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第六章(2)

 リネットは、机の上に積まれた資料から一冊を抜き取って、それを読み込んでいた。

 ずっと地下書庫にこもっていたリネットだが、ここにきて呪いの基本に返ろうと思ったのだ。研究室内にある資料は、禁帯出のように珍しいものではない。いたって基礎的な内容が書かれているものばかり。


「ものすごく違和感がある」


 そんなことをぼそっと言い出したのはエドガーだ。


「何が?」


 女性魔法師が顔を上げて尋ねた。


「リネットがこの時間にここにいる。ものすごく違和感がある。むしろ違和感しかない」


 その言葉に男性魔法師も「あぁ」と納得する。

 太陽が真上に上がっているような時間、この研究室内に四人がそろうことなどほとんどなかった。


 資料にじっくり視線を這わせていたリネットだが、自分の名前が聞こえてきたところで「ん?」と顔を上げる。


「しかも、どんよりとしていたリネットがイメチェンしてるし……。そんなに明るくキラキラしているリネットなんて、リネットじゃない……」


 エドガーが「あぁっ」と嘆くものの、それを見た女性魔法師はふふっと笑う。


「いいじゃない、好きな男の手で磨かれたのよ。以前よりも表情豊かになって、魅力的になったわ」

「そういえば……俺も、リネットについて聞かれたのを思い出した。他の魔法師たちが、最近、リネットがかわいくなったけど何があったんだってうるさいんだよね。まぁ、彼氏のおかげじゃないかって答えておいたけど」


 気の知れた仲だからこそ、リネットに対して言いたい放題だ。


「うわぁ。しかもリネット、にやけてるし。何かあった?」


 エドガーはリネットを拾っただけのこともあり、その付き合いは長い。そして身近な人物。だからリネットの些細な変化にも気がつくのだ。


「へへへ。わかります?」

「誰が見てもわかるから」


 もちろんリネットとしてはにやけているつもりもない。ただ、ラウルとの約束が楽しみなだけで。


「何かあるわけ? 団長さんと」

「はい。ラウルさんとデートの約束をしたんです」

「はぁ? 今さらデート? 君たち、食堂で毎日いちゃついてるじゃないか。寝食ともにしてるわけでしょ? それなのにわざわざデートするわけ?」

「世の中の恋人たちは、お日様の下、二人でお出かけするみたいなんです」


 心底デートが楽しみなリネットとは真逆に、エドガーは胡散臭そうな視線を向けてくる。


「で、どこに行くわけ? リネットがそんなに楽しみにしてるなんて。そっちに興味がある」


 なまけものでぐうたらなリネットがデートを楽しみにしている。となれば、その目的地が魅力的なのだろうと、エドガーは判断したようだ。


「薬草園ですよ。あそこ、騎士団の管轄じゃないですか。私たち魔法師が入るにはちょっと手続きが面倒っていうか。いつも薬草を手に入れるために師長に頼んでるんですけど。でも、ラウルさんが一緒なら、薬草園に入れるうえにその手続きも簡素化されるみたいで……」


 リネットがうっとりしながら言うものの、他の三人からの視線は冷たい。


「団長さん。デート先が薬草園って、よく許したね……」

「なんか、かわいそうになってきたわね。団長さん」

「まぁ。リネットの生活改善をここまでやってきた男だから、気にしないのでは?」


 また三人は好き勝手言っていたが、リネットは意に介さず。


「それよりもさ。デートの醍醐味って待ち合わせじゃないの?」


 エドガーのそんな声が聞こえたが、リネットは手元の資料に再び視線を落とす。


 リネットが調べて、『毎日「おはようのキス」をしないと発情する呪い』についてわかったことをまとめたもの。


・呪いを受けてから三日以内に「おはようのキス」をしなければならない。

・毎日「おはようのキス」をしないと、発情する。具体的には、前回の「おはようのキス」の一日後から興奮状態に陥り、さらに一日キスをしなければ、「おはようのキス」をするまで性交渉し続けなければ死ぬ。

・「おはようのキス」の濃さによって次のキスの間までのムラムラ時間が変わる。濃ければ濃いほど平穏に過ごせるが、軽いキスであれば、すぐにムラムラしてしまう(らしい)。

・呪いによる発情状態以外で性交渉に及んだ場合、命の保証ができない(その可能性がある)

・呪いの発端はゴル族の両片思いカップルをくっつけるためのもの。


 そこでリネットは、ここに薬の力を加えたらどうなるのかを考えていた。つまり発情を抑える薬だ。万が一、リネットがラウルに対して「おはようのキス」ができなかった場合に備えても兼ねて。


