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第七章(2)

 リネットは事務所内の資料室に戻り、調査した内容を手早くまとめる。


(荒らされた場所……魔法を使われた形跡はなかった……)


 つまり荒らした人物は魔法を使えない者。そちらの人間のほうが圧倒的ではあるが、ここを大きく分類したことで、今後の調査方針が決まるのだ。


 リネットは夢中になって調べ、考え、遺跡荒らしの犯人の意図を探る。読んでは書いて、書いては考え、そしてまた読み込む。


「……ト……ネット……おい、リネット」


 自分の名を呼ぶ声が聞こえ、リネットははっとして顔を上げた。


「あ、ラウルさん……どうかしました?」

「どうかしました、ではない。夕食の時間になってもこないから迎えにきた」

「あっ」


 ヤゴル遺跡への派遣について、ラウルはリネットに三つの約束をしていた。


 それは、食事は三食きっちり食べること。夜寝て、朝起きること。そして、知らない人の誘いにはのらないこと。


 この三つのどれかを破り、リネットの命が危険に晒されるようなことになってはならないからだ。特に三つ目の知らない人の誘いにのらないというのは、誰が遺跡を荒らした犯人かもわからないからこそ、すぐに人を信用してはならないという意味がある。


 第七騎士団がヤゴル遺跡の調査を行うのは、長くて五日。状況によっては早めに切り上げることもあるが、その五日間、リネットは三つの約束を守らねばならないのだが。


「まったく。初日からこれでは、先が思いやられる」


 腕を組み、ラウルは威圧的にリネットを見下ろす。

 リネットとしては彼との約束を忘れていたわけではない。ただ、今まで手に入らなかった資料や情報に夢中になってしまっただけ。


「すみません……つい、夢中になって……」

「まぁ、君が何かに夢中になって食事を忘れるのは、別に今に始まったことではないな」


 そう言うものの、ラウルの顔にはほのかな笑みが浮かぶ。


「だが、あいつらが待ってる。君が来ないと食べないとまで言ってる」


 王都からここまでの移動の間も、食事は第七騎士団の面々が用意してくれた。


「すぐに片づけます」


 借りた資料は書棚に戻し、大事な帳面は鞄へとしまう。

 事務所内に残っていた調査員たちに声をかけ、リネットは外に出た。外はすでに薄暗い。


 第七騎士団は、このヤゴル遺跡の入り口付近にテントを張り、そこを拠点としている。


「リネットさん。お疲れ様です。食事の用意が整っております」


 たき火を囲む騎士たちの中にヒースの顔を見つけた。


「ありがとうございます。何から何まで、すみません……」


 ヒースからスープの入ったお椀とパンを受け取ったリネットは、空いている場所に腰を下ろす。それを合図に、騎士たちが食事を始めたので、ラウルの言ったことは本当だったようだ。


「きちんと食べているか?」


 同じように食事を手にしたラウルが、リネットの隣に座る。あまりにも自然すぎて誰も何も言わないが、ふっと視線が集まったのをリネットは感じ取った。


「はい」

「それで、今日は何をしていたんだ?」

「ヤゴル遺跡の全容の確認と、盗まれたものや場所の確認です。それから、魔法を使われたかどうか……。魔力を感じられなかったので、魔法は使われていないと思います」


 スープをすくおうとしたところ、リネットの苦手な干し肉が入っていた。きょろきょろと周囲を見回してからそれをスプーンですくい、ラウルのお椀に入れる。


「おい」

「だって、それ……嫌いなんです。変な味がするんです」

「こういう遠征先では、貴重なタンパク源だ。色の濃い野菜と一緒に食べればいい」


 ラウルのスプーンの上には干し肉と人参がのっている。


「食べなさい」


 リネットの口の前に差し出された。これはリネットが食べるまでラウルが引かないいつものパターンだ。もう一度大きく周囲を見回すと、彼らは食事をしながら談笑に耽っている。その隙にパクッとスプーンを口に含んだ。


「どうだ? 食べられそうか?」


 もぐもぐと口を動かすリネットだが、人参を食べた後にほのかに肉の臭みを感じた。


「食べられないことはないですけども、あまり積極的に食べたいとは思わないです」

「だが、俺たちは食べられるときに食べる」


 反論できないリネットは、黙ってパンをちぎり、それを口に放り込んだ。少しでも口の中に残った臭みを消したい。


 食堂の食事とは違うが、ラウルと出会う前のリネットの食事はこんなもんだった。いや、これよりも酷かったかもしれないが、その質素な食事の中に干し肉は入っていない。理由はもちろん、苦手な食材だから。


