第七章(4)
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ラウルは久しぶりに王城に呼び出された。はっきりいって気が重い。できることなら逃げようと思ったくらいだが、それは相手にも読まれていた。
「迎えにきた。そうしなければ君はすぐに逃げるだろう?」
それは、執務室でヤゴル遺跡の調査における会計処理をまとめていたとき。ノック音とともに姿を現したのはイアンだった。
「相変わらず、俺のことをよくわかっている」
「それは、私のことを言っているのか? それとも陛下か?」
「どっちもどっちだ、宰相補佐官殿。おまえに来られたら、俺は逃げられない」
「だから、陛下もわざわざ私を使ったのだろう? ほら、立て。さっさと行くぞ」
イアンは駄々をこねかけたラウルの首根っこを捕まえる。
「今まで放っておいたくせに、なんで急に呼び出すんだ?」
渋々と立ち上がったラウルは、不機嫌そうに尋ねた。
「結婚を考えている女性がいるんじゃないのか? ものすご~く噂になっている」
「義父……伯爵には伝えてあるが……」
「そこから陛下の耳に入ったんだよ。あの人が浮かれて、言ったらしい。まぁ、君たちの仲のよさは……誰もが認めているが、やはり結婚となればまた別の話だろう?」
我が子のようにラウルを育ててくれた義父だ。呪いが解けたらすぐにリネットに結婚を申し込めるようにと、義父に根回ししたのが間違いだったのかもしれない。
「俺のことなんて、放っておいてくれればいいのに……」
「そうもいかないんだろう? 陛下は陛下なりに君のことを気にかけている」
さすがに人の目がある場所を、イアンに引きずられて歩くのは嫌だったので、渋々と彼の後ろをついていくことにした。
ラウルが連れていかれた先は、王城内の応接室だ。謁見室とは異なり、国王が近しい者と話をするときに使う部屋でもある。
豪奢なシャンデリアが天井からぶら下がり、天井には幾何学的な模様が描かれている。ラウルがもっとも苦手とする内装だ。壁紙にも金銀糸で蔦のような模様が描かれていて、落ち着かない。
しかも頼みの綱のイアンは、ラウルを部屋に連れてきただけで役目を終えたとでも言うように、そそくさと部屋を出ていった。
(裏切り者め)
心の中で叫んでみても、もちろんイアンへ届くわけがない。
「久しいな」
穏やかな声色で話しかけられ、ラウルも腹をくくった。
「ご無沙汰しております」
「楽にしなさい」
国王はテーブルを挟んで向かい側のソファに座るようにと言った。
「はぁ……」
気の抜けた返事をするラウルだが、なぜ今さら国王が呼び出したのかと、それだけが疑問だった。いくら結婚の話が出ていようが、彼には関係ないだろうと思っている。
侍従がやってきて、二人の前にお茶やお菓子を並べれば部屋を出ていく。だからといって、国王とラウルの二人きりではない。部屋のすみには第一騎士団が控えているから、ラウルが剣を抜けばすぐに彼らが取り押さえるだろう。
国王はそろそろ五十歳になると記憶している。ラウルより二十歳も年上なのだ。
「結婚を考えている女性がいると聞いた」
「そうですね」
「相手は魔法師だと? まぁ、公共の場で仲睦まじいという話は、私の耳にも届いていたが……」
リネットは、出会ったときから世話の焼ける女性だった。寝ない、食べない、動かないと不健康まっしぐらの生活を送っていたのだ。
「ブリタが言うには平民らしいな」
「そうですね」
「私がそなたの相手に、平民を認めると思うか?」
そこで国王はすごみを効かせてくる。まるで、ラウルの結婚を認めないとでも言うかのように。
「あなたには関係ありません。義父さえ認めてくれれば……」
「なるほど。では、伯爵には認めないようにと、私が言えばいいだけだ」
「俺の……いったい何が気に食わないのですか? 存在そのものですか? だったらあのとき、殺しておけばいいものを」
国王はラウルと同じ青い目を細くし、ふんと鼻で笑う。
「気に食わないのは帝国だ。そなたの想い人は帝国から逃げてきたのだろう?」
「あなたは、彼女をどこまで知っているんですか!」
「ふん。私はこの国の王だ。自国民の……まして魔法師であれば、すべてを知っている。スサのこともな」
間違いなく国王はリネットのことを知っている。彼女の境遇までも。
「ラウルよ。この国の魔法師は、今は自国民しか認めていない。他国の者をこの国の魔法師とすることはできない。その理由はわかるか?」
「いえ」
ラウルは即答した。
「少しは考える振りぐらいしなさい。まぁ、いい。この国の魔法師を他国に引き抜かれないようにするためだ。特に、帝国にな」
