第二章(3)
朝から外に出たリネットの感想は、ただただ眩しい、である。
「うぅ……団長さん、私、溶けます。きっと私は、日に当たってはいけない人間なんです」
引きこもり生活が長かったせいで、リネットは眩しさに目を細くして、ラウルを見上げる。
「あれ? 団長さん。今日は前髪がありますね」
一昨日も昨日も、ラウルは銀色の髪をビシッと後ろに撫でつけていた。しかし今は、髪を整えていないせいか、自然と前髪が額にかかっていて、そこに眩しい朝の光が降り注ぐ。
「あ、そういえば服も……騎士服ではないんですね」
リネットが指摘したように、ゆったりとした麻のシャツにトラウザーズという軽装だ。すらっとした体型にラフな服装は、騎士団長というよりも街の青年のような雰囲気だった。
「朝食前だからな」
「団長さんは、いつも朝起きたら、お外に出ているんですか?」
「そうだ。人間はこうやって日に当たることで、体内時計が初期化される。君のように不規則な生活を送っている人間には重要なことだ」
そう言いながらもラウルは、どこから取り出したのか、リネットの頭に帽子をぽふっとかぶせた。
「君のために用意しておいた。肌が白いから、日に当たって赤くなっては大変だ」
鍔の広い婦人はものの帽子だ。葡萄色の帽子は、リネットの深緑の髪によく似合う。ただ、用意周到すぎる彼が少しだけ怖い。
そう思いつつも、スサ小国を出てから、誰かからこのようなプレゼントをもらうのは、初めてだった。
「ありがとう……ございます……」
「実は昨日、街を見回りしたときに見つけたんだ。これから君には、ずっと世話になるわけだから……悪いことをしたなとは思っている。こんな帽子一つで許してほしいとは言わないが……どう気持ちを伝えたらいいかがわからない」
「いえ、お気になさらず。あの場で団長さんが私を選ぶのは、消去法でいっても正しい流れです。まぁ、プロという手もありますが……」
リネットの言葉に、ラウルも苦笑する。
「だが、先ほど言った言葉は本心だ。君にはこうやって迷惑をかけている分、少しでも快適な生活を送ってほしい」
「というわりには、朝から私を振り回していますよね。この時間、私にとっては睡眠時間です」
「それは君の生活が不規則だからだ。昨日の朝、君の顔色を見てそう思った。不規則な生活は楽だ。自由だからな。若いから今はそれでいいかもしれないが、十年後、二十年後に後悔するときがやってくる。睡眠、食事、適度な運動。これが健康の三要素だ」
昨日から、ラウルはリネットの生活が不規則不規則だと口うるさいが、実はその小言も聞いていて悪い気はしなかった。
ブリタやエドガーもリネットのことを気にかけてくれるものの、ラウルの世話焼きは彼らとはどこか違う。母親のような、でも少し押しつけがましい。
「ここは、第七騎士団が所有する庭園だ。官舎は団員の他にも、その家族も一緒に住んでいる」
彼が言うように、庭には騎士らしくない人々や、子どもたちが自由に歩き、朝のさわやかな風が花の甘い香りを運んでくる。
花壇には色とりどりの花が咲いており、朝露がキラキラと光っていた。
「お花はどなたが世話をされているのですか?」
リネットの視線が、花に水やりをしている人へと向けられた。
「ああ、専門の庭師も頼んでいるが。ここでは花を育てたい者は自由に育ててもいいことになっている。もし君も花を育てたかったら、言ってもらえれば手配する」
「お気遣いいただきありがとうございます。だけど私、花よりも薬草を育てたいんですよね」
「薬草は、騎士団の医療班の管轄だからな。勝手にその辺で育てることはできない」
魔法と薬草は密接な関係があるというのに、この国では魔法師が薬草を育てられない。不満というか不便というか。
だから必要な薬草があれば、ブリタに申請して騎士団から届けてもらう形になる。それも、薬草の不正利用や乱用を防止するための策らしい。
「私の国では、薬草も自由に育てられたんですけどね」
「私の国? 君はこのセーナスの者ではないのか?」
「はい。私はスサ小国の出身なので」
「だから魔法院で寝泊まりしているのか?」
ラウルの反応を見れば、彼はリネットの出自について知らなかったようだ。話題にあがらなければ、他人においそれと話すことでもない。
