兄様とエンジェラ様
「あら! 旦那様。私、そんなに口達者でしたか?」
少し頬を膨らませる母様に、父様は溜め息混じりに答えた。
「似たようなものだよ。どれほど父上と母上が、フレイアにヤキモキさせられたことか……」
その言葉に、母様はハッとした表情で周囲を見回した。
すると執事やメイドたちは、示し合わせたかのように笑いを堪えた顔で、ススーッと部屋を出て行ってしまうではありませんか!
「まぁ、母様。“遺伝”なら仕方ありませんわよね」
私が微笑むと、母様は呆れたような顔をした。
すると、エンジェラ様がにこやかに言い放った。
「あら! でしたら、バーナード兄様の婚約者をフィオナ様にしたら、いかがかしら?」
「はぁ?」
思わず声が漏れた私に向かって、エンジェラ様はさらに続ける。
「私、お父様とお母様に進言してみますわ」
……などと、よくもまあそんな事を。
挙げ句の果てに、
「そしてバルフレア公爵様。ぜひ、私をルイス様の婚約者にしていただけませんか?」
などと、ふざけた妄言まで口にしやがりましたの。
「ちょっと……エンジェラ様、もごっ——」
文句を言ってやろうと一歩踏み出した私の口を、母様が咄嗟に塞いだ。
「フィオナ! これはルイスの問題です。あなたは口出ししてはなりません!」
母様の怒った顔に、私は思わず息を呑んだ。
すると兄様は、エンジェラ様の視線の高さまで屈み、胸に手を当てて一礼した。
「エンジェラ様。過分なお申し出、ありがたく存じます」
エンジェラ様は頬を染め、期待に胸を躍らせた表情を浮かべる。
「ふがはふっ!(兄様!)」
母様の手が口を塞いでいて、まともに声も出せません。
悔しさに母様の手に噛みつこうとした、その時——
「ですが、僕にはまだやるべきことがたくさんあります。
そんな僕が、婚約者としてエンジェラ様を幸せにできる自信はございません」
そう、兄様ははっきりと言ったのです。
(さすが兄様ですわ!)
しかし、にっくきエンジェラ様は、きらきらと目を輝かせて言い返した。
「ルイス様が婚約者でいてくださるなら、他には何も要りませんわ!」
……だから、断られているでしょう!?
心の中で叫んだ、その時。
「それは違います、エンジェラ様」
兄様は静かに首を横に振った。
「エンジェラ様は王女様です。そのような方に婚約者として選んでいただけることは、バルフレア家にとって大変光栄なことです」
「でしたら、良いではありませんか!」
めげないエンジェラ様に、兄様は諭すように続けた。
「もし今、あなたとフィオナ、オーレリアが海で溺れていたら——
僕は迷うことなく、フィオナやオーレリアを助けます」
その言葉に、エンジェラ様の肩が小さく揺れる。
「その時、あなたは後悔するはずです。
“こんな人を選ばなければ良かった”と。
僕は、あなたにそんな思いをしてほしくないのです」
真摯な眼差しが、まっすぐエンジェラ様を見つめていた。
エンジェラ様は俯き、ドレスの裾をぎゅっと握り締める。
「……それでも、良いと言ったら?」
小さな呟きに、兄様は迷いなく答えた。
「王命であれば、お受けいたします。
バルフレア家の者として」
その真っ直ぐな言葉に、
エンジェラ様の瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちたのだった。




