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Red Eyes  作者: 邪夢
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001 - 出会い



 孤独 と 出会い


 とある詩人が残した詩の一節にこういう(くだり))がある


 この世の出来事一つ一つが神様からの贈り物であり、それが運命だと

 だから《孤独》も神様からの贈り物であり、運命として受け止めろ

 そしてこれから起こる《出会い》は、神様がくれた運命を変える力


 存在理由を見つける為に、唯ひたすら、抗え






 《迷いの森》は何時だって相も変わらず《迷いの森》だけれど、四季折々によって見せる姿を自由自在に変えていく。

 例えば、夏は鬱蒼と生い茂り魔物の腹の中にいるのではないかと錯覚する程に深緑が満ち、冬は逆にその姿を枯れ木に変え、見渡す限り針山のような姿となり、そこへ雪を積もらせ白銀の世界を演出する。

 本当であれば、そのどれもが自然の風情であると同時にこの森の恐ろしい所以でもあるのだけれど、当ても無く只管歩き回る少年には何てことは無い瑣末な事なのかも知れない。


 騎士団員を殺めたあの日から早くも数日が経とうとしている。それ程にする事があるという訳ではなく、それ程に生きることだけに必死だったってだけだ。

 あれから頭の毛が抜けるのではないかと思う位、考えに考えを重ね、今はこうして森を南に抜けた場所にある港町デリスを目指して森を黙々と歩き続けている。


 「はぁ……もう少しだな……」


 一度は死ぬ事すら決意したものの、死んでいった皆の為の罪滅ぼしではないが自分が何者であるかを突き止める事にした。それがオレにできるせめてもの償いであると思えると同時に、その何かに復讐出来ると思ったから。


 付着した血痕は洗い流したものの、血の匂いがこびり付いているツヴァイハンダーを鞘から出し、握り締めては思い返す。掌が赤くなり、爪が食い込み血が滲もうとも気付かず唯力を込めていた。

 思い出す度に、あの《力》は人間のモノじゃないと確信できる。人ならば少なからず存在する迷いや雑念が一切無いなんてことは在り得ないがしかし、後ろから見ていたアレには感情を感じる事はおろか、第六感とでもいうものが危険信号を発するそれとは違う何かだけが存在していた。


 パキッと、転がっている小枝が乾いた音を立てて真っ二つに折れる。前を見据えてはいるものの、焦点は何処なのかも判らない視点は唯遠くを羨望にも似た眼差しで見据えていて気付かない。


 「そこのキミ、止まって」


 それは通常ならば聞こえて当たり前の音たったが、その時のオレにはまるでフィルターが掛けられているかのように何も耳朶を揺らすことはなかった。

 どれだけ自分が油断をして、唯それに狂わされているか。そんな考えもふと舞い降りたそれによって直に吹き飛ばされ、掻き消された。


 後ろから声がして初めてそれに気づくが、時既に遅し。

 こんな人の寄り付かない大森林のど真ん中で声を掛けるのは正義気取りの騎士団か、金目当ての冒険者か盗賊。どちらにしろ今の自身にとっていいものなど何一つとしてない。


 「銀髪に身の丈ほどの大剣……アナタがリズ村で事件を起こしたアイル=セディリアね?」


 何処か気品漂う、ふわりと舞っては背まで垂れるクリーム色の髪の毛に、淡いライトブルーの瞳を携えたひとりの騎士。

 王国の一般的な騎士とは違う紋章を拵えた白銀の鎧を見に纏い、赤いマントを背中に垂らす騎士。腰に提げるは、柄部分を十字模様に象り、正しく十字架と呼ぶに相応しい大剣。崇高たる騎士の意を持つクレイモア。

 そんな一線を画すような女騎士が、自身を見据えて動かない。


 「もしかして、《戦女神(ヴァルキリー)》のシエル=レイリアス?」


 ふとその名前が出てきたのは、彼女の持つクレイモア。

 王国騎士団の中でも数ある隊の隊長にしか与えられず、且つその軽さと鋭さ故に扱うことの出来ないと言われる名剣。即ち、それを持っているという事はそれだけで高名であり強者であるという何よりの証。


 「私も随分と有名になったもんだなぁ……」


 照れ隠しのような苦笑いを浮かべる彼女は、どうもと一言呟きながらウィンクをひとつ。


 そして、もう一つ。

 背に提げられている赤いマントに紋章を配した鎧は王直々に認められた騎士を指し、一般の彼等とは違いもう一つの名前を授かることを許されたもの。騎士の支配者であり、彼等を束ねる君主――ロードナイト。

