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第五章(4)

 浴室から出たリネットを待っていたのは、冷たい飲み物を用意していたラウルだ。


「喉が渇いただろう? 風呂上がりに適度な水分補給は必要だ」


 微かに酸味を感じる程度の果実水は、火照った身体に心地よい。


「ありがとうございます」

「では、俺も風呂に入ってくる」


 浴室に向かうラウルの背を、リネットはぼうっと見つめていた。

 ラウルが戻ってきたら、先ほど中途半端になってしまった過去の話を伝えよう。


 そう考えたら、変に緊張してきた。ドクンドクンと鼓動がうるさい。これほど心臓の音を感じるのは、初めてかもしれない。


「リネット?」


 いつの間にかラウルが戻ってきていた。少し毛先が濡れ、前髪が下がっている。


「あの、団長さん……」

「なんだ?」


 彼も冷たい飲み物の入ったグラスを手にすれば、リネットの隣になんの迷いもなく腰を落ち着ける。


「あの……先ほど言った話の続きを……と思ったのですが……」


 突然、このようなことを言い出したら、ラウルも困るだろうか。


「……わかった。だが、飲み物を準備してもいいか?」

「はい」


 いつの間にか空になっていたグラスを手にし、ラウルは一度席を立つ。


 次に戻ってきたときには、グラス二つと葡萄酒のボトルが銀トレイに載せられていた。

 ラウルが酒を飲むのは、今日が初めてではない。彼は寝る前、くつろぐ時間に少しだけお酒を嗜む。飲む量もグラス一、二杯だから、べろんべろんに酔った姿を見たことはない。


「リネットも飲むか?」


 見た目は幼いかもしれないが、リネットだって成人しているため、お酒を飲んでもなんら問題はない。ただ今まで、飲みたいとは思わなかっただけで。


 それもアルヴィスのせいだ。


 だけど隣にいるのがラウルなら、飲んでみてもいいかなと思ってしまう。


「……はい。でも、初めて飲むんですけど、大丈夫ですかね?」

「初めて? そうか。では、少しずつ飲みなさい」


 ラウルが見守る中、リネットは一口だけ葡萄酒を飲んでみた。


「どうだ?」

「葡萄の味がします」


 だけどお腹の中があたたかくなってきて、気持ちもほかほかしてきた。もう一口だけ飲んだ。


「あまり一気に飲むなよ」


 初めてお酒を口にしたリネットに、ラウルは不安そうに視線を向ける。


「俺に話したいことがあるんだろ? それを忘れられたら、俺は気になって気になって夜しか眠れない」

「団長さんは、いつも夜しか寝てないじゃないですか。お昼寝をしてるんですか?」

「してない」

「短時間の昼寝には、集中力の向上、精神的ストレスの解消、疲労回復の効果があるんですよ」


 するとラウルが喉の奥でくつくつと笑う。


「まさか、リネットからそんなことを言われる日がくるとは思わなかった」


 よっぽど楽しいのか、彼はグラスに残っていた葡萄酒を一気に飲み干し、二杯目を注いだ。


「それで? 君の話とは?」


 話が脱線して本来の目的を忘れそうだったところを、ラウルが軌道修正してきた。


「あ、はい。私がここに来る前のお話です。先ほどもいいましたが……」


 そこでリネットは、十四歳のときにスサ小国からキサレータ帝国へと連れていかれ、そこで皇帝アルヴィスの側妃として約四年間、過ごしたことを話し始めた。


 キサレータ帝国で魔法具を作らされていたこと、アルヴィスはそれを用いて属国を脅していたこと、そしてリネットが成人を迎えてから彼にされた仕打ちなど。


 ラウルの表情は真剣そのもので、リネットの言葉を聞き漏らさないようにと耳を傾けている。


「……ですから、その……今朝の件ですが……」


 リネットがそう言いかけたところで、ラウルのこめかみがぴくっと震えた。


「私は、いつも団長さんによくしてもらっているので。だから団長さんが苦しんでいるなら、助けたかっただけです。その……まぁ、そういったことを帝国で……」

「君の気持ちはわかった……」


 ラウルはリネットの先の言葉を聞きたくないとでも言うかのように、その言葉の先を奪った。それでもどこか混乱があるのか、深く息を吐く。


「そんな辛い過去を思い出したくもないだろうに……俺に話してくれてありがとう。だけど、君がスサ小国の王女とは……驚いた」

「団長さんには知っておいてもらいたかったんです。多分、朝、怒られたことがショックだったんです。だからシーナさんに相談したら、話し合うことが大事だって……」

「そうだな。話し合いは大事だ」


 ラウルがリネットの背に手をまわし、抱き上げると自分の膝に横向きに乗せた。顔を上げればすぐにラウルの顔がある。


「大変だったな。それなのに、俺の変な呪いにつきあってくれて、ありがとう」

「いえ。それは、まぁ。でも、魔法師としては、何がなんでもこの呪いを解いてやるという思いもありますし。だけど、最初はちょっと面倒なことに巻き込まれたと思いましたけど」

