公衆トイレと殺人鬼、僕と二人の親友
五月期テーマ短編参加作です。
今までのATM名義の中でも一際気分を害させる可能性があります。閲覧は自己責任でお願いします。
久々に訪れた公園だったが、それといって大きな変化もなかった。小さな敷地に申し訳ない程度の遊具と砂場、ベンチと無駄に小奇麗なトイレ。でも子供たちにとってはそれだけあれば十分な遊び場なのだろう。数人が無邪気に笑って走り回っている。
こんな喉かな光景を見ると全てが嘘だったんじゃないかって思ってしまうけど、もちろんあれは夢なんかじゃなかった。掲示板に貼られた色褪せた指名手配書もそう言ってる。
「もう半年も前の話なのか……」
公園の入り口からすぐにある質素な数人掛けの木製ベンチ。その真ん中に腰掛ける僕の目の前にはあの公衆トイレがある。
何の変哲もないこの公衆トイレが僕に、あのことをまるで昨日のことのように鮮明に思い出される。
僕にもう少し勇気があれば、僕が声をかけることができたなら……いや、今更後悔なんてしても無意味だよな。
僕は半年前、大事な親友を二人も失った。
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「……ということで犯人は依然として捕まっていない。本日から部活も停止する。このHRが終ったら出来るだけ速やかに、集団で下校しなさい。以上!!」
「起立!! 礼!!」
担当教員の話が終わると同時に委員長が号令をかけ、多くの生徒が不安そうな表情で教室を出ていく。
それも当然だろう。ここ数日の間、この地域で毎日殺人事件が起きているのだから。
……かく言う僕も結構不安なんだけど。
「福本よー。なーに不安そうな顔してんのよ」
顔をあげると目の前にはクラスメイトの尾谷大地が立っていた。尾谷とは今年のクラス分けで初めて知り合った。長身で金髪、爽やかな顔立ちに、明るい性格。適当なところもあるけど、本当は誠実な彼はクラスメイトのみならず、学校中に多くの友を持っていた。
僕も最初は軽い男だと軽蔑していたが、話している内にどんどん彼の人間性に惹かれていった。
自分ではよくわからないけど、僕と一緒にいる時は気楽にできるらしくて、よく尾谷の方からこうして話しかけてきてくれる。
「そりゃ怖いよ。殺人事件だよ?
次は我が身かと思うと一人で帰りたくなくなるよね」
「お前どんだけ心配してんのよ。大丈夫だって。今までの殺人事件は全部19時前後に発生したんだろ?」
「でも……」
そう、数日間で発生した殺人事件は全部で四件。その四件全てが19時前後の薄暗い時間帯に発生しているのだ。
だから学校は部活によって、その時間帯に帰宅する生徒が被害者にならないように、今日から事件に展開が見られるまでの間、特例を除いてHR終了後すぐに生徒を下校させることを決定したのだ。
だからといって安全とはいえない。犯人が気まぐれで犯行時間を変える可能性だってある。だが、尾谷にはそんな不安は微塵もないようで、不安がる僕を笑いながら茶化してくる。
「福本の言う通り心配しておいた方がいいかもしれないぞ」
背後から聞こえた声に反応して僕らは振り向く。
そこには木戸空人が立っていた。空人もこのクラスになってから仲良くなった。スレンダーな体つきに、似合う人にしか似あわないような知的な眼鏡をかける彼は、見た目通り、常に冷静で、学力も学校で一二を争う。さらには責任感の強さや真面目さが買われ、生徒会長という地位についている。
「何で福本の言う通りなんだよ、空人」
「俺なりに推測してみたんだが……っと、その前に、そろそろ下校しないと先生に何か言われそうだな。
続きは帰りながら話そう」
「うん、そうだね」
木戸の意見に頷き鞄を持って席を立つ。尾谷も自分の席に置いていた鞄を取り、こちらに戻ってくる。
木戸が教室内を見渡した後、電気を切ると、僕たちは教室を後にした。
「で、その推測ってのを聞かせてもらおうか」
廊下に出るとすぐに尾谷が木戸の肩に手を置き、話しかける。
木戸は全く動じることなく、尾谷の手を払うと、そうだな、と呟いて言葉を紡ぎ始めた。
「今までの殺人事件四件の被害者には鋭利な刃物で全身を切りつけられた、という以外にも大きな共通点がある。犯行時間、犯行場所だ。
今までの事件発生現場は昼間はそこそこに人通りもある通りの裏だったり、それに面した空き地だったり。夕方だからこそ人通りは多くないものの、犯行現場を見られるリスクは十分存在する。それにこの近辺でしか犯行が発生しないのだから、どんどんと犯人は絞られていくだろう。
それでも犯人はこの近辺で、この時間帯にしか犯行を行わない。何故か。答えは簡単だ。この近辺でこの時間帯にしか行えないんだよ」
「なっ……!? いくらなんでもそれは推測が過ぎるんじゃねーか?」
自信に満ちた声で断言する木戸に、尾谷は驚きのあまり鞄を落とし、玄関の戸を開ける手を止めて木戸の方を見る。
僕もさすがにそれは決めつけだと感じた。だが、こう話しているのは木戸だ。そんな安易に結論を出すはずがない。
すると木戸は僕の予想通り、ふっ、と小さく笑い。尾谷が開けようとしていた戸を開け、僕達の方を振り返る。
「俺がそれだけで結論を出すと思うか?
