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第七章(3)

「それなら、眠れるように子守歌でも歌ってやろうか?」


 リネットが眠れないとき、ラウルはいつもそう言う。だが、彼の子守歌を一度も聴いたことがない。なぜなら、今までその提案を断っていたからだ。


「いえ、不要です。余計に眠れなくなりそうですから……」

「そうか、それは残念だな。俺の子守歌は、いつになったら披露できるのだろうか……」

「そうですね。赤ちゃんでも寝かしつけるときに歌ってはどうですか? って、なんで? え?」


 リネットの臀部に硬いものが当たっている。確認しなくてもこれはラウルのアレだとわかる。


「なんで、元気になってるんですか! 私、何もしてないですよね?」

「すまない……君が、赤ちゃんなんて言うから……。俺と君の赤ん坊は絶対にかわいい……」


 そこに反応するの? というのがリネットの率直な気持ちだった。


「それに……ここに移動するまでの二日間、俺は満足に君に触れることができなかった」


 彼は護衛を兼ねて同じ馬車に乗っていたのだ。それに毎朝の「おはようのキス」はかかせない。


「触れ合いは十分だったと思いますが……」

「俺にとっては不十分だ。リネットが足りない。いや、飢えている」


 かぷっと首元を甘噛みしてきた。


「ひゃっ……や、やめてください。外に声が聞こえるじゃないですか」


 外の声がテントにまで聞こえてくるのだ。その理屈を考えれば、テントの声だって外に聞こえるはず。


「俺だって、君のかわいらしい声を、他の男に聞かせたくない」

「では、やめましょう。あ、わかりました」


 そこでリネットはラウルの手を振りほどくようにして、身体の向きを無理やり変えた。


「こうやって一緒に寝ているからダメなんです。別々に寝ましょう」


 リネットがラウルの腕から這い出ようとするが、すぐに囚われる。


「ダメだ。リネットが足りないと言っているのに、別々に寝るなんて言うな。俺は君に飢え死にする」


 すんすんと匂いを嗅ぐようにして、首元に顔を埋め、先ほど噛んだ場所を舐め上げる。


「あっ……ダメ、触らないで……」


 ラウルがプレゼントしてくれたネグリジェは、いとも容易く彼の手を受け入れてしまう作りだ。いつの間にか、胸元のリボンは解かれていた。


 できるだけ声を出さないようにと、リネットは唇を噛みしめる。


「我慢しないで、そのかわいい声を聞かせなさい……」


 リネットはぶんぶんと頭を振る。こんなはしたない声は、誰にも聞かせたくない。


「リネット。安心しろ」


 するとラウルが手を伸ばして何かを取り、リネットに手渡した。


「エドガー殿が遠征の餞別にとくれた。防音魔法具らしい」

「あっ」


 薄暗くてもそれが何かはよくわかった。ラウルが言うように防音効果のある魔法具だ。この魔法具があれば、室内の声を外に漏れるのを防ぐ。密談なんかによく使われるのだが。


「なんでエドガー先輩が、ラウルさんに……?」


 むしろそれが疑問である。


「ん? エドガー殿も俺と君の関係を認めてくれているからだろう? リネットを泣かせたら許さないとまで言われたが?」


 これではラウルよりもエドガーのほうが保護者ではないだろうか。


「あ。左様ですか……」


 抑揚のない声で返事をしたリネットは、防音魔法具をラウルに返した。


「では、おやすみなさい」


 今までの恥ずかしい声も、外には聞こえていなかった。それだけでも安心だ。ささっと胸元をしまう。


「おい、待ちなさい」

「ひぃっ……」

「眠れないのではなかったのか……?」


 目も慣れてきたから、ラウルの顔がはっきりとしてきた。


「リネット。俺は君を愛している……」


 すべてを見透かすような真剣な眼差しを向けられ、リネットの心は弾む。


「は、はい……」


 トクトクと心臓は忙しない。


「俺の呪いが解けたら、君に言いたいことがある……」


 愛していると言ってくれただけで嬉しいのに、それ以上にどんな言葉があるのか。ラウルだからこそ、期待してしまう。


「わかりました。私も、早くラウルさんの呪いが解けるように、頑張ります」


 苦笑しつつもそう言ったリネットは、寝る気満々だ。


 むしろこのままラウルに流されてはならない。だが、そんな想いは容易く折れそうな自覚もある。だからさっさと寝てしまおうと、そう考えたのだ。


「キスしてもいいか?」

「おはようのキスまでには、まだ時間があります……んっ」


 ラウルはすぐにリネットの唇を塞いだが、すぐに唇を割って入ってくる。

 そこからしつこいキス以上のふれあいが始まったのは、いうまでもない。





 調査三日目の昼過ぎ。荒らされた場所の特定と、盗まれた遺物の確認が終わった。


