしてから、黒騎士たちを倒す」
二千年前――神と魔族、人間による大いなる戦争が起きた。
その結末は御伽噺にある通り。神と人間に敗れた魔王率いる魔族は異次元に封じ込められ、破られないように封印は砂海サンドベルグの地下深くに埋められた。
恐らく、神と人間の戦争に敗北を喫した奴等が復讐の道具としてオレを使うに違いない。あの過ぎた力が齎した結果が何よりの証拠だろう。だが、そうはさせない。
「私たちとはお別れ?」
少しだけピリピリとした雰囲気が混じっているのは気のせいか。シエルは手をぎゅっと握りながらその場で言葉を紡ぎ出す。
「ここまで来て用が出来たら、はいさようなら……ってこと?」
数秒前とは違い、まるでその立ち姿はいつもの騎士の正装のようで、放つそれも違う。真っ直ぐと向けられる視線に返す言葉が思い浮かばず沈黙。
違う。そう言いたくてもその視線に遮断されるかのように続く言葉が出て来ない。何と返しても結果的に同じなのだろうが、オレはみんなに迷惑を掛けたくはないし、ましてや命を奪いたくもない。危険が付き纏うのはもう判っている筈だ。命が幾つ在ろうと足りるかも判らないって事も。
これはオレ自身の戦いであって、みんなの戦いじゃない。これはオレ自身の人生であって、みんなの人生じゃない。裏に潜むものが潜むものだけにそれ相応のものを懸けるしかない。けれども、それをするのは自分だけでいい。
そう言いたくても、声が出なかった。
伏せた顔を上げれば、目の前には腕を振り被るシエル。
「ッ……」
頬を叩く乾いた音と痛み。ビンタの勢いで横に向いた視線の先には、驚いた表情のルフィとルシリア。頬を押さえれば、ジンジンと滲むような痛みが波を打つ。
大きく渇いた音が室内に木霊する様に響いた。突然の平手打ちに口を開こうとするも、それよりも早くシエルに紡がれた唐突な一言が耳朶を揺らす。
「ルシリア、私も騎士団抜けて冒険者になる」
頬を全力で叩いた掌はもう片方の掌と合間見えてアイデアを浮かばせたらしい。けれども、その言葉はアイデアというよりただの思いつき、そう言いたげなルシリアは唖然とした表情でオレとシエルを何度も見やった。
「何を言ってるんですかシエル!レイリアス家の役目を忘れたのですかッ……!?」
「私はレイリアス家の道具じゃないし、それに役目なら騎士団にいなくても果たせるでしょ?」
言葉の応酬を繰り広げる二人の話は、自分には何がなんだか判らない。ルフィと同じくその言い合いを蚊帳の外で見ているだけのようだ。
ふと、二人の言う役目という言葉が頭に浮かぶ。オレは、二人に助けて貰って、ここまで一緒にいるというのに何も知らない。名門の出で騎士団の隊長で、嘗ては退魔課のエリートで腕の立つプリースト。そんな上っ面の、誰でも知っているような事だけ。
役目。シエルには何かあるのだろうか。それにいつもの佇まいと比べてルシリアの慌てようも不自然。けれども、会って間もない人に、突っ込んで聞くことの意味はオレにだって判る。だがそれでも、それが何なのか。自分自身に突きつけられているものの様な気がして。
そんな不安を他所に、とりあえず二人の騒動が静まるのを見守ることにした。
「それにルシリアだって大聖堂抜けてるじゃない」
「私のあれは事故でしょうッ……シエルのこの場合とは違う!」
「じゃー私のこれも事故じゃない?見知らぬ賞金首の少年がこんな運命を背負ってたなんて誰にも判らなかったでしょ?」
「そんなっ……~~~……仕方、ないですね………」
幾度と無く繰り出された言葉の応酬を制したのはシエルだった。一方的に押されていたルシリアが結局最後には頭を抱えて再び椅子に座り込む。終始攻め切り勝ち誇った様な不敵な笑みをシエルは、何故か清々しい程の笑みを浮かべていた。
そんなバカ騒ぎにも似た痴話喧嘩の終わりを見計らってか、開いている筈のドアにノックの音が小さく響いた。
「あなた方は……まだ安静にしていてください。軽い傷ではないのですから」
ルシリアが賺さず声のする方へ目をやれば、包帯で身体をぐるぐるに巻かれた傷だらけの二人の姿。治癒を施した本人からの労りの言葉に礼を言うわけでもなく、ティニアがクリードより一歩前に出ては口を開いた。
「そこのキミィ!理由があったならちゃんと話せばいいじゃない!」
「アンタたち聞く耳持たなかっただろーが……!!」
素っ頓狂な言葉が彼女の口から放たれては、オレの口からは勝手にツッコミにも似た反論の言葉が瞬時に吐き出された。否、呆れた――の方が正しいか。
子供じみた雰囲気の割りに、身長が高い為かどこか大人びた雰囲気を受ける彼女だが、至極当然の痛い所を突かれぎくりと一歩後ずさり。如何やら言葉を詰まらせたようだ。
整った顔立ちに、綺麗な装備と服装は見た目とは裏腹にシエルやルシリアにも似た気品を漂わせ、そこら辺の冒険者とは何かが違う。
「助けてもらった事には礼は言う。だが、これで終わりだ」
ひとしきり彼女の会話が終わったのを確認してから、クリードがそう言い放って部屋の前から立ち去ろうとした時だった。隣に付いて並ぶ彼女の姿が横目にすら入らないのを不思議に思い振り返れば、ティニアは直立不動のまま立ち尽くしていて。
「クリード。アタシこの子に着いてく事にした」
「は……お前、何……ッハァーーーーッ……!?」
