第八章(4)
アルヴィスがセーナス王国で罪を犯したことで、セーナス王国内で彼を裁くことが可能になった。
一方、キサレータ帝国内では、アルヴィスに不満を抱く国民が彼の不在中に皇城を占拠した。もちろん、これにはセーナス王国の騎士団の協力もある。
近年、キサレータ帝国からの難民が増えている事実に、セーナス王も頭を悩ませていた。そこに帝国から逃げてきたリネットの話をブリタから聞いた王は、キキサレータ帝国を内側から崩壊させる作戦を立てる。簡単に言えば、革命だ。このまま帝国を放置してはならないと考えたのだ。
セーナス王国は少しずつ人を送り込み、アルヴィス政権に不満を持つ貴族や属国に協力を求めた。
この計画にはラウルも深く関わっていた。
皇帝アルヴィスがセーナス王国を訪れるという情報が入ったため、その隙に皇城を占拠する作戦が進められた。この作戦の中心にいたのがラウルだった。
しかし、キサレータ帝国とセーナス王国は馬車で一日の距離。毎日リネットとキスをしなければ欲情してしまう呪いに悩まされるラウルにとって、これは厳しい任務である。
そのためブリタが転移魔法を使い、サポートとして入る。これでラウルがキサレータ帝国に朝から晩まで滞在していても、毎日リネットとキスができるようになった。
アルヴィスを失脚させるため、セーナス王国内で彼に罪を犯させる計画が選ばれたのは、セーナス王国がキサレータ帝国を掌握する必要があると考えたからだ。
現在の帝国の貴族たちには、皇帝に対抗するだけの力がない。
そのため、アルヴィスをセーナス王国の法律で裁く必要があった。
たとえ他国での犯罪であっても、帝国民が犯罪者を皇帝として認めるはずはなく、反アルヴィス派の筆頭貴族をはじめ多くの者が彼の廃位を求め、皇城は反アルヴィス派によって制圧された。
アルヴィスが捕らえられて二日後、ラウルから話を聞いたリネットは、あまりの情報量の多さに目が点になった。
たが一つだけわからなかったのがモアのこと。
「すまない……とにかく皇帝をこちらの法律で裁く必要があったから……」
モアはラウルに気があるように振る舞い、皇帝に協力するふりをしてリネットを連れ出した。
アルヴィスが持っていた違法薬物は、彼がキサレータ帝国から持ち込んだものだった。リネットを狙う彼ならそのくらいのことはするだろうと、関係者は予測していた。
「つまり、私は囮のようなものだったと?」
「ようなものでなはく、完全に囮だ。申し訳ない……」
だからこそ、あのタイミングでエドガーがアルヴィスの部屋に踏み込めたのだ。
そしてアルヴィスがモアに接触を試みようとするのも、想定の範囲内だった。何よりリネットには友達が少ない。シーナかモアか。
アルヴィスの訪問が決まってから、モアが積極的にリネットに近づいていたのは、リネットと親しい関係だと周囲に思わせるためだった。
セーナス王国に潜むアルヴィスの手下や諜報員に、リネットとモアの関係を見せつける。そして彼らは見事にその罠にはまった。
「すまない。俺は反対したんだが……君との結婚話をちらつかされ……負けた」
一気に怒る気が失せた。いや、そもそも怒りなどない。
仮にこの作戦をリネットが聞いていたとしたら、アルヴィスに萎縮して何もできなかった。知らなかったからこそ、囮として貢献できたのだ。リネットもセーナス王国の魔法師。国によって管理され、国に使われる人間だ。貢献できたのであれば、何より。
「あ、そういえば……ラウルさんは大丈夫だったんですか?」
「ん? 何をだ?」
「その……、キスの時間が遅れてしまったから……ムラムラしませんでしたか?」
「あぁ」
思い出したように、ラウルはポンと手を叩いた。
「君からの抑制剤。あれが効いたらしい」
「なるほど。となれば……やはり解呪方法が見つかりました」
薬が呪いに勝った。いや、呪いを緩和したというほうが正しいか。
「毎日『おはようのキス』をしなければ発情する呪いですが、呪い事典にはゴル族の両片思いをくっつけるためのものだと書いてあったんです。それには間違いはないのですが……どうやら、時代を勘違いしていたようで」
「時代?」