勿論証拠は他にもある。例えば被害者は--」「かいちょーー!!」
木戸の言葉は聞き覚えのあるおさげの女の子の声に遮られる。女の子は木戸の前まで歩いていくと、中腰の態勢で肩で息をしている。あっ、そうだ。見たことあると思ったら副会長だ。
「まだ……校内におられ……たんですね」
「ああ。まずは息を整えろ」
あくまでも冷静に返す木戸の言葉に頷き、数秒呼吸を整えた後、女の子は顔をあげた。
「で、要件はなんだ?」
「文化祭のクラス別催し物のアイデアを今日ようやく提出したクラスがありまして。もう文化祭まで時間がないのでできる限り早く生徒会と校長の許可を求められたんですよ。で、今日は校長も学校にいるらしいので、今日中に許可を出した方がいいかな、と思いまして……」
「ふむ。確かに面倒事は早く解決したほうがいいな」
木戸は少しの間顎に手を当てて考えた後、僕と尾谷の顔を伺ってくる。僕達もそれがわかったので、頷き返す。
「いいだろう……大地、福本、悪いが二人で帰ってもらっていいか?」
「ああ、構わないぜ」
「うん。頑張ってね」
木戸はすまなさい、と小さく頭を下げると副会長と共に校舎の中に戻っていった。
「さて、と、じゃあ俺らは帰りますか」
「うん」
尾谷が僕の肩を叩いて帰るように促す。これ以上ここにいても特に用事もない。先生に捕まると面倒だし、尾谷と一緒に帰ろう。
「それにしても空人の奴、ひどいよなー。
あそこまで言われたら続きが気になるじゃねーか」
「仕方ないよ。生徒会長の仕事も大変だろうし」
「でもあいつがそう言うなら何かしらの対策をしないとな……。
あっ!!」
尾谷の突然の声に僕はびくりと肩を震わせる。
「どうしたの?」
「部活の大会の申請、今日までだったっ!!
空人の許可も取らねーといけねーから先帰っててくれよ!」
「えっ……う、うん」
「ほんとすまね。じゃあな福本!!」
尾谷は僕の手を握って頭を下げる。その後に手を振って、木戸と同じく校舎の中に消えていった。
「あれ、そういえば、尾谷って--」「何故まだ校内に残っているんだい?」
「あっ……」
突然の声が、僕の思考を遮った。
後ろを振り向くと、生え際が大きく後退した教頭先生が立っていた。
先生はにこにこと笑顔を浮かべてこっちを見ていた。むしろその笑顔が全てを語っている気がして。
「す、すみません。もう帰りますからっ」
僕は逃げるように校舎を後にした。
ーーーーーーーーーー
素直に帰る気にもなれず、僕は寂れた公園のベンチで一人項垂れていた。
……もしも、本当にもしもだけど、あの時学校に残っていればなにか変わったのだろうか。友達ならあんな時はどこかで待っておくべきなのだろうか。
いくら考えても僕の中で友達が何かよくわからない。
今まで友達がいなかったわけじゃない。適当に付き合って、適当に乗り換えていった。
最初は彼らともそんな付き合いをするつもりだった。所詮ただのクラスメイト、来年にはもう関係もなくなるかもしれない。そんな相手と親しくして無駄に気を使うなんて無意味。そう思っていた。
でも彼らと付き合えば付き合うほど、彼らともっと仲良くなりたいと思ってしまった。
彼らはお互いのことを名前で呼び合う。片や学力トップの生徒会長、片や運動神経抜群のインターハイ出場者。二人とも僕には一生手に入れられそうもない才能やカリスマ性を持つ。人格、才能、努力、全てにおいてお互いがお互いを認め合う彼らは学校中の誰が見ても最強のタッグだろう。
そんな二人と仲良くさしてもらっている僕は十分幸せ者だ。彼らは二人とも優しいし、頼りになる。
では、彼らにとって僕はどんな存在なんだろう。本当に必要なのだろうか。いつまでも僕を“福本”と名字で呼ぶことがその答えの気がして。名前を呼ばれるだけで心に引っ掛かってしまう。
「こんな小さな考えしかできないからいつまでたってもダメなんだよな……」
一人嘲笑し、空を見上げる。
もしもこんな心の内も全て見せれば彼らの反応は変わるだろうか。……変わるだろうな。悪い方向に。僕の中身はこんなにも醜くて異端だ。こんな人間を受け入れるなんてどうかしてる。
だから僕は本性を隠し続ける。例え本当に仲良くなれることができないとしても、もう話せなくなるよりはよっぽどマシだから。
「……冷えてきたな」