「最初は? ってことは、今はどう思っているんだ?」


 ラウルの耳たぶが少しだけ赤い。葡萄酒の匂いが二人を包み込む。

 リネットの胸はとくとくと高鳴っていた。


「今は……さっきも言ったように幸せです。私のお世話をこんなにしてくれる人、今までいなかったので」

「俺も、これほどまで世話の焼ける人間を今まで見たことがない」


 その言葉がリネットの心に引っかかった。


「私よりも世話の焼ける人間が現れたら、団長さんはその人のお世話をするんですか?」


 リネットは、自分でも気づかぬうちに語尾を荒らげていたらしい。

 なんのことだ? とラウルは眉間にしわを寄せる。


「最近。団長さんが女性の間で人気らしいです。尽くす系って言われているみたいですよ。今までウザいウザいと言っていた人たちが、団長さんにお世話されたいって」


 ふん、とラウルは鼻で笑う。

 そしてつまみのナッツを一つ摘まみ、リネットの口の前に差し出した。


 リネットは条件反射的に口を開けて、それを食べる。


「俺が世話を焼きたいのは、リネットだけだな。君は目を離すとどこかにいなくなってしまいそうで怖い。それに、君がいなくなった俺も生きていけない」

「それは、呪いのせいですよね。呪いがかかっているから……」


 う~ん、とラウルも唸る。


「まぁ。その呪いのせいで君が俺の運命を握っているというのもあるが。まぁ、あれだ」


 耳を赤くするラウルは、右手の人差し指でぽりぽりと頬をかいた。


「あの呪いで苦しんでいたとき、君に解呪方法がないと言われ、絶望に堕とされた。だが、すぐに症状を緩和する方法があると聞いて希望が持てた。それが毎朝キスをすることだとわかり……。だから俺は、相手に君を選んだ」

「あの場だから、仕方なく私を選んだのではなく?」

「あの場だから都合がよかったんだろうな」


 ラウルはグラスに手を伸ばして、二口ほど葡萄酒を飲んだ。ゴクリゴクリと喉が上下する。


「君が言ったように、プロを頼る方法もあっただろう。だが、信頼できる相手かと問われれば、それはわからない。向こうだって、俺がキスをしないと生きていけない身体だと知ったら、金額をつりあげてくるかもしれないだろ?」


 なるほど、とリネットは心の中で手を打った。商売人だからこそ、中には金に釣られてラウルの命を弄ぶ者も出てくるかもしれない。


 ふざけたように見える呪いだが、症状緩和の相手に求められるのは信頼なのだ。


「選択肢が選択肢になっていないあの場でよかった。だから俺は堂々と君を指名できたわけだ」

「消去法からいってもそれが無難です」

「でも俺は、毎朝キスをするならリネット、君が良いと思った。俺だって独身の健全たる男だ。かわいい女の子とキスができるなら嬉しい」


 なんとも正直な男だ。毎朝女性とキスをするのが嬉しいらしい。だがその前の「かわいい女の子」というくだりが、リネットには気になった。


「かわいい女の子ですか?」

「あぁ。リネットはかわいい。特に寝顔がかわいいな」

「ちょっと、そういうことを言わないでください」


 リネットをかわいいと言っていたのは、スサ小国の家族くらいだ。あそこを離れてからは言われたことがない。


 アルヴィスにいたっては、容姿をけなすことがあっても褒めることは一度もなかった。ただリネットが初々しく嫌がり、苦痛にゆがめる表情を見て喜んでいただけ。


「リネットが正直に気持ちを伝えてくれたから、俺も正直に話す。そうでなければフェアではない」


 そういうところがラウルらしい。


「だから俺は、かわいい女の子とキスできてラッキーだと思っていたのに、君の実態はひどかった」

「ひどいってひどいです。まぁ、団長さんとお会いしたときは、ひどい生活でしたけど」


 それはリネットにだって自覚はある。


「そうだな。だからあのまま君を放っておけば、いずれ身体を壊すだろうと思って、君を引き取った」

「私を捨て猫かなにかと勘違いしてませんか?」

「猫のようにかわいいと思うときもあるが、リネットはリネットだな。とにかく、目が離せない。だから俺がこうやって世話を焼くのは君だけだ」


 ラウルはまた、リネットにナッツを食べさせる。それによって少しだけ咽せたリネットが葡萄酒で潤そうとすれば、すかさずラウルがグラスを手にしてリネットの口元に近づける。

 一口だけ飲んだ。


「これ、美味しいですよね。顔がぽかぽかしてきました」


 へへっとリネットは笑う。


「団長さん、団長さん」


 言いたいことを言ったせいか、リネットは気分もよかった。


「なんだ?」

「団長さんは私だから世話を焼いてくれるんですか? 私だからキスの相手に選んでくれたんですか?」


 ラウルは少しだけ悩む素振りを見せてから答える。


「まあ、そういうことになるな」

「つまりそれって、私のことが好きってことですか?」


 ふごっと変な声がラウルから聞こえた。


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