 薬の力が勝つか、呪いの力が勝つか。


 これで薬の力が勝つようであれば、呪いを解くヒントがそこにあるのではないだろうか。

 それもあって、薬草園を見てみたかった。どのような薬草が育てられているのか。そしてその薬を作れるかどうか。


 普段、魔法師が騎士団に依頼するのは、怪我の治療に用いるものや、体力回復を促す薬に必要な薬草が主である。あとは解熱剤や咳止めなど、そういった薬作りに必要なもの。


 薬草には呪いに使えるものもある。もちろん、毒になるものも。それもあって、知識に長ける魔法師が勝手に栽培するのは危険だということで、騎士団の管轄になっているらしい。

 そういう考えもあるのだなと感心したリネットだが、やはり必要なときにすぐに利用や確認できないのは不便だった。


 だからリネットは、ラウルと一緒に薬草園へ行けることを楽しみにしていた。


 騎士団の人間が側にいて監視さえしていれば、魔法師が薬草園に入ることも可能となるのだ。





「それほど楽しそうにされると、俺としては複雑な気持ちだな」


 官舎から薬草園へ向かう途中、リネットの顔はずっとにやけたままだった。外に出るときは、ラウルからもらった葡萄色の帽子をしっかりかぶる。


「そうなんですか? なんで?」


 リネットは小首を傾げ、ラウルを見上げた。


「なんでと言われてもなぁ……とにかく、よくわからんが複雑なんだよ」

「う~ん。甘いものが足りないんですかね? ほら、糖分が足りなくてイライラしているとか?」

「そうか。だったら、薬草園の見学が終わったら、どこかで甘いものを食べて帰るか?」


 急にラウルの顔が輝いたように見えた。


「いいですね」 


 リネットもその提案には同意する。


「何か食べたいものはあるか?」

「う~ん。そうですね……」


 ラウルに甘いものをすすめたのに、リネットが食べたい物を聞かれるとは予想外だった。


「今はすぐに思い浮かばないので、帰りまでには考えておきます」

「わかった」


 ラウルが、握っている手に力を込めた気がした。


 官舎から薬草園までは歩いて二十分もかからない。

 ぐるりと周囲を囲む塀が見えてきた。


「あれが薬草園だな。ああやって、薬草が盗まれないようにと、塀で囲んでいる」

「厳重なんですね」

「そうだな。昔、薬草園の薬草を盗み、惚れ薬を作った魔法師がいたらしい。それで、この国ではこういう扱いになっている。というのを思い出した」


 そういう自分勝手な人がいると、他に迷惑がかかるのだ。


 薬草園の入り口には、女性騎士が立っていた。


「おはようございます、ハリー団長」

「おはよう。こちらが魔法師のリネットだ。リネット、こちらが第六騎士団のモア・スピナ。第六騎士団は医療部隊だからな。こうやって薬草の管理をしたり、怪我人の治療、主に応急処置を行ったりしている」


 騎士団で応急処置を受けた怪我人は、魔法院の治療室へと運ばれる。

 リネットは、ラウルと繋いでいた手を慌てて離した。


「はじめまして、魔法師のリネットです。呪いを専門としています」


 スカートの裾をつまんで、ぺこっと頭を下げる。


「はじめまして、モア・スピナです。こちらの薬草園の管理をしています」


 にこっと微笑んでくれたモアを見て、リネットも心が軽くなった。どうやら拒まれてはいないらしい。


「リネットさんのお噂は聞いております」

「噂、ですか?」


 リネットは少し身構え、首を傾げた。


「えぇ。ハリー団長の恋人さんだと。結婚も秒読みとか?」


 屈託ない笑顔でそんなことを言われてしまえば、リネットもどうしたものかととぎまぎする。


 ラウルとは恋人同士になったものの、結婚については話題に上がらなかったこともあり、これっぽっちも考えていなかったからだ。


「俺たちのことはいい」


 ラウルが苦笑しながら割って入り、話を切り上げた。


「薬草園に入るが、問題はないな?」

「はい。では、こちらで手続きを」


 通常なら「薬草園に入る目的」や「必要とする薬草」の申告が必要だが、ラウルが同行していることで、名前を書くだけで済んだ。


「もし、薬草を採取して持ち帰るときは、あとで申告が必要となります」


 モアの声は丁寧であり、規則を守ることの重要性を示す。


「今日は、見るだけの予定です。決して、黙って採るようなことはいたしません」


 リネットはきっぱりと言い、他の魔法師に迷惑をかけないよう心に誓う。


「リネット。では案内しよう」


 ラウルが再びリネットの手を握り、薬草園の中へと足を踏み入れた。


 門をくぐると、色とりどりの薬草が整然と植えられた畑が広がり、風に揺れる葉の音と、薬草の独特の香りがリネットを迎え入れた。


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