第一章(4)
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ラウル・ハリーはセーナス王国騎士団、第七騎士団の団長を務める。
複雑な出生のラウルは、ハリー伯爵家の猶子となった。つまり、相続権を持たない名ばかりの子だ。だから絹糸のような銀色の髪も蒼穹の空を思わせる瞳も、ハリー伯爵夫妻とはまるで似ていない。
それでもラウルにとってハリー伯爵夫妻は育ての親として感謝しているし、ハリー伯爵夫妻もラウルを疎んでいるわけでもない。
彼らはラウルを実子と同じように接し、実子の遊び相手としてちょうどいいとでも思っていたのだろう。
ハリー家の嫡男、イアンは文官として王城で働いている。そんなイアンを守れるようにと騎士を目指したラウルだが、配属されたのは平民が多く集まる第七騎士団。他の貴族子息であれば辞めたくなる掃きだめのような部署だったが、ラウルにとっては居心地のよい居場所でもあった。
何より彼らは飾らない。家族のために騎士であろうとする者か、金のために職務を全うしようとする者たちの集まり。
ラウルも名ばかり伯爵子息だから、実のところ、彼らとさほど代わりはなかった。
そうやって気の合う仲間たちと切磋琢磨しあっていたら、騎士になって八年目、第七騎士団の団長に任命されてしまった。そしてこれに反対する者など誰もいない。
第七騎士団の騎士らも、他の部署から偉そうな団長が来るよりは、なんちゃって貴族のラウルのほうが気の知れた仲だし、あげく、彼が情に厚く、世話好きなこともよく知っている。身体はひょろっとしているように見えるが、騎士服によって鍛えられた身体が隠されているだけ。どうやら着痩せする体型で、かつ整ったやさしげな顔立ちも相まって、女性からの人気も高い。まして第七騎士団といえば、人々にとって身近な騎士団としても知られている。
だから王都の見回りに出れば、女性たちから黄色い声をかけられるだけでなく、必ず猫を拾ってくるとか、迷子になっていた子どもを連れてくるとか、歩けなくなっていた老婆をおんぶして目的地まで連れていったとか、そういった話もよく聞く。
そんな彼の性格に頭を悩ませているのは、副団長のヒースだろう。
人助けは素晴らしい。騎士の鑑だ。そう誰もが思っているし、ヒースだって人助けをするなとは言わない。
ただ、やたらめったら猫を拾ってくるおかげで、第七騎士団の官舎の庭は、ちょっとした猫園になっている。ラウルが拾ってきた猫は、最終的にはしかるべき人にもらわれていくが、そこにいたるまでの間、猫たちは宿舎の庭で飼われていた。
そしてその猫の世話をしているのがヒースなのだ。ラウル自ら世話をすると言っていたが、それでは団長の執務が滞ってしまう。むしろ執務をやりたくないがために猫の世話をすると言い出したのでは? と思ってしまうほど。
とにかく今、副団長のヒースの仕事には猫の世話も含まれていた。
そんな第七騎士団に転機が訪れたのは、ヤゴル遺跡への派遣依頼だろう。
ヤゴル遺跡とはセーナス王国の北に位置する古の遺跡だ。何百年も前に滅んだ部族が住んでいた場所とも言われているが、今では埋蔵文化財包蔵地に指定されている。ここには定期的に研究者や調査官などの文官たちが派遣され、発掘調査が行われていた。
そのヤゴル遺跡が荒らされたと、王国騎士団に通報が入った。こういった地方の初動に当たるのは第七騎士団の任務である。状況を確認し、その後、どこの騎士団、もしくは魔法師を派遣するが決められる。
そのためラウルはヒースをはじめとする第七騎士団の面々を連れてヤゴル遺跡へと向かった。留守中の猫の世話は、他の騎士に任せた。
現地では、調査員たちから状況を確認し、荒らされた場所、状況など現場確認を行う必要がある。
ラウルも現地調査責任者に連れられ、ヤゴル遺跡へと入った。今回のヤゴル遺跡での調査は、数百年前の儀式に使われた宝物が埋められたと思われる場所の発掘作業だった。
その場所が見事に掘り起こされていたのだ。
「こんなやり方では遺物に傷がついてしまうというのに……」
ラウルたちを現地に案内した調査責任者は、荒らされた現場を見て膝をつき嘆いた。
彼が言うように、土は無造作に掘り起こされ、中に埋もれていただろう何かを探した形跡があった。
「とりあえず、荒らされた場所の広さを記録しよう。位置については、事務所内にあった地図で確認する必要があるな」
ラウルが一人一人に指示を出し、作業を開始する。どういった場所が荒らされたのか、盗られた物はないか、怪しげな毒などが周辺にばらまかれていないか、などなど。
騎士団を案内した責任者も一緒に現地を確認しているが、彼の嘆きっぷりから見るに、大事な遺物がいくつかは奪われているようだ。
「なくなったものは、把握できているのか?」