 ローエン王国内において、王国騎士団の隊長或いは名誉ある者にしか与えられない位として君臨し、誰もが憧れる夢のひとつとしてその名を轟かせている。

 王国の紋章を刻んだ白銀の鎧と王者の印とされる赤いマントを身に纏い、その力たるや一騎当千に及ぶと語り草になっている。一説では、彼等が一度戦場に加勢すれば戦況を引っくり返すことも可能と謳われるほどだ。

 因みに《戦女神(ヴァルキリー)》というのは彼女の所謂二つ名であり、騎士団創設以来初の女性隊長の座に就き、彼女が戦場で剣を振るう勇ましい姿から付いたらしい。


 「ええ、シエルは私の事だけど、アナタも質問に答えて欲しいな」


 オレの言葉にも動じず、さらりと彼女は言い返してくる。

 凛とした立ち姿に毅然とも取れるその口調と雰囲気が醸し出すのは、明らかに温和な会話をするような空気では無い。咄嗟に、僅かにだが意識が身体を身構えさせた。

そう思えば思うほど、浮かぶ表情の中に列している剥き出しの牙が見えてくるようで。


 「……あぁ、そうだよ。誰も信じてはくれないけどな」


 溜息交じりに項垂れるのとほぼ同時、目の前にある空気が収束し、鈍く光る刀身によって解き放たれる。

 オレの溜息が消えるが早いか、彼女のクレイモアが視界を覆い尽くす。一斉にその場の野鳥や獣たちが逃げて行く程のプレッシャーが肌に突き刺さり、その圧力に尻餅をつきそうなのをやっとのことで堪える。

 そんなオレを見て、彼女は構えを解いて不思議そうに首を傾げた。


 「あれ、抵抗しないの?騎士団零番隊隊長としてアナタを捕まえに来たんだよ?」


 ローエン王国騎士団零番隊――騎士団の中では特異な部隊として位置づけられており、それは彼女、シエル=レイリアスの生家であるレイリアス家が代々隊長を務めている隊だからである。また、騎士団本部とは独立して動くことの出来る唯一の部隊というのがもう一つの理由だ。


 「オレは、オレは王国の敵じゃないッ……!」


 僅かだが、血沸く心臓と上昇する体温を感じながらツヴァイハンダーを思い切り振り抜きバックステップで距離を開ければ、彼女は驚いたように、だが一瞬だけ眼を見開いた。


 彼女が力を抜いている訳でもないし、勿論全力という訳でもないだろう。が、それに着いていけるのは剣士では到底適わない。ましてや相手が彼女であれば尚のことだ。

 それ程にロードナイトと呼ばれる彼等の力は常軌を逸していると言っても過言ではないし、普通の剣士であれば幾ら剣を持とうと彼女にして見れば木剣と変わらないように見えるだろう。


 「剣士が、この速度に着いて来れるなんて、ねぇ……」


 剣士。それは騎士の見習いであるものに付けられる呼び名。

 この世は、余程の罪が無い限り実力さえあれば騎士と認められる。逆を言えば、剣士の名を持つものはその実力が無いのと同義。そう云われるということは、その実力差があると言われているようなもの。


 呟くと同時、僅かに増していくプレッシャーと同じくしてシエルの身体から薄く白い光が発せられれば、直後から斬撃のスピードが徐々に上がっていく。

 《加速(アクセラレータ)》――騎士だけに伝えられる基本剣技にして奥義。手にする剣と同調、体内に集中力にも似た電気信号を流し、神経の伝達速度を上げて攻撃速度を飛躍的に高める技法。

 体得すれば誰もがその速さを手に入れることが出来る訳ではない。御しできなければ、力に振り回され満足に動くことも剣を振ることもままならない。

 目の前の彼女のような速さを繰り出すには、極めに極めなければ辿り着くことはできないだろう。それだけ、目の前の彼女のそれは常軌を逸している。《加速(アクセラレータ)》状態の彼女の速さたるや疾風迅雷が如くというのは、最早誰もが知ったるところ。だが、聞くのと見るのとではまるで違う。


 「このスピードなら、どう?」


 刹那、背後に風切音より速く気配が流れる。

 咄嗟に右手に持つツヴァイハンダーを側面に回して一撃を防御する。が、先より込める腕力が強くなっているのか、身体を突き抜ける衝撃の側へと身体が流される。押されまいと必死にブーツの底で土を踏みしめるも、衝撃の余韻が残るその間に彼女は反対側へと移動してクレイモアを振り上げていた。


