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第八章(3)

 街は賑やかな歓迎ムードに包まれている。

 それでもリネットはいつもと変わらず研究室でため息をついた。


「またリネットが不細工になってる」

「もしかして、団長さんと会えていないの?」


 エドガーは相変わらずだが、女性魔法師はリネットの心を理解している。


「まぁ、そうですね。でも、あの件があるので、朝だけは顔を合わせますが……」


 そしてキスをしたら、彼はすぐに去っていくのだ。夜だって戻ってこない。


 朝、リネットが目を覚ますだろう時間にやってきては、食事を持ってくる。そしてキスをして終わり。

 人に三食きっちり食べろというラウルだが、彼はいつ食事をしているのだろうと思えるほど。


「っていうか、あの皇帝。どんだけいるつもり? もう五日目じゃん?」


 エドガーが言うように、アルヴィスがセーナス王国にやってきて五日経った。一日目はアルヴィスをもてなした晩餐会が開かれたと聞いている。そこで彼が大げさに謝罪したらしいが、リネットは噂でしか聞いていないし、その噂の出所がエドガーなので、真偽も疑わしい。


「今夜は、国内の貴族たちも呼んで、パーティーらしいよ?」


 そう言われても「そうなんですね」としか答えようがない。


「エドガー先輩は、いったいどこからそんな情報を仕入れてくるんですか?」

「師長だよ。しかも師長は、強制参加らしいよ? 今夜のパーティー」


 毎朝、リネットたちの様子を見るために顔を出してくるブリタだが、特別な報告がなければ話すこともない。だというのに、エドガーはいつの間にかちゃっかり情報収集している。


「今日も団長さんは、夜、遅いのかな?」


 ニヤリと笑うエドガーにぷいっと顔を背け、リネットは再び資料に視線を落とした。





 部屋で一人で食べる夕食は味気ない。だからといって、パーティーなど華やかな場所で食事をしたいわけでもない。リネットが望むのはただ一人。


 それでも彼は帰ってくることはできないだろう。特に今日は、国内の偉い人たちが集められているのだから。


 アルヴィスがすぐそこまでやって来ている恐怖と、ラウルが側にいない寂しさと。その二つの気持ちに押しつぶされそうになる。


 リネットが導き出した「毎日『おはようのキス』をしないと発情する呪い」の解呪方法。その方法が正しいのか最終検証を行っているが、目の前に並ぶ文字が滑って、頭の中に入ってこない。