ラウルが聞けば「発掘計画表と照らし合わせればある程度絞れるかと思います」とのこと。
「では、奪われた遺物がなんなのか、確認してもらえるだろうか? 我々は他にも荒らされた場所がないか見てこよう」
遺物の確認は調査員たちに任せるしかない。
ラウルは第七騎士団の面々を連れ、責任者から報告のあった場所以外も荒らされていないか、周辺の調査を始めた。犯人が近くに潜んでいる可能性も考え、慎重に進む。
「団長」
ヒースが気になる何かを見つけたようだ。
「あれ、なんだと思います?」
「あれ?」
彼が指で示したほうに視線を向けると、太陽の光をきらりと反射させる何かが、地面の上に無造作に置かれている。
「もしかして、犯人が落としていったものですかね?」
ヒースの言葉に促されるようにして、ラウルも光る物体へと足を向ける。
今回、調査をしている場所は、当時の部族長の屋敷だった場所。そして荒らされた場所は宝物庫があったところらしい。そこで手に入れた遺物を落としていったのかもしれない。
「……これは、遺物の一つだろうな」
木製の小物入れのような箱だが、銀で縁取られているもの。そこに太陽の光が反射して輝く。手のひらに乗るほどの大きさだが、精巧な彫刻が施され、歴史の重みを感じさせた。
「調査員に渡したほうがいいだろう」
「そうですね」
ラウルは膝を折り、落ちている木箱を拾おうとした。しかし、持ち方が悪かったのか、木箱の蓋がぱかっと開いてしまった。
「おっと」
慌てて蓋を閉めたが、中身から何かがこぼれた様子はない。ラウルはもう一度確認のために木箱をそっと開ける。
やはり何も入っていなかった。
「危ない。丁寧に扱わないとな。あいつらに叱られてしまう」
そう言ってラウルは肩をすくめる。
片手で持てるくらいの大きさの木箱。それでも貴重な遺物だ。これの材料、使われている技法を解析することで、当時の生活の様子がみえてくる。歴史を知る上では重要なこと。
木箱を丁寧に抱え、調査員たちと合流しようと、足を向ける。
だがそのとき、ラウルの心臓がドクンと大きく音を立てた。
「ん?」
少しだけ息苦しいような気がするし、普段よりも心臓の鼓動も力強い。
「……団長?」
ラウルの様子にヒースも気になったらしい。不安げに声をかけてきた。
「あ、あぁ……大丈夫だ」
そう答えてみたが、一歩、一歩、足を進めるたびに身体に熱がこもっていく感じがする。
調査員たちがこちらに気づき、顔を向けてきたのはわかった。だからラウルも彼らに、落ちていた木製の箱を見てもらおうとしたのに、足に力が入らなかった。
「団長!」
ヒースが異変に気づき、その声を聞いた調査員たちもこちらに駆け寄ってくる。
足から崩れるようにして、ラウルは倒れた。
ラウルが手にしていた木箱は、地面に転がった。それを手にしたのは調査責任者だ。
「これは……当時の呪具です。これは危険だからと、別に管理していたはずなのに。この箱の中には呪いが閉じ込められていたんです……だからこれは封印されていたはずなのに……くそっ、誰かが盗んで封印を解いた……」
責任者は声に悔しさをにじませ、倒れたラウルを青ざめた顔で見下ろす。
「呪い? 封印? 団長はいったいどうしたのですか……?」
ヒースが責任者に問い詰めると、彼は「おそらく呪いを受けたと思われます」と悲壮感あふれる声で言う。
「呪いを受けた?」
「そうです。この箱には呪いが閉じ込められていた。だから、簡単には開かないようにと封印がしてありました。どういった種類の呪いであるかはわからないため、慎重に魔法院へ運び、そちらに解析依頼を行う予定でした。しかし誰かが封印を解き、中に封じられた呪いが解放されたようです」
「そのため、団長が呪いを受けたということですか?」
ヒースの問いに、責任者はゆっくりと頷く。
「なによりも解析前のため、呪いの種類がわかりません。自傷行為をするかもしれないし、他人を傷つけようとするかもしれない。どんな呪いかわからない以上、呪いを受けた者の身体を拘束しておかないと危険です。まして彼は騎士団長……」
彼が言うことも一理ある。呪いがもたらす行為は予測できないもの。そして力ある人間がそれを受けたとあれば、どれだけ被害が拡大するかがわからない。
「わかりました。とりあえず団長を拘束しますが……この呪いはどうやったら解けるんですか?」
「それは、私たちにもわかりません。魔法師に頼るしかありません。すぐに魔法院へ連れていったほうがいいでしょう」
責任者の声に、ヒースは首を縦に振り、第七騎士団の彼らを呼び寄せた。
荒く息を吐くラウルは、部下たちの手によって縛り上げられたが、もちろんその間は激しく抵抗した。噛みつきそうな勢いであったため、猿ぐつわまで施された。そしてそのまま、ここから丸二日かかる魔法院へと連れていかれたのである。