 真直ぐに向けられる殺気と圧力が、少しずつ《声》を誘き寄せる。その感情に魅せられ、餌を鼻先に吊るされた驢馬のように、身体の奥底からそれが這いずり出て来て、悪魔のように耳元で囁く。


 《 力を解放しろ 》


 蹴りの一撃を鳩尾に向けて繰り出し、その反動でクレイモアの切り下ろしを間一髪のところで回避する。


 「だま…れ…ッ……オレは、屈しない……ッ……!」


 体内を奔る血が騒ぎ、身体の反応速度が上がっていくのが手に取る様に判る。枷を嵌められた手足が解放されていく感覚が体を駆け巡り、蝕んでいく。

 熱くなる身体とは裏腹に意識や思考は冷め、徐々に沈む感覚も、蝕まれる感覚から逃れるようにするも、あの時の光景が脳裏に甦り呑まれていく。


 「なに、何なの……?どうしたの、この子……ッ」


 剣を振るわなければ捕まる、殺される。身体を引き裂かれて、脳を弄繰り回され、殺される。殺される。殺される――


 そう思うと、自然にツヴァイハンダーが眼前のそれの剣速に追い着いていく。

 クレイモアに受け止められたツヴァイハンダーの刀身を鍔まで滑り落とし、そのまま右足で膝蹴りを繰り出す。次いで放った右脚で膝から下を伸ばすような形で蹴りを放てば剣の範囲外に彼女は後退する。


 「やるッ……でも、まだ……ッ……」


 異常。数瞬の内にそう判断した彼女は無闇に攻め立てず体勢を立て直し、状況を把握することを一番とし、冷静さを取り戻すことに務めるべく最善の行動を選択する。

 シエルは後ろに跳び退きながらも周囲の木々を両断し木の葉を舞わせれば、その身を徐々に包み隠していく。無数に舞う木の葉がシエルの動きを、気配を分散させて行く。


 《 殺れ 》


 消え往く意識の中、気配を必死に探す自身に対して、まるで命令する様に《声》が呟く。直に脳を掌で鷲掴みにされているような絶対的服従と蛇が隙間を縫って這うようなぬるりとした感覚が、急速に身体を支配していく。

 直後、シエルの動きが手に取るように頭が冴え、身体の筋肉が目標目掛けて動き出し、そうして実行せんと駆動する。視界が鮮明に、木の葉の向こう側が見えるような錯覚さえ覚える。


 「ぅッ……ぅ、うおおぉぉぉぉォォォォォオオオオオーーーーーーッッ!!」


 身体の、沸々と湧き上がる感情さえも制御が利かない。

 どうすればいい?

 オレはもう誰も、殺したくない。


 《 お前は既に、幾つもの命を殺めて来た。そして、これからもそれは変わらない 》


 五月蝿い、黙れ。


 《 何を云おうとも、抗おうとも無駄なことだ。いくら忘れ去ろうとも、身体は全て覚えている 》


 嗚呼、モうドォでモイイや――


 意識が、否、何かが、全てを手放そうとしているけれど、掌を伸ばしても届かない。意識の中で抵抗したところで、水面に映る月を掴むのと同じく無謀なことなのに。

 じんわりと滲むように、徐々に染まり行く瞳の色は緋色になり、その濃さを増し真紅に染まり行く。赤に侵されたところから、まるで誰かに代わったかのように視界が鋭くクリアになっていく。


 「今度はなに………眼が、赤く…ッ……?」


 舞い散る木の葉の中からシエルの驚嘆の声が鳴り響く。

 木の葉一枚一枚がその音をまるで伝うように反射させ、何処に彼女がいるかを教えてくれる。


 「逃ゲ……ろッ……お願イ…ダ…ッ……」


 言葉では否定するも、身体は魅かれ、弾かれる様にブーツの底が大地を蹴り上げ、木の葉の中へ躊躇なく突き進む。

 アイルが自身を加速する世界の中に身を置くのとは逆に、限界を超えた彼から離れる様に世界は鈍行を辿る。それでも尚、彼女は赤い眼の少年を捉えていた。

 刹那、アイルの瞳に映るシエルの動きが鈍く見え、周囲の時間が止まった様に流れるも、膨張し続ける狂気に身を委ねた剣士はお構いなしにツヴァイハンダーを薙いだ。


 「逃げろって、あんまりナメないでよ、ねッ……!」


 ツヴァイハンダーの切っ先が虚空を割き始めたその瞬間、止まっていたシエルの動きが時間を取り戻す。陽光を受け燦燦と降り注ぐ木の葉を、シエルはまるで階段を昇る様に駆けては剣士の背後に回る。