「我々の調査は以上だが……」


 事務所内で報告をしていたラウルは、リネットにチラリと視線を向けた。彼女は黙って騎士団の報告を聞いていたが、その視線はヤゴル遺跡の地図を追っている。


「何か、意見はあるだろうか?」


 この場にいるのは騎士団からラウルとヒース、魔法師のリネット。それから発掘調査員たち。

 そこで調査責任者が深いため息をついたのは、今のところ、犯人に繋がる手がかりがまったくないからだ。


 なんのために遺跡を荒らし、遺物を盗んだのか。金儲けのためだとしても、これを売りに出せるのは闇オークションくらいだろう。だがあれは、奴隷や没落貴族の調度品などには高く値がつくが、発掘した遺物はがらくたのような価値にしかならない。


 遺物は歴史を知るためのものであり、それによって価値が跳ね上がる。


「……はい」


 リネットがそろりと手を上げた。彼女がこういった場で、積極的に意見を言うのは珍しい。


「騎士団を撤退させましょう」

「そうだな。俺たちの調査は終わった。これ以上は、こっちの調査員の管轄になるだろう」

「そうではありません」


 リネットが首を横に振った。


「完全撤退ではありません。近くに街がありますよね。そこに何人か控えさせます」


 ヤゴル遺跡の近くにテミオの街がある。発掘調査員たちは、この街に住んでいる者が多い。


「どういうことだ?」

「恐らく、近いうちにまた犯人は遺物を盗みにきます」


 リネットの言葉に、調査員や騎士らの視線が集まる。


「その根拠は?」


 ラウルも思わず尋ねていた。犯人の手がかりが何も見つかっていないというのに、なぜ彼女は犯人が遺物を盗みに再び姿を現すと断言するのか。


「はい。今まで盗まれた遺物は、鏡、腕輪、細剣の三つです」


 責任者もうんうんと頷いているから、盗まれたものはそれに間違いないのだろう。


「犯人は、次に指輪を盗みにきます」

「指輪……そんなものがあるのか?」


 ラウルが責任者に視線を向ければ「あります。恐らくあれのことかと……」と心当たりはありそうだ。


「リネット。なぜ犯人が指輪を盗むと考えたのか、教えてくれないか?」

「はい」


 首肯する彼女はどこか自信に満ちあふれていた。


「今まで盗まれた遺物と指輪は、ある呪詛の儀式に必要な呪具になります」

「呪詛だと……?」


 不穏な言葉だが、ヤゴル遺跡では珍しいものではない。


「はい。相手の魔力を奪い取る呪い、とでもいいいますか……。まぁ、昔は今よりも魔力ある人間は多かったわけですから、その魔力を相手から奪い取り自分のものにすることで、戦いを有利に進めようとしていたようです。今から千年近く前の話ですけども……」


 そう前置きをして、リネットは言葉を続ける。


 今から千年近く前、ゴル族は周辺の部族と領地争いをしていた時期があった。どの時代も、領土を広めたいという気持ちは同じなのだろう。

 そのためゴル族は、呪詛を使って相手部族の魔力を弱め、その隙をついて領地を奪い取ろうとした。しかしその呪詛は、相手の魔力を奪い取るだけでなく、呪詛を行った者に奪い取った魔力を還元するものだった。呪詛を行った人物は、一気に何十人もの魔力をその身に受けたため魔力に侵された。また魔力を奪い取られた相手部族も消滅した。これは、魔力を奪い取るだけでは足りずに、生命力まで吸い取ったからだと推測される。そしてそれを一身に受けたゴル族の者も亡くなったのだ。


「とにかく、この呪詛は呪詛を行った本人の命も危険に晒されるということで、それ以降、禁忌の術として扱われています」


 リネットの力強い声が、室内に響く。


「さらにこの呪詛は、この事務所にある資料を読み解かないとわかりません。もしくは……」


 そこでリネットは、顔をしかめる。


「キサレータ帝国であれば、ありとあらゆる国の魔法、呪詛の資料が揃っております。とにかく、これは発掘に関わっている者が、故意に盗んでいるものと推測します」


 そこにいた調査員たちは、「誰だ?」「おまえか?」「俺じゃない」と顔を見合わせる。


「発掘作業は、人手が必要なことから、臨時の作業員も雇いますよね?」


 リネットは調査責任者の男を力強く見つめた。


「は、はい。この場にいるのは、国に登録し認められた調査員たちだけですが……。発掘作業は、私たちが面接し、認めた者を臨時に雇っています」 

「その者たちの身元は確かですか?」

「ええ。身上書の提出は義務づけています」


 口元に手を当てたリネットは、しばし考え込む。


「では、後でその身上書を確認させてください。作業員たちには、盗難に備えて遺物の保管場所を変更すると……そうですね、資料室の地下。あそこは鍵がかかりますし、古い貴重な資料も置いてありますから。宝物を保管するにはもってこいの場所かと。それから、調査が終わったので騎士団も撤退すると伝えてください」


