第八章(5)
アルヴィスの裁判がセーナス王国で開かれ、彼は流刑に処された。アルヴィスに近かった者たちも帝国内で裁かれ、同様の処罰を受けた。
しかし、彼らは流刑地への移動中に病気で命を落としたらしい。それがどういうことか、リネットにはよくわからない。
一方リネットは、ラウルとの結婚を進めるため、身分をただのセーナス王国民からスサ小国の王女へと戻していた。
セーナス王国で魔法師として居続けたい彼女は反対したが、スサ小国や他の帝国の属国だった国がセーナス王国の友好国として認められ、友好国の者であればセーナス王国の魔法師になれると法律が変わったからだ。特にスサ小国は魔力が残る国であるため、セーナス王国としても親好を深めたいようだ。
そのため、リネットは今もセーナス王国の魔法師として活躍している。
さらにラウルは、キサレータ地区を取りまとめる代表に任命され、同時に大公位を授かった。
「っていうか、なんでラウルさんが?」
それがリネットの率直な疑問だったが、彼が今の国王の年の離れた弟だという事実を聞かされたときには、やはり目が点になった。複雑な出自であるが、できるだけ現国王と関わらないようにするため、ハリー伯爵家に預けられることになったのだ。そのためラウルとしては王位とか王族とか、そういうものには興味がなかったようだが、リネットの身分が戻ったためそうもいかなくなったらしい。
セーナス王国の王弟とスサ小国の王女の結婚となれば、反対する者など誰もいない。
二人の結婚式はセーナス王国内で盛大に執り行われた。スサ小国からはリネットの両親はもちろん、結婚した兄や姉も駆けつけてくれた。久しぶりに家族と再会し、リネットは胸がいっぱいになった。両親や兄姉たちは、人質のようにして帝国に取られたリネットを案じ、後悔していたせいか、顔を合わせたと同時に謝罪の言葉をかけ、それからこの結婚を心から喜んでくれた。
ラウルは国王の顔を見ただけで目をすがめ、互いに言葉はない。むしろ、ハリー伯爵が大粒の涙を流し、それを息子のイアンがなだめる姿が印象的だった。
結婚式で舞った花吹雪は、ブリタが魔法で出してくれたもの。
「こういう魔法の使い方平和でいいね」
エドガーは相変わらずだが、彼は当分は結婚するつもりはないようだ。今でも御用達の娼館に足を運び、至福のひとときを楽しんでいるとか。
ヒースには新しい彼女ができ、毎朝一緒に猫に餌をやっているようだ。
シーナとモアは今のところ結婚の予定はなく、バリバリ働くつもりだと言っていた。リネットもその姿勢に賛同したいところだが、ラウルの視線が怖いため、彼女たちとはほどよい距離感を保っている。
朝から結婚式の準備に追われ、夜が更けても祝宴は続いていた。中心にいるのがセーナス王なのだから、宴はまだまだ終わりそうにない。
そんななか、ラウルとリネットは一足先に退場した。
しかもいつものラウルの部屋ではなく、王城内に用意された立派な部屋で、リネットにも何人もの侍女がついている。
ドレスを脱がされ、湯浴みし、香油を塗られて、肌触りのよいネグリジェを着せられる。
十四歳で帝国に連れていかれ、スサ小国のためにとアルヴィスの命令に従ってきたリネット。あの言いなりの生活が一生続くと思っていたのに、愛する人と結ばれる未来が訪れるとは想像もできなかった。
「……リネット」
ガウンを羽織ったリネットが寝室へと向かうと、先に来ていたラウルがソファにゆったりと座ってグラスを傾けていた。
「喉、渇いていないか?」
緊張で口の中がからからになっているのは事実。
「おいで」
ラウルがぽんぽんと叩いたのは、彼の膝の上。
リネットはその場で少し思案してから、その言葉に従った。
「リネットが素直だ……」
彼の膝の上にぽふっとおさまったリネットだが、今日という日を迎えるためのここ一ヶ月は、目まぐるしい日々を送っていた。
それはラウルも同じで、毎日の「おはようのキス」が不要になったことから、キサレータ地区に足を運ぶことも多かった。そうなればリネットは一人で朝を迎えるわけで、だからといって寝坊するわけでもなかった。