 葉に足を掛け、落ち往く前に次へと足を伸ばす。超人的な動きに何とか視線を配るも、肝心な身体はそれに追いつかない。

 クレイモアを天高く振り翳しながら眼下のターゲットに照準を合わせ、刃を裏返しここぞとばかりに打ち下ろす。獲物を見失い虚空を掠め取った刃、その挙動の硬直により一歩も動けないアイルの身体を勢いよく叩き抜いた。


 「ッ……ガッ……」


 不意に戻った意識は、衝撃によって揺さぶられていた。次いで、地面が迫るように視界一杯に広がり、駆け巡る痛みと共に身体がバウンドする。

 身体に鋭い斬撃ではなく、正しく鈍器で殴られたかのような衝撃と殴打にも似た痛みが走り回れば、命令を受け付けないかのように身体はピクリとも動かない。

 意識が戻る瞬間垣間見た限りでは、放たれた攻撃は脊椎、両の肩口に太腿を的確にヒットしていた。何かしらの刺激を与えることで、動けなくなったり運動機能が低下したりする箇所ばかりだが、どうやらそのお陰で《力》から抜け出せたらしい。


 「ふぅ……四肢の動きを止めたから、暫くは動けないよ」


 地面に倒れ込み、動けないオレを見下ろして彼女は言う。

 口振りから察するに、どうやら一連の動きはカウンターと打撃の連携技だったらしい。

 騎士が好んで扱う戦法であり、相手の攻撃を極限まで見極めカウンターだけに徹するもの。攻撃というよりは防御と一体化した返し技である。

 それに加え、刀身を翻し、腹での打撃を急所に打ち据えることによって身体を麻痺させる、みね撃ちにも似た攻撃。

 どちらもが常人を逸脱した集中力、機械にも劣らない正確さを必要とする技術。そんな圧倒的な実力を察知してか、身体の中に蠢いていた狂気が薄れていくのを感じた。


 「とりあえず、これから質問する事に答えて貰うわよ?」


 シエルはクレイモアを鞘に納めながら、自身が倒した大木に腰を下ろしながら呟く。

 何時の間にか身体を支配していた《声》は身体の何処からも無かったかのように掻き消えていて、逃げ出していた筈の野鳥や獣たちがいつも通りのざわめきを取り戻していた。


 「オレを、騎士団に連れてかない……のか……?」


 動かない身体と判断したのか、《声》が諦めたのか身体の自由がオレに戻る。いや、オレが自身の身体を手に入れたと言うべきか。《声》の下で動いている時は、最早自分という器に誰かが乗り込み操られているといってもいいのだから。


