兄様の覚悟
「エンジェラ様?」
驚いた兄様に、エンジェラ様は小さく問い返した。
「それは……命令に従う、という意味ですのよね。
つまり……私を、好きになれない、ということですのよね?」
その呟きに、兄様は困ったように少し考え込んでから答えた。
「実は……僕、人を好きになれないと思うのです」
その言葉に、父様と母様が思わず顔を見合わせた。
「家族が……今は、家族が一番大切なんです。
それに、今は学ぶことが多くて、エンジェラ様とお会いする時間も、あまり取れません。
そんな僕は、エンジェラ様の婚約者に相応しくないと思うのです。
あなたはとても愛らしい方です。どうか、あなたを心から愛してくださる方をお選びください」
兄様の言葉に、エンジェラ様はそっと涙を拭い──
「では、振り向かせれば良いのですわよね!」
と、まさかの宣言をなさいました。
その姿を見て、なぜか父様が遠い目をなさっていたのが不思議でしたわ。
「フレイア……私は、デジャブを見ているのだろうか?」
そう母様に呟く父様に、母様はなぜか苦笑いを返していらっしゃいました。
「あの……?」
『諦めます』という返事を想像していた兄様は、斜め上の回答に唖然としていらっしゃいました。
そして、ぽつりと──
「どうやら僕は、今世でも諦めの悪い令嬢に追いかけられる運命みたいだな」
そう呟いたのを、私は聞き逃しませんでしたわ。
⸻
お二人がお帰りになった後、私は兄様の部屋へ突撃……ゴホン。
いえ、訪ねてみましたの。
「兄様、私、聞いてしまいましたの。
“今世でも諦めの悪い令嬢に追いかけられる運命”って、どういう意味ですの?」
そう問い詰めると、兄様はがっくりと肩を落として──
「フィオナは……本当に目敏いというか、地獄耳というか……」
と呟きました。
「兄様が答えないなら、父様と母様に聞いてきますわ!」
そう叫んで部屋を飛び出そうとした私を、兄様は慌てて後ろから抱き上げて止めました。
「フィオナ。この話は……絶対に、誰にも話さないと約束できるかい?」
私はコクコクと大きく頷きました。
すると兄様は、観念したような表情で──
「僕には……前世の記憶があるんだ」
と言い出したのです。
「前世?」
首を傾げる私を、兄様はベッドに腰掛けながら膝に乗せて、静かに続けました。
「ほら……十二歳の誕生日の前に、高熱を出したことがあっただろう?」
そう言われて、半年前の出来事を思い出しました。
兄様の誕生日を一週間後に控えた日。
朝になっても兄様が起きてこられず、様子を見に行くと、高熱を出していらしたのです。
母様は私とオーレリアを隔離し、ずっと兄様に付きっきりで看病なさっていました。
「あの時?」
そう呟くと、兄様は小さく頷きました。
「そう。僕は……フレイア──母様を愛していたけれど、結ばれずに命を落とした。
前世の記憶が戻った時は、本当に驚いたよ。
自分が愛した人が……母親になっていたのだから」
その横顔は、とても悲しそうでした。
もし神様という存在がいるのなら、
私は聞いてみたいですわ。
どうして兄様に、こんなにも切ない運命を背負わせたのですか、と。