「そうです。こちらの国は魔法を使える者を魔法師として国が管理していますよね。その制度に興味があったので」
その気持ちも嘘ではない。
「だが、魔法師はセーナス国民でなければならないはずだ……。もしかして、魔法師になりたいがために、誰かの養子になったとか……?」
「そのとおりです。その辺は師長に相談して、うまいことやってもらいました」
「なるほど」
深入りしてはならないと判断したのか、ラウルはその件に関して、それ以上、何も言わなかった。
「ミャア……」
そのとき、突然、猫の鳴き声が聞こえた。
「ニャアニャア」
「ミャミャ」
しかも一匹ではない。
「団長さん。猫ちゃんの鳴き声が聞こえませんか?」
リネットは目を輝かせて尋ねた。
「ああ。飼ってるからな」
「飼ってる?」
「そろそろ餌の時間だ。こちらに来なさい」
ラウルにぐいぐいと手を引かれ、連れていかれた先は、園芸用具が置いてある小屋の裏。ちょうど日影になっていて、ひんやりとした場所だ。
「あ、団長。リネットさん。おはようございます」
ラウルとリネットの姿を見つけた一人の男性が、声をかけてきた。
「おはよう」
「おはようございます……えぇと、ヒースさん?」
「そうです、ヒースです。二日ぶりですね」
地面にしゃがみ、猫に餌をあげていたのは第七騎士団副団長のヒースだった。
「ヒースさんが猫ちゃんを飼っているんですか?」
「私がというよりは、第七騎士団で飼っている猫といったほうが正しいですかね? 団長がすぐに拾ってくるから」
ヒースがちらりとラウルを見上げると、彼はばつが悪そうに肩をすくめた。
リネットはぱっとラウルの手を離して、その場にしゃがみ込む。
「ヒースさん。私も猫ちゃんにご飯をあげたいです」
小さな猫が一匹、ヒースの手から餌を食べている。他の猫は、お皿に顔を突っ込んでがつがつと食べているというのに。
「この子、警戒心が強いといいますか。こうやって、手からしか食べないんですよね」
リネットもヒースの真似をして、手のひらの上に餌を置いてみた。
するとヒースの餌を食べ終えた猫が、今度はリネットの手のひらに顔を向け、鼻を寄せてひくひくとにおいを嗅いでいる。
「食べて、食べて」
そんなリネットの思いが通じたのか、猫がカリカリと餌を食べ始めた。
「やった。食べてくれました」
リネットが喜んでラウルに視線を向けると、彼も満足そうに目を細めている。
「これから、君がこの子に餌をやってみるか?」
ラウルの提案に、リネットは目をぱちくりとさせた。
「猫に餌をあげる。そういった目的があれば、君も早起きができるかと思っただけだ」
毎朝、猫に餌をあげるのは魅力的な役割だ。だがラウルとの関係がいつまで続くかわからない。解呪方法さえわかれば、明日にもこの関係は解消されるかもしれない。
となれば、猫の餌やりという重要な役割を、簡単に引き受けていいものではない。
そう悩んだ結果。
「いえ。私もいつまでここにいるかがわかりませんから。今の私に、責任ある役は荷が重いです。だけどできるだけ毎朝、猫ちゃんに会いにきます」
「わかった。俺が近くにいる限り、毎朝、君を起こしてあげよう」
そんなことを言われ、リネットは「うへぇ」と不満の声を漏らす。
「リネットさん。団長がご迷惑をおかけしているみたいで……」
「はい、大迷惑です。朝早くから起こされ、おはようのキスもしつこいですし……」
「キスがしつこい……?」
ヒースが驚き聞き返した。
「リネット。そういうことは他人に言うものではない!」
慌てたラウルが声を荒らげる。すると猫たちが「ミャア」と鳴いて、どこかに逃げていく。
「あ~。団長さんのせいで、猫ちゃんが逃げたじゃないですか」
リネットは頬を膨らませ、立ち上がる。
「ヒースさん。また来てもいいですか?」
「どうぞどうぞ。団長の愚痴を言いたくなったら、いつでも来てください。私は猫の餌やり当番なので」
つまり猫の餌の時間には、ヒースがここにいるということだ。
「リネット。そろそろ戻るぞ」
その声はどこかつっけんどんな感じを受けた。それでも手を差し出してきたので、帰りも手を繋ぐらしい。リネットはその手を取った。
「リネットさん。団長のことを頼みますね」
ヒースのその言葉に、リネットは笑顔で頷いた。