「はい。千年近くの、ゴル族があそこで平和に生活していた頃というか、その時代の呪いだと思っていたんです。だけど、むしろゴル族が滅びる頃、セーナス王国に取り込まれる頃の呪いではないかと。ただ、その時代のセーナスは帝国の一部だったので、帝国に統合された頃の呪いですね」
そんなとき、愛する一組のじれじれ両片思いのカップルがいた。お互い好き合っているはずなのに、なぜか顔を合わせれば喧嘩ばかり。いずれは二人の関係も変化し、互いに素直になれる日がくるだろうと、周囲もあたたかく見守っていた。
ところが、帝国から彼女を後宮に入れるよう通達がきた。二人の落ち込みを見て胸を痛めた友人がかけたのが、「毎日『おはようのキス』をしないと発情する呪い」だった。彼女が後宮入りする前に二人が結ばれればいいと、単純に考えたのだ。
二人は結ばれたものの、帝国の逆鱗に触れた。帝国はゴル族の住居を焼き払った。
だが、ゴル族は黙ってはいなかった。ゴル族は呪術を得意とする民族。
愛し合う二人を引き裂こうとした帝国に呪いをかけ、それが「アレがもげる」呪いの起源となる。
リネットはそう結論づけた。
「まさか、ここでもげる呪いに繋がるとは思っていませんでした」
「なるほど……帝国はそんな昔から、人の気持ちを踏みにじってきたんだな……」
そう呟くラウルの声が、リネットの胸にずきりと響いた。
「それで、肝心の俺の呪いを解く方法は?」
「えっと……今の話を聞いて、わかりませんでしたか?」
「ん? 今、リネットは解呪方法を言っていたのか? 俺、聞き逃した?」
はっきり伝えたわけではない。どちらかといえば、察してほしいという意味合いだった。
「いえ、その……。両片思いをくっつけたかった呪いなので、二人がきちんと結ばれれば呪いは解けるんです」
「なるほど。俺とリネットの気持ちは結ばれていると、そう自負しているが……」
「そうですね。気持ちの面はばっちりです。その、気持ち以外にも結ばれる必要がありまして……」
そこまで口にしたとき、リネットの顔はぽっと赤くなる。
「リネット? どうした? やはり疲れが出たのか?」
ラウルがリネットを抱き寄せ、その顔をまじまじとのぞき込んできた。
「いえ……その……私を最後まで抱いていただけますか?」
「な、何を?」
「それが、ラウルさんの呪いを解く方法です。好き合っている二人が結ばれるための呪いだった。そんな単純な話だったんです」
単純だと言えるのは、答えを導けたからこそ。時代背景や当時の情勢を考慮して出された答えだった。
「呪いを解く方法はわかった……だが、今すぐ俺が君を抱くというのは、違うと思う」
「どうしてですか?」
「俺は、呪いを解くために君を抱きたいのではなく、君を愛したいから抱きたいと思っているからだ……」
「ラウルさん……」
リネットは目にいっぱいの涙をため、彼を見上げた。
「リネット……」
彼が熱っぽい眼差しを向ける。
「呪いが解けたらと言ったが……呪いを解く方法がわかったから、それは同義だ……だから、俺と結婚してほしい。君を心から愛している」
ラウルが力強くリネットを抱き寄せた。リネットもラウルの背に腕を回す。
「はい……私も、ラウルさんが好きです。一生、側にいてください」
リネットの告白が終わった瞬間、二人の間に光の玉がぽうっと現れた。
「へ? なんでしょう、これ……?」
慌てたリネットは、ラウルと距離を取った。
二人の間にふわふわと浮いている光の玉は、そのままラウルの下腹部に吸い込まれていく。
「あっ……」
リネットが声をあげる。
「あのぅ……多分ですが……ラウルさんの呪いが解けたかと……。あれ? なんで? やらなくてもいいってこと?」
これはリネットも予想外だった。てっきり、二人の身体を結びつけるための呪いだと思っていたのに。どちらかといえば、心を結びつけるための呪いだったのか。
「もしかして、解呪方法は求婚ってこと? でも、私、あのときラウルさんに……でも、あれは皇帝から逃れるためだったから、無効だった……? もう少し調べないと……」
ぶつぶつと独り言を口にするリネットを、ラウルはもう一度抱き寄せる。
「あれか……呪いが解けたら、これから毎日、『おはようのキス』をする必要はなくなるのか……」
ラウルのその声がどこか残念そうにも聞こえた。




