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ロイヤルマリッジがじれったいので、私いやらしい雰囲気にしてきますね?  作者: 鴇田 孫


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第4話 歯が折れる乙女のクッキーと灼熱の愛

ーーーー王城の厨房。

 そこは今、戦場であった。


「こ、この粉は何!? 白いけど……雪?」

「エリザベス様、それ小麦粉ですぅぅうう!!」

 慌てて止めるハゥラの声を無視して、エリザベスは優雅に粉をふるい――

 ――バサァ。

 白煙が上がった。


「……まあ。意外と楽しいものね、お菓子作りというのは」

 鼻先に粉をつけた令嬢が微笑む。

 その姿は、いつもの完璧で高貴な令嬢とは違い、どこか可愛い。


 だが次の瞬間、

「辛味のアクセントが大切だと聞いたの」

 そう言って、赤い粉を振りかけた。


「エリザベス様! それはトウガラシですぅぅぅ!!」


 結果、生まれたのは――

 見た目だけは美しい、灼熱のマドレーヌ。


 厨房の奥から覗いていたヒッチ(辛党)は感涙した。

「……やべぇ、うまそう」

「俺はムリだ……(甘党)」とコックが涙目で退避する。



 次こそはと、バターたっぷりのクッキーを作成…

 ハゥラは、焦げた鉄板の前で呆然と立つエリザベスにそっと近づいた。

「……次は、焦がさないように、一緒にやろっか?」

 その笑顔に、エリザベスはハッとしてうなずいた。


 ハゥラの手際は見事だった。お菓子も料理も小さい頃から嗜んでいるので、プロ級の手際よさ。

 粉を混ぜ、バターをなじませ、ほんのり甘い香りが漂う。

 その中で、エリザベスの指が少しだけ震える。

 彼女は小声で呟いた。

「……アルフレッド様も、こういう香り、お好きかしら……」


 その瞬間――

 厨房の扉が開き、本人登場。

「……何をしている?」

 淡々とした声に、エリザベスは「ひゃっ」と奇声をあげた。


 焦りのあまり、手に持ったボウルをひっくり返し、

 ――バターがアルフレッドの頬に飛んだ。


 ちょっと、腐女子には刺激の強い絵面。

 ハゥラは(やっちゃった……)と頭を抱える。


 だがアルフレッドは、バターを拭いながらぽつりと言った。

「……いい香りだな」


 エリザベスの頬が、灼熱のマドレーヌよりも赤く染まる。

 言葉を失い、両手を胸の前で組む。


 ハゥラはそれを見て、口元をゆるめた。

(……こりゃあ、相当惚れてるなぁ)


 そして最後に、焦げず、辛くもないクッキーが焼き上がった。

 それはどこか、不器用で真っ直ぐな乙女の味だった。


少し時間を遡って…ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

――午後三時、王太子執務室前。


 「殿下、午後の政務はすべて完了しました」

 ヒッチが恭しく頭を下げ、コックが書類をどさっと抱えて続いた。

 「この後は自室にて整理と署名っすね!」


 「……ああ」

 アルフレッドは軽くうなずき、机上の書類をまとめて立ち上がった。

 少し疲労の滲む顔。だが、歩みはいつも通り迷いがない。


 ――と、その時。


 廊下の先から、ふんわりとした香りが漂ってきた。

 焼きたての甘い香り。

 それに混じる、なぜかちょっと焦げっぽい匂い。


 「……なんだ?」

 眉をひそめたアルフレッドが足を止める。

 ヒッチとコックも鼻をひくひく。


 「甘い……! あ、あれっすね! お菓子の匂いっすね!」

 「ひゃー、砂糖とバターの罪深い香り……!」


 廊下の奥、厨房前からなにやら騒がしい声が聞こえる。


 「だめですエリザベス様! 焦げてますぅ!カッチンカッチン、カッチンカッチンやでぇ」

 「だ、大丈夫よハゥラ! これも香ばしさですの!」


 ……どう考えても落ち着いた王城の午後ではなかった。


 アルフレッドは一瞬だけ逡巡し、

 (いや、関係ない。書類が先だ)

 と踵を返そうとしたその瞬間、ヒッチとコックが両脇から回り込んだ。


 「殿下! せっかくの息抜きチャンスですよ!」

 「そうですそうです、糖分補給です! 血糖値が下がると判断力も落ちるんですよぉ!」


 「おまえたちが食べたいだけだろう」

 「……否定はしません!」


 アルフレッドはため息をひとつ落とし、結局その香りに導かれるように厨房の扉を開いた。


 中はまさに戦場。


 ハゥラは粉まみれで奮闘し、

 エリザベスはオーブンの前で「どうして焦げるのよぉぉ」と絶叫し、

 使用人たちは右往左往。



「……なにをしているんだ」

 王太子の声が響くと、時間が止まった。

 淡々とした声に、エリザベスは「ひゃっ」と奇声をあげた。


 エリザベスが焦りのあまり、手に持ったボウルをひっくり返し、

 ――バターがアルフレッドの頬に飛んだ。


 アルフレッドは、バターを拭いながらぽつりと言った。

「……いい香りだな」



「ひゃ、ひゃいっ!? あ、アルフレッド様!?」

 エリザベスが反射的に背筋を伸ばし、ハゥラが慌ててボウルを拾う。


「お菓子作りの……練習をしておりました!」

「……なぜ厨房を壊滅状態にしてまで?」

「愛があれば焦げても大丈夫なんですぅ!」とコック。

「誰の愛だ」と即座に切り捨てる王太子。


 ヒッチが壁際で咳払いした。

「殿下、試食してみましょうよ。息抜きも兼ねて」


 アルフレッドはしばらく無言で二人を見つめたが、

 結局、視線をエリザベスへと戻した。

 彼女は真っ赤な顔で、皿を差し出している。


「……よ、良かったら……先程のクッキーを」


 沈黙。

 アルフレッドはひとつ取り上げ、ゆっくりと噛んだ。


 カリ。


 厨房中が息を呑む。


 王太子の唇が、かすかに上がった。

「……ふむ、優しい味だな、美味しい」


 エリザベスの耳まで赤く染まる。

「そ、そんな、たいしたことは……」


 ハゥラはその様子を見て、こっそりコックの脇を突いた。

「ねぇ、見た? これもう恋だよね」

「見ましたぁぁ!」

 アルフレッドは、書類の束を脇に抱えながら小さくため息をつく。

「……少しだけ、紅茶をもらおう」

「きゃっ、はいっ!」


 そしてこっそりヒッチは、灼熱のマドレーヌを一つまみ

「う、ウメェ!!」

 ピシャーーーーーーン(美味しさの衝撃)

 捨てようとしていた物を美味しそうに頬張る姿をハゥラは見逃さなかった。



 結局、その日の執務再開は日没を過ぎてからになった。

 ヒッチとコックは満腹で満足。

 ハゥラはにやにやしながら空を見上げる。


「恋も農業みたいなもんだよなぁ……」


 焦がして、失敗して、でも水をやって、見守って。

 そのうち、ちゃんと実る。


 夕暮れの厨房に、紅茶の香りと笑い声が、やさしく漂っていた。

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