 「捕まえるなら、動きを止めるだけなんて事はしないよ。もっとこう、痛めつけて意識が飛ぶくらいにはね」


 何やら物騒な発言とジェスチャーに先ほどの人間離れした動きを思い出せば、一騎当千と恐れられる理由がひしひしと伝わって来る。

 それに先の戦いの記憶が僅かだが残っている。俊敏な動きはもとより、木の葉を伝い飛ぶ荒業もとい神業は強さ以上に彼女の凄さを物語っていた。


「それで、君は何者かな?そこいらの剣士が騎士団隊長と張り合うなんて聞いたことないよ」


 頭を搔きながら苦笑いを浮かべて喋る彼女は、どうやら剣士に対等に戦われたことが悔しいらしく、少しばかりいじけているようにすら見えた。

 戦っているときとのイメージとかけ離れたそれは、手を差し伸べたくなる光のように眩しかったけれど。


 「村を、騎士団員の人もこの手にかけたのは、事実だけど……――」


 「だけど、何?」


 続く言葉が喉に引っ掛かって出てこない。

 事実を知って欲しいけれど、誰も信じる筈が無い。


 話せば疑惑を呼び寄せ、疑惑は戦いを呼び寄せ、戦いは死を呼び寄せる。怖いのは話すことではなく、それによって誰かが自分を襲うこと。

 肉を切る感触にそこいらの少年が耐え切れるわけも無い。相手に死を齎す感覚をそこいらの少年が耐え切れるわけも無い。


 「男の子のくせに何モジモジしてんのっ!」


 その場の空気を断ち切るように、クレイモアは空を裂いて大地に突き刺さる。目と鼻の先に刃を突き立てられたクレイモアは何も言わずに唯黙すのみ。

 それら全てが、まるで友人の相談に乗るように軽やかで柔らかく、彼女の雰囲気に暖かさにも似た何かを感じた。


 この人は敵じゃないのか――


 少しだけ、縛られていた心が解けた気がした。

 唯の弱音かもしれないけど、それでも縋るように喉から言葉が零れ落ちていく。


 「オレの中に何か(・・)がいるんだ……《声》が響いて、オレがオレじゃなくなる……」


 瞼を閉じると、そこに惨劇が蘇る。

 この掌に掛けた人たちが、オレの足を引っ張って離さない。血の池から出る顔は陥没した骸、叫ばれる悲鳴は殺される理由とその是非を問うていた。


 「こんなバカげた話をッ……騎士団は信じてくれるのか…ッ……!?」


 普通であれば、否、普通でなくても信じはしないだろう。オレだってそうだ。寧ろ、指を指して笑い、蔑み、大義名分の下で堂々と手柄にするだろう。

 そんな喚きや言い訳じみた考えとは逆に、小鳥の囀りがまるで宣告までの猶予のように静かに森に響いては消えていく。


 「――……どこ行く予定だったの?」


 深緑の匂いをのせた風が、彼女の声だけを残して吹き抜ける。


 「デリス……」


 何か濁る言葉を言おうものならすかさず一喝が飛んでくるであろうと思い、素直に伝えた。いや、伝えたいと、応えたいとそう心が云っている。呟かれる言動の一つ一つが、自分がこの人を信頼したという証になっていくのも、ハッキリと判った。


 「此処で話すのもなんだし、デリスの宿屋にでも行ってゆっくり聞こうかな」


 シエルはそう言い口笛を鳴らし馬を呼べば、それは蹄の音を木霊させ颯爽と姿を現した。どうやら戦いに巻き込まれない様に待機させといたらしい。

 引き締まった体躯に立派な装具を身に着けた白色の愛馬は、まるで甘えるようにシエルへと駆け寄っては頬を寄せている。


 「これでよしっと……」


 主である彼女は馬を乗らずに、身体の動かないオレを馬の背中に落ちない様縛り付ける。


 「こんな事したら何か罰でもくらうんじゃ……」


 気にかけてくれたのはこの上なく嬉しい。

 だけれど、オレの所為で誰かが苦しむのは見たくないし、いつオレが襲い出すか判らないのがとても心苦しかった。何せ、判っていることなど何一つとしてないのだ。


 「これは任務じゃないのー。私の独断だから気にしない気にしない!」


 そう言って馬の体をトンと叩くと、愛馬は心得たと嘶きをひとつ響かせては深緑の森の中をデリスに向けて歩き出す。

 馬から見下ろすシエルの表情は、敵というには相応しくなく、どことなく慈愛に満ちた聖職者の様な表情だったのを覚えている。


 「ありがとう……――」


 不規則な揺れが睡魔を呼び寄せ、その言葉を残して少年は馬の背中で眠りについた。






 陰湿な空気と殺気が入り混じる。薄暗く、霧のようなものがヴェールのように幾重にも掛かり、数メートル先の視界もままならない。恐ろしく暗く黒い世界。

 そんな息苦しささえ感じる張り詰めた雰囲気の中に何かの存在が佇んでいる。漆黒の世界で何も見ることは敵わないがしかし、それでも、そう訴えるほど強烈な存在感が其処にある。


 「アイツは?」


 その視界でも軽々と見極められるほど巨大な城の奥で声が響く。靄に浮かぶそれは荘厳な雰囲気を醸し出すがしかし、幾千の時代をも感じさせる古城という言葉の方が似合うそれだった。


 「ローエンの騎士団と接触したようだ」


 松明がその部屋を明るく照らし出し、徐々に玉座と思われるものに座るそれに伸びるように松明がどんどんと点けられていくがしかし、それの顔が照らされる事はない。


 「そうか、今はまだ泳がせておけ。覚醒までそいつの下で力でも付けさせて貰うとしよう」


 語りかけるそれと、反応するそれはその姿を闇へと消し、そうして松明も追うように再び消えていく。

 暗く、深淵より深い闇に溶けて行く。








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