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第六章(4)

* * *


 その話を耳にしたのは、ラウルがヤゴル遺跡から戻ってきて二か月が経った頃、すなわち、彼が呪いを受けてから二か月後のことだった。


 騎士団の会議室には重苦しい空気が漂っていた。


「ヤゴル地区から報告がありました」


 定期的に開かれる団長会議の席上、第五騎士団の団長が低い声でそう告げた。


 第五騎士団は、事件の通報を最初に受け取る部隊だ。情報の一元管理が効率的であるという理由から、彼らは主に情報収集と分析を担う。団長の声は淡々としていたが、その言葉にはどこか不穏な響きがあった。


「再び遺跡荒らしが現れたとの報告です」


 その内容を聞いたラウルは、目を細くして見えない何かを睨みつける。


「発掘したばかりの遺物が、いくつか盗まれたとのことです」


 第五騎士団の報告が終わると、会議室に一瞬の静寂が訪れた。


 だが、実際に今後の捜査を指示するのは第一騎士団だ。この王国騎士団の頂点に立つ第一騎士団は、選ばれた者だけが所属を許される精鋭集団である。彼らは王族の近衛を務めるだけでなく、団長には全騎士団に命令する権限が与えられている。


 当然、第二騎士団以降の各団長もその指揮系統に従う。


「第七騎士団、調査にいけるな?」

「御意」


 ラウルは短く答えた。


 前回のヤゴル遺跡での初動調査は第七騎士団が担当し、それ以上の調査は不要と判断された。第七騎士団の迅速な対応が十分な成果を上げたと評価されたからだ。


 しかし、今回は二度目の事件。単に被害を確認するだけでは不十分だろう。求められるのは、再発防止策の構築である。


「魔法師の同行を求めます。そして、これを機に犯人を捕まえることができればと」


 ラウルの提案に、第一騎士団の団長は顎を軽く引いた。

 もちろん、前回の派遣でラウルが呪いを受けて帰ってきたことは報告していない。負傷という大括りにしてある。


「そうだな。二度目ということもある。魔法師に現場を確認させ、可能なら罠を仕掛けることも検討してほしい」


 第一騎士団の言葉に頷いてみせるものの、ラウルの頭の中では、同行する魔法師はリネットで決まりだった。


 何より、ラウルの呪いはリネットと毎日キスをしなければ発情し、最悪死に至るという厄介なものだ。ヤゴル遺跡にどれほどの期間滞在するかわからないが、リネットと離れることは考えられない。


 また、彼女自身もヤゴル遺跡を訪れたいと望んでいた。ラウルの呪いを解く手がかりを求めてのことだ。

 リネットは、ラウルが呪いを受けてから一か月ほど経つと、どこか負い目を感じているようだった。時折自責の念を感じた。


 ラウルはそんなリネットを励ますため、「君さえそばにいてくれれば、俺はこれまで通り生きていける」と伝えたが、彼女がどう思ったのかは定かではない。そう伝えたときの彼女の微笑みは、どこか曖昧だった。


