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第五章(1)

「あ~。それはラウルさんも怒りますね」


 昼休憩の時間、リネットはシーナを昼食に誘った。相談したいことがあると言えば、彼女は快く応じてくれた。


 第七騎士団付きの文官の彼女は、騎士団宛ての書類を受け入れ、仕分け、運び、管理するのが仕事だ。

 魔法師も騎士も国によって管理されている人間だから、どちらも王城と同じ敷地内に建物があり、歩いて行き来できるのだが、リネットは騎士団の建物に足を運んだことがほとんどなかった。


 今日も図書館の地下書庫で呪いについてひたすら資料を読み込んでいたら、ラウルが昼食の時間だと呼びにきた。


 しかし今朝、彼からこっぴどく叱られたリネットは気まずい思いをしており「シーナさんと約束していました」と言って、ラウルを追い返した。


 実のところ、シーナと昼食の約束なんて、これっぽっちもしていない。


 だがラウルにそう言った手前、シーナと一緒に昼ご飯を食べようと思ったのだ。シーナがいないことも考えられたが、そのときはそのとき。ラウルに対しての言い訳なんて、なんでもいい。

 そう思って彼女を昼食に誘いにいったら、快く応じてくれた。


「どうせなら外の店に食べにいきましょう」というシーナの提案で、二人は今、とろけるようなお肉のスープを口に運んでいる。


 この店はラウルも連れてきてくれた煮込み料理の美味しいというあの店だ。さらに全室個室という贅沢な店でもある。


 そこでリネットは、今朝の出来事をシーナに相談したわけだ。

 ラウルの身体を少しでも楽にしてあげたくて、手伝いを申し出たら大目玉をくらったと。


「ですが、団長さんは大変なことになっていたわけで……」


 リネットはぱくりとスプーンを咥える。


「ん~。だけど自然現象みたいなものですよね? 放っておけば落ち着くのではないでしょうか?」


 そう言ったシーナは、パンにたっぷりとバターを塗った。


「でも、処理したほうが楽になりますよね? 団長さん、辛そうだったからお手伝いしようと思ったのに……」

「リネットさんはそういう気持ちだったのかもしれませんが、ラウルさんはやはり恥ずかしかったのではありませんか?」

「恥ずかしい? 気持ちいいの間違いではなく?」


 シーナは返事に困ったのか、ゆっくりと目を瞬く。


「リネットさんは、ラウルさんのことをどう思っているんですか?」


 どうと聞かれても、変な呪いにかかってしまったかわいそうな人。そして事細かにリネットの世話を焼くウザい男。だけど、リネットを何かと気にかけてくれ、不自由ないようにと動いてくれる。それをウザいと言うのかもしれないが、リネットはそのウザさが嫌ではない。むしろ、最近では心がくすぐったくなるくらい、嬉しかったりもする。


 それをどのようにシーナに伝えたらいいのかわからず、言葉が出てこなかった。


「あ~う~」

「わかりました」


 変な声を出すリネットに苦笑したシーナは、ずばっと尋ねた。


「ラウルさんのことが好きなんですよね?」


 そう言われると、リネットにはよくわからない。彼の呪いの症状を緩和させるために側にいるだけだから。

 リネットが答えられずにいると、シーナがさらに言葉を続ける。


「でも、二人はまだ付き合い始めたばかりですから。ラウルさんはそういうことを時間をかけてというか、もう少し心を重ねてから愛し合いたいと思ったのではないでしょうか?」

「心を重ねる? 愛し合う?」


 頷いたシーナは、バターたっぷりのパンを口の中に放り込んだ。


 リネットはもう一口スープを飲み、パンをちぎる。

 愛し合うとはどういうことか。男の欲のはけ口のために、女は身体を差し出すのではないのか。


 シーナの言葉は少し難しく、リネットには理解しきれなかった。


「実は、リネットさんに誘われる前に、ラウルさんが来たんです」

「そうなんですか?」

「そうですよ。だって、お付き合い始めてから毎日、二人は一緒に食堂でお昼ご飯を食べていますよね? 最初は珍しがられたけど、今ではすっかり食堂でのおなじみの光景。微笑ましいという話です。つまり、ラウルさんは、リネットさんが私と昼食の約束を本当にしているのかどうか、を確認しに来たんです」