 心臓が変にバクバクと音を立てている。嫌な予感とでもいうのか。

 こんなときは朝を流してさっぱりして、寝るしかない。

 そう思って立ち上がれば、扉をノックする音が聞こえた。


 コンコン、コンコン――。


 ラウルであれば、ノックもせずに鍵を開けて入ってくるし、こんな時間にラウルが戻ってくるとも思えない。

 誰だろうと思いつつ、リネットはそっと扉を開けた。


「あ、リネットさん。やっぱりこちらにいらしたんですね」


 モアだった。こんな時間だというのに騎士服をビシッと身につけている。彼女もまだ仕事中なのだ。


「どうしました?」

「はい。あの……非常に言いにくいんですけども……ハリー団長が怪我をされまして……」

「え?」


 一瞬、リネットの頭の中が真っ白になった。


「街中で暴動が起きたんです。帝国から逃げてきた難民が、パーティー会場に押し寄せてきて……」


 それはラウルも懸念していたことだ。キサレータ帝国に不満を持つ者たちが結束して一つになれば、脅威になるだろうと。


「他にも怪我人がたくさん出て。私たちでは応急処置しかできないから、魔法師の方を呼んでこいって……」


 だからモアがリネットを呼びに来たようだ。


 しかもこの時間となれば、他の魔法師たちも自宅に戻っている。誰かが連絡を飛ばして、すぐに駆けつけたとしても、それなりに時間がかかる。


 だったらその間、リネット一人でも治療に当たったほうがいい。

 それにラウルの怪我というのは、どの程度のものなのか。


「わかりました。すぐに行きます」


 リネットは魔法院のローブを羽織り、部屋を出た。


「あの……ラウルさんの怪我の具合というのは……」

「私も詳しくはわかっていなくて……。とにかく今、怪我人の治療のために、魔法師の方を――」


 そこでリネットの意識は途切れた。





 ズキズキと頭が痛むのは、気を失う前に嗅いだ薬草のせいだろうか。あれは、睡眠を促す薬草のにおいだった。


「あっ……」


 見慣れぬ天井。魔法院の治療室で目覚めたときもこんな感じだったが、そのときの天井ともまた違う。


「目が覚めたか。このまま目を覚まさないかと思ったが」


 その声にリネットはぶるりと身体を震わせた。


「元気そうだな、リネット。まさか、この国にいたとは思ってもいなかった」


 リネットを見下ろすアルヴィスは、ニヤリと不気味に笑う。


「どうして……?」


 薬の影響か、ベッドに投げ出された手足は鉛のように重く、動かすことができない。


「おまえは私の妃だろう?」


 ギシリとベッドを軋ませたアルヴィスは、リネットの顔がよく見える位置に腰を下ろす。


「悪かった」


 アルヴィスの手が伸びてきて、リネットの顔にかかった髪をやさしく払いのけた。それだけでも、ざわっと肌が粟立つ。


「一年ぶり……それ以上か? 美しくなったな」


 いろんな言葉と感情が込み上げてきて、リネットは何を言ったらいいのかもわからなかった。ただ、唇が震えるだけ。


「リネットに似た人物が、この国にいると聞いた」

「だから、遺跡を荒らした?」


 リネットはヤゴル地区の遺跡荒しは、アルヴィスかファミルの指示だろうと睨んでいた。というのも、アルヴィスは魔力を欲しているからだ。


「何か勘違いしているようだな。セーナスは帝国の属国だった。だからセーナスにある遺物はもともとは帝国のもの。我が国のものを回収しようとしただけだ」

「それで、魔力を奪う呪術を行おうとしたと?」

「相変わらずだな、リネット。そこまでわかっていて、私の邪魔をしたのだな?」

「邪魔をしたわけではありません。呪術を軽々しく行ってはならない。ただ、それだけです」


 なるほど、と頷くアルヴィスだが、その手はリネットの髪の感触を確かめるかのように、ゆっくりと頭をなでている。


「おまえは相変わらずだな。だが、以前よりも堂々と私に説教するようになった」

「ところで、帝国の皇帝陛下がこのような場所にいらっしゃってよろしいのですか? 今日は、国内の重鎮たちも集まるパーティーだと聞いておりますが? いえ、それよりも……」


 暴動が起こったと聞いている。真っ先に狙われるのはアルヴィスではないだろうか。


「あぁ……」


 リネットの髪をすくい、そこに唇を押しつけ、アルヴィスは答える。


「昨夜のパーティーのことか?」


 どうやらパーティーはとっくに終わっているらしい。


「楽しませてもらった。セーナス王は立場をわきまえているな」

「暴動は? 怪我人は?」

「なるほど。おまえはその嘘を信じたというわけか」

「嘘……?」


 声にならない声が、空気の中に溶けていく。


「そうでもしないと、おまえを部屋の中から連れ出すことができないと、あの女が言ったからな」

「あの女……?」

「モアとかいう女だ。おまえが懇意にしている女性だと聞いたからな。脅して利用しようと思っていたが……脅すまでもなかった」


 どういうことだと、リネットは目を細くする。


「あの女。おまえのことを邪魔だと思っているようだ。帝国につれて帰ってくれと頼まれた。だからリネット、私と帰ろう」


 アルヴィスの「あの女」はモアだ。なぜ彼女がそのようなことを言うのか。


「私、婚約したんです。この国の人と。だから、あなたとは一緒に行けません」

「なるほど? 婚約者というのは、ラウル・ハリーという男か?」

「そこまでご存知なのですね。ですから、あなたとは一緒に行けません。私に手を出したら、陛下の大事なアレ、もげますよ?」


 それでもアルヴィスは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「だからおまえの婚約者は、あの女が引き受けてくれた。いくら婚約していようが、その相手が他の相手と肉体関係を持てば、向こうになる。浮気というやつだな」


 つまり、リネットがラウルと婚約していても、ラウルが浮気して他の女性と肉体関係をもってしまえば、アルヴィスのアレは無事だということらしい。


「ラウルさんは、浮気はしません」

「だからあの女に頼んだ。無理やりにでもどうにかしろと。私は、今日の昼前に、ここを発つ。おまえを堂々と連れて帰ることはできないから、荷物の一つだ」


 リネットとラウルの仲をモアが壊し、そのすきにアルヴィスがリネットをキサレータ帝国につれていくようだ。ただし、荷物として。


 だから四肢を拘束されているのだろう。これは魔法というよりは薬の影響だ。その効果が薄れれば、動けるようになるのに。


 手足が使えないのであれば、魔法も発動できない。悔しさのあまり、唇を噛む。

 状況は飲み込めた。だが、なぜモアが? その理由がわからない。


 室内の明るさから考えても、今は朝方。ラウルとの「おはようのキス」の時間は過ぎている。彼はムラムラしている。そこにモアが迫ったら――。


 考えたくもない。


 リネットは指先に魔力を集中させた。今は薬で動けないだけ。それを魔法の力で薬の効果を消し去ることはできないだろうか。


「リネット。もう少し寝ていなさい。次、目覚めたときは懐かしい帝国だ」


 アルヴィスがリネットの顔の前に、怪しい小箱を近づけた。そういえば、モアも同じようなものを手にしていたかも知れない。


 眠りの作用がある薬草と身体を痺れさせる薬草。それを混ぜて作り上げた薬だろう。しかし、それは禁忌の調薬ともされている。


 モアにはそんな知識はない。となれば、アルヴィスが教えたか。それもファミルか。

 頭がぼんやりとしてきたとき、バンッ! と勢いよく扉が開いた。


「いくら帝国の皇帝といえども。ここはセーナスだからね。そんな堂々と違法な薬物を使われたら、捕まえないわけにはいかないでしょ。てことで、セーナス王国薬物取締法違反ってことで、いいよね? それ、持ってるだけで法律違反な薬物だから。リネットは使われちゃったかぁ。使用も違反なんだけどなぁ……」


 エドガーの声が遠くに聞こえる。


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