なるほど、と心の中で納得する。国王が言うように、例えばキサレータ帝国の者がセーナス王国の魔法師になったとしても、そのまま帝国に帰られたら、魔法師の知識や技術をごっそりと持っていかれる。それを防ぐための制度だと、国王は言っているのだ。
「彼女をスサの王女に戻すなら、そなたとの結婚を認めよう」
だがリネットの話を聞いているかぎりでは、彼女はスサ小国に戻りたいとは思っていないようだ。むしろ、この国で魔法師として骨を埋める覚悟でいる。
そんな彼女に、結婚したいから王女に戻ってくれと言えるだろうか。
「彼女は、この国の魔法師で居続けることを望んでいます。だから、スサには……」
「たわけ。そなたの彼女への想いは、そんなものなのか?」
ラウルはむっとする。リネットへの想いはそんなものではない。だから、この国の魔法師でありたいリネットの考えを尊重したいのだ。
「先ほども言っただろう? この国の魔法師は、今は自国民しか認めていない。今はな。だが、懸念点がなくなれば、他国の者も受け入れたいと思っている」
国王が言うことが実現できれば、リネットはスサ小国の王女でありながらも、このセーナス王国民の魔法師になれるということだ。
「懸念点……ですか。それは?」
「帝国だ。帝国に魔法師を引き抜かれること……いや、あそこは独身女性を側妃という名目で連れ去ることをする国だからな。その制度を使われて我が国の魔法師たちを引き抜かれたらたまったものではない」
「どういうことですか!」
ラウルはつい声を荒らげていた。今の話が事実であれば、皇帝は再びリネットを手に入れることが可能となる。
「そうか……だったら、おまえの恋人に聞いてみるがいい。だが、ラウルよ。帝国の頭を入れ替えれば、そんなふざけた決まりなど、なくすことができるのではないのか?」
何も言えないラウルは、国王を睨みつけることしかできない。
しかし国王はそんな視線も意に介さず、白磁のカップに手を伸ばす。
「せっかく淹れてくれたお茶だ。飲んでから帰りなさい」
先ほどまで立ち上がっていた湯気は、もう見えない。ラウルは一気に飲み干して、席を立つ。
「俺への話は以上でよろしいでしょうか?」
返事がないのは肯定という意味だ。
「それでは、失礼します」
ドスドスと足音を響かせ扉へ向かえば、侍従がぎょっとしながらも扉を開ける。本当は自分で開けて閉めて、扉に八つ当たりしたいくらいだ。
扉が閉まり、向こうの空間と隔てられ、ラウルはふぅと息を吐いた。
「……終わったのか?」
柱の陰からイアンが姿を見せる。
「終わった。そして、俺だけおいていくな。裏切り者め!」
「私があの場にいたらおかしいだろう?」
また何も言い返せないラウルは、じとっとした視線を向けるだけ。
「それで、陛下の話はなんだったんだ? 君の結婚を認めてくれると?」
「そんなことを言うような相手ではないだろう?」
来た道を戻るラウルの足取りは重い。
「帝国をなんとかしろと、そんな話だ」
「あぁ。例のヤゴル遺跡を荒らしたのも、帝国の人間だという話だったな」
正確には、帝国の人間から依頼されたセーナス王国の人間である。貧しい彼らは、帝国が提示した多額の謝礼金に目がくらんで、遺物を盗んでいたのだ。
セーナス王国民であれば、怪しまれずにヤゴル遺跡の臨時発掘調査員として採用されることができるから。
「あぁ……帝国で思い出した」
わざとらしいくらいに、イアンがぽんと手を打った。
「皇帝が来るらしい」
「ん?」
一瞬、なんのことか理解できず、ラウルは聞き返す。
「いや……ヤゴル遺跡の件だ。皇帝自ら謝罪のために足を運ぶとか、そんな話になっているらしい。律儀なことだな。まぁ、帝国としてもセーナスとは仲良くしておきたいんだろう?」
ラウルにはピンとくるものがあった。それは先ほどの国王との話に繋がるもの。
――あそこは独身女性を側妃という名目で連れ去ることをする国だ。
リネットがこのセーナス王国にいることを、皇帝が知っているかどうかはわからない。他の魔法師の女性を連れ去るのが目的だったとしても、そこにリネットがいたらどうなるのか。
一度捨てたリネットをもう一度側妃とするか。それとも他の女性魔法師を選ぶか。
そもそもキサレータ帝国に魔法師を奪われない制度というのであれば、キサレータ帝国は魔法師を欲しがっていると解釈していいだろう。
どちらにしろ、セーナス王国にとっていい話ではないことだけは確かである。
「ところでイアン……独身女性魔法師は、どれだけいたか覚えているか?」
「あぁ。そもそも女性魔法師は少ない。だから魔法師として配属されたとたん、男性魔法師がこぞって狙うからな。独身なのは……君の恋人だけじゃなかったかな」
ラウルの背に、嫌な汗が流れた。