窓が割れんばかりの大音量の怒号が室内を突き破って宿屋の廊下にまで響き渡る。その振動は、窓から窓に伝い、廊下に並ぶ窓という窓を揺れに揺らした。
そんな暴風を彷彿とさせる揺れが収まったのを待って、ティニアは再度その口を開いた。
「話聞いてたらワケありみたいだし、可哀そうでしょ?」
「お前ってヤツはホンッッッットにお気楽ヤローだなっ……!!」
頭を掻き毟りながら、彼女に迫ってプレッシャーを与えまいと顔をずいずいと寄せていくも、彼女はそれを何ともないように頭を撫でてはじゃれる様にあやしていた。
「ていうか、オレの意見は……――」
「まー、どうせルシリアも来るんでしょ?大聖堂抜けて暇だろうし」
「あ、アタシたちも行きますよー」
「無視するなああぁぁぁーーー!!」
オレが喋ろうとしても往来する声に押し潰されて蚊帳の外にされてしまう。内容的に主役なのに。ポンと肩に手を乗っけたのはルシリアだが、彼もまた同じように蚊帳の外と言った雰囲気で溜息を吐きながら項垂れた。
「あの……私も、連れてってください……」
ルフィの突然の申し出に全員が固まった。恐らくは、両親の敵討ちをしたいのだと誰もが悟る。そんな意志が彼女の瞳に宿っているのを誰もが垣間見た。
だがそれでも、会話を聞いていたら腰が引けてしまうような、そんな世界を相手にするような御伽噺染みた相手に向っていくことは死をも意味する。そう簡単に連れて行けるわけもなかった。
オレが今までどれだけの人を死に至らしめたかは判らない。そして、それはこれからも変わらない。着いて来るということは、その中の一人になる可能性があるってことだ。シエルたちはその実力も知れている。幾らオレが暴走したところで問題は無いがしかし、彼女は違う。
普通の人と変わらない。そしてプリーストならばともかく、魔法も満足に習熟していないクレリックだ。回復が出来るとはいえ、一撃で決まってしまえば意味は無い。
「ルフィも死ぬかも知れないんだよ?」
オレの考えを刻むように、ハッキリと言葉にする。
しゃがみ込んでルフィの肩に手を乗せ、真っ直ぐと見据える。シエルの眼はお遊びではない。戦場に赴くそれと同じものを宿した瞳をしていた。
「死んだ恐怖に比べれば……父と母の怖さと比べたら、そのくらいどうってことありません……っ……」
ルフィは声を大きく出すことはしなかった。いや、涙を堪えていたのか、彼女の唇は震えている。それはシエルの慟哭する瞳を見てか、それとも。
「うん、合格!」
シエルが笑いながらルフィの頭を撫でた。
堪えていた涙を我慢出来なくなったのか泣きじゃくるルフィを胸で受け止めるシエルとの図は姉妹のようにさえ見えて、立ち込めていた雰囲気さえも吹き飛ばしていく。
「もう勝手にしろっての……」
聞こえないだろうと思ったその呟きが都合よくヤツらの耳に止まり、ともすれば、自分の意見は勝手にしろという訳になってしまったわけで、卑しい笑みを浮かべる彼女等を前にしてやられた気分だ。
「よし、じゃー決まりだね。早速アイゼンに行って脱退手続きを……――」
「アタシたちも旅の準備しないとだね。で、何を……――」
ピクニック気分の彼女等を暫く見ていると、オレとルシリアのモブ枠に渋々とクリードが歩み寄ってくる。どうやら諦めたらしいその表情には、何処か晴れ晴れとしたものを感じると同時にその言葉を見た。
「ま、これからよろしくな。少年」
彼は嬉しそうに、しかし少し残念そうに手を差し伸べてきた。
オレはその意味を問いたくてルシリアを見上げたが、ルシリアは笑ってクリードの方を見るだけで。他意は無いのだろうそうだろうと一人納得する事にした。
「少年じゃないっての……アイルって名前があんだからさ。アイル=セディリア、よろしく」
少し照れ臭さもあったけれど、これから一緒にやっていくであろう仲間に掌を差し出した。
「私はルシリア=ラクサス、彼女はご存知の通りシエルです。どうぞ、よろしく」
「オレはクリード=フォーリングス、アイツがティニア=ハーティス。よろしく頼む」
「ルフィです……よろしく……お願いします」
大人のやり取りか、そう思えるほど丁寧な挨拶がオレを挟んで行われば、最後にルフィがぺこりとお辞儀。何とも和む場面だが、その奥ではシエルとティニアが、もう前からの付き合いかと疑うほど意気投合していたのは言うまでもなく、ルシリアとクリードが項垂れた。
窓の外に広がる空を仰げば、いつの間にか空は朱く染め上げられていた。それ程の時間が経ったのかと思うと同時、こんな他愛の無いことがそれなんだと一人笑った。
「何はともあれ、旅の始まり……ですね」
ルシリアは本を閉じ、ミニグラスを外して立ち上がっては夕陽の浮かぶ空を仰いだ。
夕焼けの空に映えるカラスの鳴き声が空に響けば、何処か虚しく感じたのはオレだけではないだろう。何かを決意したかのようにそれぞれが地平線の向こうに浮かぶ夕陽をじっと見詰めていた。
「仲間、か……」
過ぎる様に一抹の不安とも呼べる気持ちが残滓のように胸にあったけれど、それは敢えて表に出さず隠そうと押し殺した。これからを思うと、怖くて仕方ない。だけど、オレは独りじゃないから。
綺麗な夕日、旅の始まりには相応しい
運命が、動き出した
いちいち名前が厨二臭いのは仕様です。