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第六章(1)

「デートですか?」


 三日に一度は足を運ぶ、煮込み料理の美味しい店で夕食をとっていたとき、いきなりそんな提案をされたリネットは目をぱちくりとさせる。


「あぁ。俺と君は誰もが認める恋人同士だ。デートの一つや二つくらいしても、問題ないだろう?」


 気持ちを確かめ合って以降、ラウルの世話焼きぶりがひどくなった。いや、過保護ともいう。これでは恋人同士ではなく、保護者まっしぐらだろう。


 就寝時間や食事の管理はもちろん、朝の身支度においても「今日はこっちの服がいい」だの、「たまにはリボンの結び方を変えてみよう」だの、挙げ句、髪型までいろいろいじられる。


 リネットにはどんなものが似合うのか、ラウルなりに考えているようなのだが、それをウザいと思わずに受けいれられるようになったのは、リネット自身の心境の変化もあったからだ。

 そんな彼女の外見の変わりようにエドガーはもちろん気づいていて「どんどんあの団長さんの好みの女になっていくね」とケラケラ笑っていた。


 リネットだってラウルに嫌われるよりは好かれたい。それに、自分にどんなものが似合うかなんてよくわからないし、ようはラウルさえ「かわいい」と言ってくれれば満足なので、結局彼にすべてをまかせてしまう。


「そうなんですか?」

「そうだ。世の中の恋人は、明るい日差しの下で堂々とデートをしている」


 リネットにはそういった経験がないため、デートと言われてもピンとこない。むしろ、明るい日差しの下は朝の散歩が限界だと思っている。


「わかりました。だけど私、デートってよくわからないので……」


 その言葉にラウルはぴくっとこめかみを震わせた。


「つまり、今までデートをしたことがないと?」

「そういうことになりますね」

「つまり、初デートだと?」

「初めてのデートをそう呼ぶのであればそうなるかと」


 なぜかラウルが嬉しそうに口元をゆるめたので、リネットもくすっと笑う。

 ラウルが辛そうにしているよりは、喜んでもらえたほうがリネットも嬉しい。


「では、早速だが。どこに行きたい?」


 そう問われても、リネットには行きたい場所がさっぱり思い浮かばない。


「ラウルさんはどちらに行きたいですか?」

「君と一緒ならどこでも」

「ヤゴル遺跡とかでも?」


 できればヤゴル遺跡へ足を運び、関係者から話を聞きたい。そうすれば呪いを解くヒントが見えてくるかもしれないからだ。


「その発想はなかった」


 ラウルは真面目な顔で、リネットを凝視しながら答えた。


「冗談です」


 リネットもニコリともせずに言う。


「むしろヤゴル遺跡まで行けば、それはデートではなく、仕事になる」


 となれば、デートに適している場所はどこなのか。


「デートには、もうちょっと近場で、できれば日帰りで行き来できるところが望ましい」

「そうなんですね」


 日帰りで行ってみたいところを、リネットは考え始めた。

 目の前のシチューからはほかほかとした湯気が立ち上り、美味しそうな匂いが周囲を包む。


「あっ」


 一つの場所が思い浮かんだ。

 ラウルもリネットの反応を見て「どこだ?」と身を乗り出してくる。


「私、騎士団が管理する薬草園に行ってみたかったんです。でも、あそこの管轄は騎士団だから、許可を取るのが面倒だなと思っていて。ラウルさんが一緒に行ってくれるなら、問題ないですよね?」


 ラウルがガクッと身体を震わせた。


「あ……もしかして、ダメでした?」

「いや、ダメではない」


 そう言ったラウルだが「薬草園、薬草園か。そうだな、植物園に行ったと思えばいいんだ……」とぼそぼそ呟いていたが、そんな言葉はリネットの耳に届くわけがない。


「本当ですか? 嬉しいです。楽しみです」


 リネットの声が弾み、スプーンを動かす手もどこかうきうきとしている。


「ラウルさん。どうかしました?」


 そんなリネットとは正反対に、ラウルがどこか沈んでいるようにも見えた。


「いや?」

「もしかして、これが食べたかったとかですか?」


 リネットが食べているのは、お肉がとろとろにやわらかくなったシチューだ。お肉だけでなく、野菜までもが口に入れるととけていく。


「はい。ラウルさん」


 シチューをのせたスプーンを、リネットはラウルの口元に差し出した。


「いつもラウルさんに食べさせてもらっているので」


 照れ隠しのつもりで、リネットはへへっと笑う。

 ラウルは驚いたのか、少しだけ目を大きく開いたが、すぐにそのスプーンにぱくついた。


「うん。これも美味いな。こっちも食べてみるか?」


 ラウルが食べていたのは、肉を葡萄酒で煮込んだもの。それをナイフで切って、フォークに刺したところでリネットの口に運ぶ。


 葡萄酒の香りが口の中に広がり、お肉もすっととけていく。


「これも美味しいです」


 もぐもぐと口を動かすリネットを、ラウルがじっと見つめている。


「ん? どうかしました?」

「いや……初めて会ったときよりも、顔色がよくなったし、肉付きもよくなったなと」

「肉付き……?」


 リネットが声色を低くして聞き返すものだから、ラウルも自分の失言に気がついたようだ。彼にはそういうところがある。


「いや、こう。ふっくらしてきたなと」

「それを肉付きというのでは……?」


 まったくもってフォローになっていない。だが、そういうところも彼らしいし、リネットとしては肉付きがよいとかふっくらと言われてもさほど気にしない。


 だが、慌てるラウルが微笑ましく、目が離せない。


「いや、だから。太ったとかそういうことではなく、健康的になったと、そう言いたかっただけだ」


 リネットが黙々とシチューを食べ始めたから、怒っているとでも思ったのか。ラウルは必死に言い訳をしてきた。


「はい。わかってるから大丈夫です」

「怒ってはいないのか?」

「怒ってないですよ?」


 リネットの言葉に安心したのか、ラウルがほっと息をついた。

 食事を終えた二人は手を繋ぎ、官舎に向かって歩く。


「恋人同士という関係にしておこう」が、「恋人同士」という関係に変化して、一か月ほど経った。


 残念ながらラウルの呪いを解く方法が見つかっていない。リネットは一か月も経っているのにという焦りがあるものの、ラウルは「リネットさえ側にいれば普通に生活できる」と言って楽観的だ。


 だが、二人の関係は変化したものの、身体は繋がっていない。


 それにはいくつか理由がある。


 呪いの種類によっては交合をトリガに命を奪うものがあるとリネットが知ったのは、二人の気持ちが通じ合った三日後。地下書庫で呪いについて根気よく調べた結果による。


 特に今回の呪いは、激しい情欲にかられ性交に及ぶ症状が含まれている。その症状がでていないときに交わるのは、危険性が高まるかもしれない。


 もちろん、そうではない可能性だって十分にあり得る。


 それに、リネット自身にも彼を受け入れることにまだ抵抗があった。すべてを曝け出した日、恐怖で引きつった顔をしっかりと見られていたのだ。


 だからラウルも、自身にかけられた呪いが解けるまでは、リネットを抱かないと口にする。


 しかし彼は、リネットを抱かないまでにしても、さまざまなところを触れてくるから厄介であった。

 そう思いつつも、あれほど嫌いだった身体を重ねる行為が、ラウルによって書き換えられていく。


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