 食事を終えると、見張りを残して、各自はテントへと戻っていく。これがラウルの言う、休めるときに休む。

 もちろんリネットはラウルと同じテントである。他の騎士らは何も言わない。暗黙の了解というもの。


「同行した魔法師が私でなくても、ラウルさんは魔法師と同じテントなんですか? その人の護衛を兼ねて」

「どうだろうな。そのときによる」

「エドガー先輩でも? あ、他の女性魔法師とかでも?」


 リネットの質問にラウルは答えず、話題を変えた。


「今日は疲れただろう? 早く寝なさい」


 その言い方はまるで母親のようだ。


「疲れましたけど……。でも、ヤゴル地区のいろんな資料を見て、ちょっと興奮しているのもあります。それに、ラウルさんの呪い。あれの解呪方法も一緒に調べたいですし……」


 すでに横になっているラウルが「おいで」と毛布を広げた。それぞれ寝具が用意されているというのに、ラウルはリネットと一緒に寝る気満々である。


「いえ、私はまだ寝ませんよ。もう少し調べたいことがあって……」


 キサレータ帝国から持ってきたぼろぼろの肩掛け鞄は新しいものに買い換えた。皮でできたしっかりとした大きな鞄だ。そこから持参した資料も取り出し、先ほど資料室で書き留めた帳面も広げる。


 するとラウルが起き上がり、リネットの手から資料も帳面も奪って、丁寧に鞄の中に戻した。


「慣れない旅で疲れたところ、すぐに調査に入ったわけだ。それに、ここには当分いる手はずになっている。何も今日、焦ってすべてを終わらせようとしなくていい。それよりも休みなさい」


 ラウルが後ろからそっと抱きしめてきた。


「でも、いつまでここにいるかわからないんですよね。最長で五日。その間に、ラウルさんの呪いを……って、あっ……ちょっ……どこを触ってるんですか!」


 ネグリジェの合わせ目からラウルの手は侵入してきて、いつの間にか胸を両手で包み込んでいる。


「あっ……んっ……や、やめて……」


 毎日のようにラウルの愛撫を受けていたリネットの身体は、敏感に反応し始めている。


「リネットが、寝るというまでやめない」


「ひゃっ……」


 突然の刺激にお腹の奥が熱くなる。


「わ、わかりましたから。寝ますから。この手を離してください」

「約束だ。俺が手を引いたら、すぐに横になること。いや、俺がこのまま連れていけばいいのか」


 リネットの胸から手を離したラウルは、そのままリネットを軽々と抱き上げた。


「自分で歩けますって」


 それよりも、寝床はすぐそこ。

 そのまま一枚の毛布に二人で包まる。


「明かりを消すぞ」

「……はい」


 リネットは不満そうに答える。


 ラウルがランプを弱めれば、テントの中は一気に闇に覆われた。感覚が研ぎ澄まされ、テントの外にいる騎士たちの声もボソボソと聞こえてくる。いや、もしかしたら離れのテントにいる彼らの声かもしれない。


 ドクンドクンと熱く鼓動が鳴る。

 初めて訪れた場所。それが呪詛の地とも呼ばれるような場所であれば、やはり興奮してしまう。


 夜も深まっているというのに、なかなか眠気が襲ってこない。


 寝返りを打とうにも、ラウルが背中からがっしりと抱きかかえているため、身動きもできない。だが彼は、リネットの動きを感じ取ったようだ。


「眠れないのか?」


 耳元でささやく声は、まるで子どもをなだめる母親のようにやさしい。


「……はい。まだ、気持ちが昂ぶっているみたいです」


 こんなのは初めてだ。今という時間にわくわくしている。


 キサレータ帝国に行ってから、リネットは期待するのをやめた。期待してもそれが叶わなければ、余計に落ち込むからだ。だからずっと、ただ息をしているだけだったのに。


 それがこのセーナス王国に来て、少しだけ変わった。

 そしてラウルと出会って、さらに変化した。彼にはつい、期待を寄せてしまう。


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