思ったより考え事が長かったようで右手の時計に目をやると、17時を過ぎていた。ここで30分近く考え事をしていたことになる。
十月という季節の17時はすでに冷たい風が吹く。野ざらしのベンチに座った僕の体をずっと蝕み続けていたらしく、気付いた時には手先にぬくもりは感じられなかった。
「そろそろ帰るか……っ」
鞄を手にして立ち上がった瞬間、腹部の痛みと共に下る音が聞こえた。どうやら自分で思った以上に体は冷えていたらしい。
家まで残り十分はかかる。それまで僕のお腹が持つかは際どいところだ。僕の目の前には清潔そうな公衆トイレ。
本来なら悩む必要もない。だが、恐怖心が僕の足を重くした。
「公園のトイレなんて誰にも見られないからな……」
僕に考えさせる暇を与えないように、お腹はさらに大きな音をならし、痛みを走らせる。
「うっ……まだ明るいし、公園のトイレでなんて……しかも綺麗だし……」
自分を無理やり納得させてトイレに駆け込むのだった。
―――――――――――――――――――
「……ふぅ」
先ほどまでの腹痛は一過性のものだったらしく、体内の毒素を吐き出すと、痛みは嘘のように消えた。だから僕は全ての動作を終え、ズボンを履き直し、後は帰るだけのはずだった。
帰ろうとして戸に手をかけた時、外から変な音が聞こえた。
ドタドタという駆け込んでくるかのような音。そしてバタンという戸が閉められる大きな音。これだけなら僕はきっと何のためらいもなく戸を開け、帰路を急いだだろう。だって、それなら誰かが僕みたいに急な腹痛に苦しみ、その苦しみから解放されようとしているだけなのだから。
でも隣の個室に入った誰かはそんな理由じゃないように思えた。
「はぁはぁ……っ!!」
苦しそうな声、そしてがたがたと壁にぶつかる音。いくらなんでも腹痛に苦しむ動作にしては動きが大きい。
一瞬帰ろうかとも思ったが、その後も声や音は止まらない。
「……よし」
僕は少しのためらいの後、小さく頷くと隣の壁に手を当て、小さく息を吸い込む。もし僕がこのまま帰ったとして、この人に何かあったら後悔するだろうから。恥なんて一瞬だ。それに顔を見られるわけでもないんだから声をかけるぐらいすればいいじゃないか。……そう思ってしまった。
「あ、あのっ」「や、やめろっ……うっ!!」
口に出そうとしていた、「大丈夫ですか」、を飲み込み、固まった。
ほとんど同時に発せられた隣の個室にいる人間の大きな声に、僕の声はかき消された。そして彼は、やめてくれ、といった。僕になんかじゃない。だって僕の声は聞こえてないんだから。じゃあ誰に?
「うあぁぁぁ!!」
直後に聞こえる悲痛な声。思い浮かぶのは帰りのHR。この通りで連続して起きている殺人事件。
そして隣から聞こえるその声は間違いなく……木戸の声だった。
助けないといけない。そう思っているのに僕の身体はピクリとも動かない。親友が目の前でどんな目に合っているのか。絶え絶えの声を聞くだけで気が遠くなる。早く助けないと木戸が……。でももし犯人が僕の方にやってきたら? 僕も木戸と同じ目に……
そう考えた瞬間僕の足から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。必死に堪えても涙が滴り落ちる。
……ごめん……僕には無理だよ。
繰り返し隣から聞こえてくる苦痛に歪んだ声を拒絶するように耳を塞ぐ。それでもその声は容赦なく僕の耳に届く。もう気がおかしくなりそうだ……
ごめん、木戸……尾谷……助けてよ……
僕は音がでないように小さな動作でズボンから携帯を取り出す。震える手で尾谷の名前を探す。『助けて』。涙でぐちゃぐちゃになったボタンを押して、それだけ書き込むと送信した。携帯を握りしめ、膝を抱えて丸くなる。
ピロロンピロロンピロロン
「っ!?」
思わず漏れた声に慌てて口を手で押さえる。よく聞いた覚えのある、初期設定のままの気の抜けた着信音。
「……ん? こんな時にメールかよ」
僕の頭は真っ白になった。間違いなくその声は尾谷のものだった。
嘘だ……尾谷が……
思い返せば確かに違和感があった。
尾谷のインターハイ出場の話は前からよく話題になっていた。それなのに何故今日まで彼はその存在を忘れていたのだろう……もしそれが嘘だったとしたら?