「では、魔法師の人選は任せていただけますか?」


 ラウルが静かに提案すれば、第一騎士団の団長は即座に答える。


「ああ、問題ない」


 ラウルの胸には安堵が広がった。やはり同行させる魔法師はリネットしかいない。


 会議を終えたラウルは、その足で魔法院へと向かう。第一騎士団の団長と国王のサインの入った依頼書を、魔法師長ブリタへ提出するためだ。


 ブリタは師長室にいた。部屋に足を踏み入れると、やわらかな光が室内を照らし、不思議な蔦植物が窓際に置かれている。


「久しぶりだね。リネットが世話になっているようで」


 ブリタは、年齢を公表しているにもかかわらず、その美貌はまるで時を超越したかのよう。チョコレート色の髪は絹のように艶やかで、白髪の一本も見当たらない。


「いえ。こちらこそご迷惑を……」


 ラウルが言葉を返すと、ブリタは静かに手を振った。


「迷惑だなんて思ってはいないよ。そう思っていたら、リネットがあんたの側にいるのを許してはいないからね。それよりも、今日はどんな用だい?」


 彼女の言葉に誘われるように、ラウルは依頼書を手渡した。


 ブリタは書類に目を落とし、細い指で紙を軽く叩く。


「なるほど。ヤゴル遺跡への魔法師の派遣だね。だが、魔法師を派遣させて、犯人を捕まえることができるとでも思っているのかい?」

「それはわかりません。ですが、犯人がどんな目的でヤゴル遺跡を荒らしているのか。それを知りたいのです。それがわかれば、犯人を捕まえるための手がかりになるかと……」


 ブリタはニヤリと笑い、艶めかしい雰囲気を漂わせる。


「そうだね。そういった調査であれば、リネットが適任だ。ヤゴルは呪詛が盛んな地域だったからね。それにあんたも、リネットの側にいる必要があるんだろ?」


 その言葉に平静を保とうとするラウルの心臓は、次第に鼓動を速めていく。


「はい……」

「それで。リネットと一緒になる気はあるのかい?」


 まさかこの場で彼女との将来について聞かれるとは思ってもいなかった。

 突然の質問にラウルも息を呑む。


「リネットは私のかわいい部下だからね。手のかかる子だったが……今ではすっかりと変わってしまった。それもいい方向にね。あんたのおかげだろ?」

「恐縮です……」

「だからしっかりと確認しておきたいんだよ。あんたの呪いが解けたら、リネットをどうするつもりだい? 呪いが解ければリネットを側においておく必要もないだろ?」


 ブリタの視線は、ラウルのすべてを見透かすかのよう。

 ラウルは一瞬言葉に詰まったが、胸の奥にたぎる決意を言葉に変える。


「俺の呪いがきちんと解けた日には……求婚する予定です」


 それを聞いたブリタは、ふんと鼻で笑う。


「リネットの素性は聞いたのかい?」

「はい。帝国のことも、スサのことも。そして今では、このセーナス王国民であることも」

「そしてあんたはハリー伯爵令息」

「身分的には何も問題はないかと」


 ブリタは小さく笑い、言葉を続ける。


「リネットをセーナス王国民とするときにね。彼女を養子として迎えてくれたのは、平民だよ。彼らは金のために彼女を養子とした。ただそれだけさ。リネットは名ばかりのセーナス王国民だ」


 ラウルがハリー伯爵家の猶子であっても、貴族であることに変わりはない。

 一方、リネットはスサ小国の王女という出自を持ちながら、セーナス王国では平民の身分。彼女と結ばれるためには、身分の壁を越える工夫が必要となる。


「ま、こんな障壁など、障壁にもならないさ。策はいくらでも考えられるからね」


 ブリタの目が鋭く光った。その表情は、まるで妖艶な魔女のように心を掴む迫力があった。


「私としてはリネットを気に入っているんだよ。だから、彼女を悲しませるようなら……わかってるね?」


 その言葉は短いながらも、ラウルの背筋に冷たいものを走らせた。

 本能が告げる――この人物に逆らってはならない。


「彼女は俺にとって命の恩人です。むしろ今、俺の命は彼女に握られている。だが、この気持ちはそれだけではないことだけ伝えておきます」

「なるほど……では、リネットを派遣するのを許可しようね」


 ブリタは満足そうに頷き、依頼書にリネットの名前を書き、サインを添えた。


「あの子は見ての通り、世間知らずのお嬢さんだ。悪い虫に捕まらないように、頼んだよ。あの子が危険に巻き込まれるようなことがあってはならない。わかってるね? スサの王女様だからね……」


 たとえセーナス王国民となったとしても、それは書類上の話にすぎない。


 また相手が小国とはいえ、王族がセーナス王国で事件に巻き込まれ命を落とせば、近隣諸国からの非難は避けられない。

 独立して十数年、セーナス王国はまだ不安定な立場にあるのだ。


「はい。それは、俺が命に代えてでも……」


 ブリタから手渡された依頼書は、ずしりと重く感じられた。


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