第三章(5)
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リネットを一日かまって、彼女という人となりがなんとなくつかめたような気がする。
とにかく覇気がない。流されて生きているような、むしろ生きることに投げやりになっているような、そんな印象を受けた。
まず人の目を気にしない寝間着。あれは駄目だろう。ラウルが同じ部屋にいるのだ。昨夜はできるだけ気にしないように視線を背けていたが、これが毎日となればいろいろ問題がある。呪いなのか本能なのか、わからなくなる。
彼女との昼食を終え、どうしたものかと書類片手に悩んでいたら、第七騎士団付きの侍女が遠慮がちに部屋に入ってきた。どうやら洗濯メイドから報告を受けたとのことで、リネットに関する内容だった。まして下着の話となれば、本当にどうすればよいのか。
「ハリー団長の恋人は、まともな下着を持っていないと、そんな噂が立ってしまいます……」
侍女が遠慮がちに口にする。
ヒースが言ったように、リネットとの仲は周知されつつあるようだ。
その結果、そんな弊害があるとは。
つまり恋人同士になったら、相手の身だしなみにも気を配る必要があると、侍女はそう言いたげだった。
寝間着の件といい、リネットに対して悩むことが多すぎて、あまりにも悩んでいたら、彼女の無頓着さに怒りがじわじわと込み上げてきた。
ラウルがやんわりと言ったところで彼女は「疲れました」「面倒くさいです」「動きたくありません」と言い出すに違いない。となれば、必要な物はこちらで準備してしまえばいい。
と、そこまで考えたのはよかった。問題があるとすれば、ラウルが男性でリネットが女性ということだろう。やはり異性の寝間着や下着を買うのはいかがなものかと、また悩み始める。あまりにも悩んでいたら、ヒースが見かねて声をかけてきた。
「団長。さっきから何を悩んでいるんですか? まぁ、悩んでしまうのもわかりますが……」
ヒースの視線は、ラウルの股間に向いていた。
「今のところ、そこは問題ない。むしろリネットが問題だ……」
「リネットさんですか? まぁ、団長の恋人という噂が広まっていますね」
そこでラウルは侍女から言われた内容をヒースにも伝えた。
「へぇ? 意外とずぼら……ではなく、面倒くさがり屋さんなんですね。ほわほわしているイメージはありましたが。あ、もしかしてあれですかね? 物を大事にする人」
ヒースのその発想はなかった。物を大事にする性格ならば、寝間着や下着も着られるうちは着ようと思うだろう。
「そうかもしれないが……あれは駄目だ。一緒にいるのに目のやり場に困るような格好をされるのは、いろいろと困る」
その言葉でヒースは再びラウルの股間に目を向ける。
「団長がリネットさんと一緒になりたいという気持ちがあるなら、止めませんが。後悔されるような行動は慎んでください」
いったい、ヒースはなんの心配をしているのだろう。
「とにかく、ヒース。リネットの服を揃えたい。彼女のことだから『面倒くさい』と言うのが目に見えている。となれば、俺が買って渡せばいいのではないかと思ったわけだ」
なるほど、とヒースはポンと手を叩く。
「最近、流行っているらしいですよ?」
「何がだ?」
「だから、恋人に寝間着を送るのが。自分が選んだものを着てもらいたいという欲求? そしてそれに包まれて眠っている彼女がかわいい、とか」
「なんだ、それは」
そんな話、ラウルは聞いたことがない。そもそも、婚約者も恋人もいないラウルであるため、そういった色恋沙汰の話が届かない。周囲がラウルに気を使っているのかなんなのか。
だからヒースの言う、恋人に寝間着を送るのが流行りだなんて知らなかった。
「わかった。では、寝間着は巡回のついでに買ってくる」
「あ、でしたらこの店が……」
ヒースがおすすめの店まで教えてきてくれたため、その好意に甘えることにした。
「ですが、下着は……妹にでも頼みます?」
ヒースには二歳年下の妹がいる。
「いやぁ、妹も、団長とリネットさんの噂を聞いて喜んでいましたからね。頼めば、楽しんで協力してくれるかと」
「では、頼む」
時計を確認すれば、街の見回りの時間になっていた。
ラウルは毎日、街中を歩いている。そうやって、街や人々の様子を確認しているのだ。書類仕事が多くなってしまったため、気分転換に身体を動かしているともいう。
留守をヒースに任せて、ラウルは外に出た。