 リネットの提案に責任者は大きく頷いた。


「では、俺たちも撤退の準備を始めよう。ヒース」

「はい」


 リネットは発掘調査員たちと行動をともにし、臨時作業員の身上書を一緒に確認した。





 事態が動いたのは、騎士団を撤退させて五日目の夜。


 テミオの街の宿で控えていたのは、ラウルとリネット、そしてヒースの三人だ。


「お邪魔じゃないですか?」とヒースはしきりにそんなことを口にしていたが、犯人が複数だった場合、ラウルとリネットだけで取り押させることはできないと判断した。


 昼間はテミオの街にいる三人だが、日が暮れ調査員たちが帰ったら、入れ替わりに事務所に忍び込む。


「もう、五日目じゃないですか……本当に、犯人は来るんですかね……」


 昼間に二人の熱に宛てられているヒースは、飽き飽きしている様子。


「はい。来ると思います。こちらで発掘された遺物ですが……盗難に備えて地下で保管後、王城へ移すという通達にしてあります。犯人も盗むなら、王城よりも警備の薄いこちらを狙うはずです」


 地下室内は音を吸収するかのように静かだ。ランプを灯して、微かな明かりで一夜を過ごす。


「なるほど。さすがリネットさんです。ただ、団長とイチャイチャしていたわけではないんですね」

「そうですね。ちょっとラウルさんがウザいんですけど」


 リネットを抱き寄せようとするラウルの手をピシャっと叩く。


「任務中です。公私混同しないでください」

「リネットさんって、意外と手厳しいんですね」

「そうなんだ、ヒース……。どうせここには俺たちしかいないし、薄暗いじゃないか。少しくらい、触れたっていいと思わないか?」

「リネットさんに嫌われたくないのであれば、やめましょう。リネットさんが言うように、今は任務中ですから」


 ヒースの言葉にリネットも同意する。となれば、ラウルはおとなしくするしかない。

 そのとき、カタンと物音が聞こえた。時間はそろそろ日付が変わろうとする頃。


「しっ」


 ランプの明かりを消す。目の前が真っ暗になった。


 三人は息を潜める。


 地下室の扉が開き、その隙間から明かりが入り込んできた。ランプの作る影から相手は二人と判断する。


「おい、指輪はどこだ?」

「地下室ってしか言ってなかったが……どうせ、誰もこない。ゆっくり探そうぜ」


 男二人組のようだ。捜し物は、リネットが睨んでいたように指輪だ。

 リネットの心臓が緊張のあまり、ドクドクと震え始めた。


 こちらに近づいてきたら、リネットが魔法を使って彼らを拘束する。それを取り押さえるのがラウルとヒースという手はずになっている。


「あんまり派手に盗んだからか。最後の最後で地下室に保管とか……面倒なことになったな」

「昔の鏡とかって言われたって、わっかんねぇしな。間違えて盗んだときには、荷物になるから途中で放り投げたけど」


 誰もいないと思い込んでいる二人組は、無駄話が多い。だが、そのほうがこちらの存在に気づかれなくてすむ。


「ま、今日は指輪だしな。ちっこいし。俺、一回、実物見てるしよ」


 やはり犯人は、発掘調査に携わっていた人間だ。


「リネット」


 相手との距離を測っているのはラウルだ。彼がトンと一回、リネットの肩を叩いた。しばらくして二回。


「見つかんねぇなぁ。本当にここにあるのか?」

「いつもなら上に置きっぱなし。上にないのを確認してきたしな。それにあいつらだって、盗難防止のために鍵のかかるこっちに移動させるって言ってたじゃねぇかよ」

「ま、この建物だって鍵はかかっていたが。俺たちにかかれば、鍵なんてあってもないものだな」


 トントントンと三回、肩を叩かれたリネットは、両方の手のひらを床に押しつけた。


「おい。俺の足、踏むなよ?」

「んあ? 踏んでねぇよ。それよりも……って、なんだ? おい、おまえか? 俺の足に何しやがった? 足が動かねぇ」

「あ? お、おい。なんだ? 足が床にくっついてる……」


 侵入者二人は、その場から動けなくなり、二人で悪態をついている。

 パチンと地下室が明るくなった。


「んあ? な、なんだ? あ? 騎士団……? 撤退したんじゃ……?」


 ラウルとヒースの姿を見つけた侵入者たちは、すべてを悟って諦めたようだ。


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