ラウルがいなくても、毎朝同じ時間に起き、ヒースと彼女が猫に餌やりしている場所へと足を運ぶ。むしろ、その時間にリネットが朝の散歩をしていたかを、ラウルがヒースに確認するものだから誤魔化しようがないのだ。
そこでラウルがどれだけ心配性でウザくて過保護なのかと、愚痴なのか惚気なのかわからない話をする。
それはリネットがラウルに甘えたいからなのかもしれない。そうやって寂しい気持ちを紛らわせていた。
今までのことをぼんやりと思い出していたリネットは、ラウルにぎゅっとしがみつく。
「どうした?」
「喉が渇いてます」
だけど恥ずかしくてラウルの顔が見られない。ガウンの下のネグリジェは、キサレータ帝国で着ていたような、肌が透けるものだ。あのときはなんとも思わなかったのに、今は恥ずかしいという気持ちがある。
「ほら。水だ。自分で飲めるか? それとも俺が飲ませるか、口移しか……」
そういうことをさらっと言ってしまうのがラウルなのだ。
毎日「おはようのキス」をする必要もなくなったのに、それでも毎朝のようにしつこいキスをしてくる。さらに「おやすみのキス」と「いってらっしゃいのキス」と「おかえりなさいのキス」と、何かと理由をつけてキスを繰り返すから、呪われていたときよりも回数が確実に増えている。そのどれもが、しつこい。
「自分で飲めます」
ラウルと顔を合わせないようにして、グラスを受け取った。ゴクリゴクリと水を飲んでも、心臓はトクトクと高鳴り続ける。
「ふぅ……」
グラスの半分ほどの水を飲み干し、息を吐く。
「リネット……俺がこの日をどれだけ待ち望んでいたか、わかるか? これで君を堂々と『俺の妻だ』と言える」
結婚する前までは「俺の婚約者だ」と声高らかに言っていたので、結婚したからといってもその本質は変わらない。
「では、私も堂々と『私の夫です』と言えばよろしいですか?」
「だから、そういうところだ。君は……無自覚に俺を煽ってくる……俺がどれだけ我慢を……」
そこまで言ったラウルだが、やはり我慢の限界だったようで、リネットの唇を塞ぐ。
「んっ……」
唇と唇を合わせるだけの、彼にとっては珍しいあっさりとしたキス。
だが、それに気を取られていると、ガウンをするりと肩からずらされた。
「あぁ……くそっ……」
リネットのガウンを脱がせたラウルは、まじまじと熱い視線をぶつけてくる。
「あいつに感謝したくないが……こういうところが、完全に憎めないところだ……くそっ」
ラウルの言うあいつとは、もちろんセーナス王のことだ。二人にどんな確執があるのかリネットにはわからないが、ラウルと一緒に挨拶をしたときは、王妃と共に、始終ニコニコしていた。
リネットの印象では、ラウルが言うほど嫌う理由はない。結婚を認め、スサ小国と友好条約を結び、法律を改正してリネットを魔法師として残してくれたことに、感謝しかない。
それをラウルに伝えると、「くそっ、リネットを手懐けやがって」と返ってきたので、国王の話題は彼の前で控えている。
悔しそうに顔を歪ませるラウルは、リネットを抱き上げ、ベッドへと連れていく。四柱式できらびやかな天蓋つきのベッドに、ぽふんとおろされた。
「リネット……」
宝石のように輝く青い目に、情欲の炎が宿る。目が合っただけで、お腹の奥が熱く疼く。
彼の呪いがすっかり解けてから今まで、何度も彼に抱かれてきた。それでも今日は特別だと、彼は言う。
誰もが二人の関係を祝福してくれた、記念すべき日だからだ。
「さすがというか……君の魅力を最大限に引き出すような衣装で、俺は今までになく興奮している」
リネットはちらりと彼の股間に視線を向けてしまった。そこはまるで、初めてソコを目にしたときのように盛り上がっている。
幾度となく受け入れているわけだが、こうやって儀式のように改めて挑まれると、妙に緊張してしまう。
二人は互いに、その熱を交わし始める。
もちろん、ラウルのことだからすべてにおいてしつこいのだ。
夜はまだまだ明けない。