街はいつもと変わらない。広場にある噴水前では、道化師がくるくるとボールをまわしていた。石畳の広場に子供たちの笑い声が響き、露店の呼び込みも合間に聞こえる。
「お、団長さん」
ラウルの姿を見つけた露店の男が、気さくに声をかけてきた。もはや彼は情報提供者だといっても過言ではないほど。
変わったことはないか、怪しい者を見なかったか、そんな話をする。
ラウルは王都の中心街を一時間ほどかけて歩く。昼間の日差しは、動けば汗ばむ程度。そこに心地よい風が吹き、ラウルは目を細める。人々の喧騒が風に乗って聞こえ、心がほっとやわらぐ。
しかし路地裏を静かに歩けば、家を失った者たちがひっそり息をしていた。彼らが動くのは太陽が沈んでから。ひと目のつかない時間帯だ。だが、見慣れぬ者、まして物がそこに紛れていないか、しっかり確認する。
以前、そうした難民らに混じって、近隣国の間諜が紛れ込んでいたという話もあったからだ。
ここ数年は、そういったことも落ち着いていた。
いつもと同じように街の様子を確認してから、ヒースにすすめられた店へと足を向けた。
カランコロンとドアベルが明るく響き、店の奥から女性店員が笑顔で出てきた。棚には色とりどりの布地が並び、柔らかな光が店内を明るく満たす。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しですか?」
並べられた品は、女性向けばかり。そこに男性が客として入ってきたのだから、店員も察するところがあるのだろう。ましてヒースが言うようにそういった流行があればなおのこと。
ラウルは恋人に寝間着をプレゼントしたいと、はっきり伝えた。すると女性店員は嬉しそうに顔をほころばせる。
「近頃、そういったお客様が多いんですよ」
となれば、やはりヒースの言っていた流行はあながち嘘でもなかったようだ。信頼できる部下だが、ときどきラウルの反応を見て楽しんでいるところがあるので、半信半疑のところはあった。
「どのような恋人さんですか?」
そう言って女性店員は、ラウルからいろいろと話を聞き出し、一枚の寝間着を選んでくれた。薄いピンクの布地で、可憐な花を思わせるようなデザインのものだ。
リネットは、眠っている姿はかわいらしい女性である。ただ、起きてからの行動が酷い。
なによりも食べない、動かないとボロボロなのだ。そこにおかしな睡眠時間が加わる。
それでも魔法師としての誇りはあるようで、ラウルの呪いに付き合ってくれている。むしろ、魔法師以外の生活がどうでもいいように受け取れる危うい人間でもあった。
だから彼女から目が離せない。
リネットがいなくなったら、ラウルは呪いに侵されて死んでしまう。そのため彼女はラウルにとっては必要な存在。だから気にかけてしまうのだろうと自分で思っていたのだが、どうやらそれだけが理由ではないようだ。
呪い云々関係なく、リネットが気になって仕方ない。その結果、昨日、彼女と一緒に暮らすことを思わずブリタに言ってしまったのだ。
この気持ちに名前をつけるのであれば、贖罪が近いだろう。
ラウルも意外と過去を引きずるタイプらしい。自分の罪をリネットの世話をすることで赦してもらおうとしている。あのとき、この腕からこぼれていく命の感覚は、二度と味わいたくない。
さて、お目当ての寝間着を購入したものの、これをどうやって彼女に渡そうか思い悩んだ。昼過ぎから悩んでばかりである。
今朝は帽子を渡した。この帽子は昨日、露店で見かけてリネットに似合うだろうなと、そう思って買ったもの。
だが寝間着は帽子とは違う。渡すタイミングがわからない。悩んだ末、風呂の準備をするついでに、彼女の洗濯物の籠にそっと置いた。そしてバスタブには、女性店員がサービスで渡してくれたバスフラワーを浮かべる。これはラウルには特別必要のないものだが、彼女であれば喜んでくれるだろう。
真新しい薄いピンクの寝間着に包まれたリネットは、愛らしかった。思わず全身を舐めるように見入ってしまったが、彼女に声をかけられ焦ってしまう。それらしい言い訳をしてみたが、誤魔化しきれたかどうかはわからない。
それにラウル自ら寝間着を買いにいった事実を伝えれば、驚いたようだ。だが、今はリネットと恋人同士という設定になっているのであれば、ヒースの言葉を借りて、流行りに乗ったと説明すればいい。
だが、それを言い終えるや否や、ラウルは浴室に逃げた。