 んぐぅ、とリネットはパンを喉に詰まらせそうになった。


「ですから、ほら。これは何かあるなと思いまして、約束していましたって答えておきました。その後、リネットさんから誘いがあったから、もしかして喧嘩でもしたのかなって」

「喧嘩というよりは気まずいだけです。たっぷりと叱られたので……」


 リネットはバツが悪そうに肩をすくめる。


「リネットさんはラウルさんを楽にさせたかった。だけどラウルさんはリネットさんを大事にしたかった。ただそれだけなのではありませんか?」

「大事にしたい?」

「はい。むしろ今、とても大事にしていると思います。気まずいとは思いますが、きちんと話し合ったほうがいいですよ。そうしないと、兄さんのように……って。あ。とにかく、まだ付き合い始めたばかりですから、二人の関係は土台がしっかりしていません。些細なところから崩れていきます。それに最近、ラウルさんの評判もあがっているようでして……」


 もともと美丈夫な彼だ。ただ世話焼きがいきすぎて、今までは恋人同士の関係に至らなかったらしいが。


「食堂でリネットさんがラウルさんに甘える姿がうらやましいといいますか。尽くす系っていうんですかね? 今までさんざんラウルさんのことをウザいウザいって言っていた人たちが、そんなことを言い始めているようです」


 それを聞いたリネットは、心の中にもやっとした気持ちが湧いた。

 そのウザさが彼のいいところで、最初に受け入れたのはリネットだというのに。


「そんな不安そうな顔をしないでください。ラウルさんはリネットさんに夢中だと思います。そうでなかったら、わざわざ私に昼食の約束を確認しに来ないですよ。リネットさんと約束していたかどうかなんて」


 くすりと笑ったシーナは、オレンジジュースを一口飲む。


 ラウルがリネットを気にするのは、リネットがラウルの運命を握っているからだ。リネットがラウルの前から姿を消せば、彼は苦しんだ末に息絶える。


 だからラウルがリネットの側にいて、大事に扱って、離れないようにしているだけ。

 わかっているはずなのに、考えれば考えるほど、胸の奥がずきずきと痛む。


 ラウルと一緒にいると、リネットはおかしくなる。あれほど切望していたずぼら生活。さっさとラウルと離れて好き勝手に過ごそうと思っているのに、それを想像するとどこか寂しいと感じてしまうのだ。

 ましてラウルが他の女性と一緒に食事をしたり何したりを想像すれば、喉の奥もツンとする。


 少しでも気を抜けば涙がこぼれそうだった。これは身体を痛めつけられての涙ではない。となれば、どんな涙なのか。なんで涙が出てくるのか。

 そんな気持ちを誤魔化すように、リネットはスープを飲んだ。だがそれは、先ほどよりも塩辛い味がした。


 食事を終えた二人は、それぞれ午後の仕事へと戻っていく。


 再び地下書庫へとやってきたリネットだが、なぜか頭が痛かった。

 頭が痛すぎて集中できず、今日は地下書庫での調べ物をあきらめた。

 そのまま研究室に顔を出し、頭痛が酷いから帰るとだけ伝える。


「リネットが頭痛? もしかして知恵熱?」


 いつものようにエドガーが茶化してきたが、それすら受け答えするのが面倒だった。


「治療室によって、薬を飲んでいったら?」


 女性魔法師の言葉に甘え、治療室で痛み止めの薬を飲んでから帰った。


 ラウルの部屋に入るなり、そのまま大きなベッドに倒れ込む。彼の匂いがするベッドだ。彼の身体に包まれているような、そんな気持ちになって、リネットはすとんと眠りに落ちた。


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