何故尾谷は木戸の推理を聞いて鞄を落とすほどに驚いたのだろう。もし彼の推理があっていたとしたら?
もし僕らが聞けなかった推理を二人で帰りながら話してて、木戸の考えが正しかったら? 犯人は木戸を生かしておくだろうか……。
ブーブーブーブー
「っ!?」
手の中の微弱なバイブレーションに驚く。画面には尾谷からの着信画面が。そしてあろうことか焦りのあまり僕の手は通話ボタンを押してしまった。
『もしもし福本かっ!? どうしたっ!?』
電話越しの声より明らかに大きな生の声がトイレに響き渡った。自分の中でどう言い訳をしても尾谷の声に間違いなかった。僕はもう何を信じていいのかわからなくて、ただ泣いていた。
『……えっ、泣いてんのか? 待ってろ、俺の用はもう終わったから今すぐそっちに向かう!! どこにいるんだっ!?』
……用ってなんだ。今尾谷はどこで何をしていたんだ。気付くと木戸の悲痛な声は聞こえなくなっていた。それはつまり……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
木戸は殺された。そして殺した尾谷は今から僕を探しに来る。僕はもう耐えきれなかった。大きな声をあげて個室から飛び出す。
「あっ」
勢いよく駆け出した僕は、戸を開けてすぐにバランスを崩してタイルに倒れこんだ。全身を打ち、特に足はすごく痛いけどそんな場合ではない。逃げなければ殺されるっ!!
「……ふく……もと……」
もう全てが遅かった。尾谷の声がそう語っている。
恐る恐る顔をあげると信じられない光景が広がっていた。
焦った表情で僕を見て二、三歩と後ずさりする尾谷。
そしてその後ろには……カッターシャツのボタンを留め直している木戸がいた。
――――――――――――――――――――
あの日、僕は大事な親友を二人も失った。彼らはあの後少しの間学校も休み、僕とも疎遠になっていた。
僕にもう少し勇気があれば、あの場で声をかけることができたなら、彼らはあんなに苦しまなくても済んだかもしれない。
でももうそんな記憶は過去の物だ。後悔はしているが、今も心に深い傷があるわけではない。
「待たせたな」
「ごめんなー」
突然後ろからやってきた二人はそれぞれが僕の左右の手を握る。
「いいよ。僕も今来たところだし。……じゃあ、いこっか。空人、大地」
「いこいこー」「ああ、いこう」
「「栄介!!」」
あの日のおかげで、僕は大事な親友以上の存在を二人も手に入れた。
はい、とりあえず申し訳ありませんでした。
少し長くなりますがあとがきを。
まず最初に一応断っておきますが、私にこのような趣味はありません。かといって別に周りにこのような人がいても気にしません。人前でイチャつくことさえなければ全く構いませんよ。詰まる所、周囲の人物がNLであろうがBLであろうがGLであろうが私に危害が加わらないのであればご自由にって考えです。
私はそんな人間ですので、この作品もさして抵抗なく書けたのですが、中には気分を害された方もいるかもしれません。
描写も直接的なものはないですが、ダメな人はこれでもダメでしょう。
すみません。でもBLタグ付けたらバレちゃうもん。
っていうのが私がATM名義を作った理由です。はい、実はATM名義、この作品のために生まれました。一々残酷描写が~とかBLが~とか書いてたらオチが読めちゃうので。先の三作でATM名義=残酷な話というイメージを植え付けて、この作品で驚かせようという作戦です。ちと邪道でしたかね(笑)
最後にもう一つ。この作品、実は10分の1くらいノンフィクションです。
あれは私が高校二年生の時、学校帰りに突然お腹が痛くなって、最寄りの某ファミリーなコンビニに入ったら1つしかないトイレが使用中でした。他に近くにトイレがあるかもわからないので、しばらくの間待っていると、扉が開いて若い男性が二人同時に出てきました。たったそれだけのことですが今でも私の記憶に強烈に残っています。その時はもうトイレに行く気にはなれませんでした(笑)
ということで一旦ATM名義作品の投稿はストップします。テーマ短編などでネタに詰まったら書くかもしれませんが。
本当にここまでお読み頂きありがとうございました。では。