第七章(1)
「魔法師のリネットです。よろしくお願いします」
魔法院の紺色のローブを羽織るリネットは、調査員たちに向かってぺこりと頭を下げた。彼女は、ラウル率いる第七騎士団と一緒にヤゴル遺跡へとやってきた。
「リネットは、調査員たちから話を聞いてほしい。盗まれた遺物の件などを詳しく聞いてもらえないだろうか」
ラウルの指示にリネットは「はい」と元気よく答える。
王都からヤゴル遺跡までは馬車で丸二日。引きこもり体質のリネットにとっては、その馬車の旅も過酷なものになると思われたが、ラウルとの毎朝の散歩が功を奏したのか、ずっと座っていてお尻が痛いという程度だった。
そしていいのか悪いのかわからないが、ラウルとリネットの仲は第七騎士団の間でも公認の仲となっており、リネットの護衛も兼ねてという名目で、馬車に同乗したのはラウルである。
だから彼がリネットの体調を気遣い、こまめに休憩を入れるように指示を出し、朝になればちょっとだけしつこい「おはようのキス」をする。今のところ、ラウルも異常な発情にはいたっていない。
「リネット様、まずは事務所を案内します」
調査責任者の男性に案内され、リネットは事務所に足を踏み入れた。ここでは発掘調査の計画を始め、発掘された遺物の解析や、このヤゴル地区に伝わる文献なども保管しているため、事務所といいながらも史料館のような役割もあった。それもあり、図書館や美術館などを思わせる立派な作りをしている。ただ、建物自体はそれほど大きくはない。
「ヤゴル遺跡の範囲を図示した資料などありますか?」
まずはこの遺跡の大きさや配置を把握しておきたかった。その資料は、図書館の地下書庫にはないもの。
責任者はリネットを書棚のある部屋、資料室へと案内した。ここにある資料は自由に手に取って見ていいと言う。
「ありがとうございます。まずはここの全容を把握したら、なくなった遺物について教えていただきたいのですが」
「こちらもまだ確認中のところはありますが……わかっている範囲であれば、可能です」
「はい。それでかまいません。二時間後にお願いできますか?」
リネットの言葉に責任者は頷き、部屋を出ていった。彼はこれから発掘された遺物の鑑定をし、記録しなければならない。荒らされたからといって、発掘作業を止めたりはしない。一つの遅れが、次の作業の遅れに繋がるためだ。
荒らしの件は騎士団に任せ、彼らは彼らの作業を行う。
(ヤゴル地区の全体図が見たい……)
リネットは書棚から慎重に資料を取り出した。これらは、現在の調査員たちが記録した内容もあるが、何百年も前に書かれた当時のものもある。
まずは、ヤゴル遺跡の全体図を確認する。
その資料を手にし、テーブル席へとついた。
千年以上も前の集落の様子を示した資料もあるが、リネットの目的は数百年前のゴル族の様子だ。この時代には、約五十の住居があったらしい。一つの住居には四から六人が住んでいたことから、当時の人口はざっと想像できる。
過去、出土した遺物は、木の実を割る道具やすりつぶす道具など。また、堆積した土の花粉分析を実施したところ、木の実が豊富な森林が広がっていたこともわかっている。
つまり、ゴル族は木の実をすりつぶし、丸めて食べ物にしていたと考えられている。
そんなゴル族が消滅した理由だが、それは詳しくわかっていない。ただ彼らは、自分たちの住居を焼いているのだ。それも呪術の一種かもしれないし、他の地区へ移動するために未練が残らぬようにと焼き払っただけかもしれない。
(住居が焼かれたというのは気になる……)
民族が消滅する理由としては、本当の意味で全滅してしまうか、他民族との同化、もしくは分裂が原因としてあげられる。
ゴル族の場合は、侵略によって全滅したとされており、それがこのセーナス王国の統一が始まった時期とも一致するのだ。
(やっぱり、現地のほうが資料は豊富……あれだけ悩んでいたのに、ここの資料だけで解決していく……)
それはまるで頭にかかった霧が晴れるかのように、ヤゴル遺跡の情報が入ってくる。
「リネット様。今、お時間は大丈夫でしょうか?」
声をかけられ、リネットは大きく身体を震わせた。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
調査責任者が軽く頭を下げた。
「あ、いえ……もしかして、約束の時間でしょうか……?」
「はい。二時間経ちましたので」
二時間後に話を聞きたいと言ったのはリネットだ。資料に没頭していたあまり、時間の経過に気づかなかった。
「では、早速ですが……」
そう言ってリネットは話を切り出した。
「まず、盗まれたとされる遺物を教えてください」
リネットの言葉に促されるように、責任者は彼女の向かい側に座った。そして、ヤゴル遺跡の地図を広げ、荒らされた場所を示しながら盗まれた遺物が何かを、一つ一つ説明する。
「この場所が荒らされたのですが、ここは、昔に儀式を行われた場所と言われているのです」
「儀式、ですか?」
「えぇ。ヤゴル地区が昔から呪詛が盛んだったのはご存知ですよね?」
リネットは小さく頷く。
「その呪詛が行われたとされるのが、この場所なんです。この付近からは呪詛に使われたであろう宝物がいくつか見つかっています」
「もしかして……盗まれたとされているのが、そちらの宝物なのでしょうか?」
「はい。一つは鏡のようなもの。発掘された時点で割れてはおりましたが、まだ鏡としての役割は十分に果たされるような状態です」
リネットは帳面に、素早く「鏡」と記す。
「それから、腕輪のようなものですね」
「腕輪、ですか?」
「はい。大きさはこれくらいで……」
責任者が右手の親指と人差し指で半円を作り、腕輪の大きさを示す。
「当時のゴル族の体格を考えれば、その大きさですと女性向けと考えるのが妥当ですね」
リネットの言葉に「我々もそう考えています」と返ってくる。
「あと、もう一つ。これが今回、荒らされ盗まれたものなのですが……」
そこで彼の声色が一段と下がった。
「小型の細剣です。今のところ、把握している遺物はこれだけになります」
これだけと言っているが、三つも盗まれたのだ。
「いったい犯人は、なぜヤゴル遺跡の遺物を盗んだのでしょう」
リネットの帳面には「鏡」「腕輪」「細剣」と書かれている。
「それはまだ、我々のほうでも確認できておりません……」
「いえ。通常の発掘業務もありますから。この盗まれた遺物については、私のほうで調べてみます。それから、荒らされた現場を案内してもらうことはできますか?」
「もちろんです」
彼が立ち上がったので、リネットも慌てて席を立つ。帳面はローブのポケットにすっぽりと入る大きさだ。
紺色のローブの裾を翻し、リネットは責任者の後ろを追う。もちろん頭には、葡萄色の帽子をかぶる。
建物から外に出れば、リネットは眩しさのあまりに目を細くする。
あまりにも眩しいときは、目を瞑って歩くリネットなのだが、そんなときはいつもラウルが手を引いてくれた。
しかしここはヤゴル遺跡。朝の散歩とは違う。いくら眩しくても、目を開けて歩かなければ、凹凸に足をとられて転んでしまう。発掘現場は、あらゆるところに穴が空いていて危険なのだ。
「ここですね。ここが数百年前に、儀式が行われた場所とされています」
荒らされ遺物が盗まれたとされる場所。そこにしゃがみ込んだリネットは、地面に向かって手をかざした。
責任者は何も言わず、リネットを見守るだけ。
しばらく手をかざしたリネットは、何ごともなかったかのようにすっと立った。
「ありがとうございます。後は、先ほどの場所に戻って、彼らがなぜ盗みを働いたのか。その理由を探りたいと思います」




