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第8話 毒殺(中編)




 さて……これからどうしたものか。


 とりあえず園芸部の部室へと向かってみた。とは言っても、僕以外の部員は1人しかいないらしく、今まで会ったこともない。いわゆる幽霊部員というやつで3年生の先輩だという情報しか顧問の叔母からは聞いていない。


 先輩へこんな手紙を出すのは申し訳ないけど、背に腹はかえられず、部室に1通置かせてもらった。もしものことがあったとしても幽霊に呪いは通用しないだろうと、謎の言い訳も用意しておいた。


 これで残り3通だけど、もう既に八方塞がりだった。こんな手紙が嘘っぱちなのは当然分かっているけど、何せなんでもありなあの人のやる事だから、念には念を入れるくらいが丁度いい。それに、なんだかゲームみたいだと、楽しんでいる自分もいた。


 次はどこへ向かおうかと、廊下をうろうろとしていると背後から少し間の抜けた高い声で名前を呼ばれる。

 

「あ、花守くんこんなところにいたぁ~」


「え……?」

 

 この学園で僕に話しかけてくる女性は、せいぜい命を狙う冬月さんか伯母くらいのものだったから、彼女達以外の声で呼びかけられたことに驚いてしまい、おろおろと振り返った。


 少し聞き覚えのあるその声の主は、千秋の今カノであり冬月さんの宿敵でもある巨乳天然ギャル――平 杏(たいらあん)だった。

 

「な、なにか僕に用かな……?」


「ちょっとねぇ、探してたの……花守くんのこと」


 一体何の用なのだろう。僕は彼女と同じクラスだった去年も、一度も話をした覚えはなく、恐らくこれが初めての会話だった。

 

「そ、それで用って何かな……?」


「え、なんか警戒してる? ホントは去年も話してみたかったんだけど、花守くん話しかけるなって言ってたから遠慮してたんだぁ。ほらわたし都会に興味あるから色々教えてほしくて……」


「そ、そうなんだ……僕に答えられることで良ければ……」


「ホントー!? よかったぁ!」


 そう言って笑顔で距離を詰めてきた平さんは僕の両手を握り目を合わせてくる。冬月さん程ではないにしてもそこそこ可愛い女子からそんなことをされてしまっては、僕は動揺を隠せない。


 そしてふと我に返る――もしもこんなところを冬月さんに見られてしまったら、彼女は現在かろうじて保っている理性を完全に崩壊させて、僕達をこの場で殺害しかねない。最悪の場合、無関係な生徒まで巻き込まれる可能性だって考えられる。

 

「た、平さん! 場所を変えてもいいかな?」


「うん、いいよ。どこ行くの?」


 

 日課である花のお世話もしたかったから、僕達は屋上へと場所を移した。じょうろで花に水をやっていると、平さんは物珍しそうに前のめりになって花壇を眺める。

 

「これ、全部花守くんが育てたの?」


「うん……花、好きだから」


「そっかぁ……さすがはお花屋さんだね」


「な、なんで知ってるの?」


「わたしんちも商店街の中にあるんだよ? フラワーはなもりの、隣の隣のお肉屋さん」


「え……ご近所さんだったんだね、ごめん、全然知らなかった」


 その事実よりも僕は、平さんが前のめりになったことで更に巨大に膨れ上がって見える彼女の双丘に目を奪われていた。流石はお肉屋さんだ……お肉屋のご主人、娘さんは大変ご立派に成長しています。


「わたし、花守くんはもっと怖い人なのかと思ってた」


「カンジ悪かったよね、初日であんなこと言っちゃったら……」


「うん……でも仕方ないよ。詳しくは知らないけど、花守くんは向こうで辛いことがあったって、わたしのお父さんが言ってた……」


「そっか……こんなに小さな世界じゃ、やっぱり知ってる人もいるんだね……」


 僕の顔がよほど沈んで見えたのか、平さんは空気を変えようとわざとらしく明るく振舞う。

「で、でも最近は花守くん、なんか前より元気になったよね! よく冬月さんと楽しそうに笑って話してるって噂聞くし……」


 たぶんその笑顔のほとんどが冬月さんへ向ける愛想笑いだと思うけれど、僕の噂をする人間がいたことに驚いた。それもこれも、きっと目立つ冬月さんへ視線を向けると僕がたまたま視界に入っただけなんだろうけど……それでも少し、ほんの少しだけ、嬉しいと思ってしまった。


「それで……僕に聞きたいことって?」


 平さんはこの町から都内への一番安い交通機関についてや、芸能人に会える確率の高い場所など、よくある質問を僕へ投げかけた。ネットで調べればすぐに分かるようなそれらの質問に淡々と答えていくと、彼女は満足したようだった。

 

「そっかぁ……やっぱり憧れちゃうなぁ……」


「平さんは進学志望?」


「うん。今のところは他にやりたいこともないから、進路希望にはそう書いてる」


「だったらこの町を飛び出してみるのもいいかもね……ここじゃ人より木の方が多いくらいだけど、あっちではそれ以上に人がいて、目まぐるしいくらいだよ」


「でもそうなったら……マルちゃんとは離れ離れになっちゃうなぁ……」


 屋上から外の景色を見つめる平さんは、緩く握った手を頬に当てて物寂しそうな横顔で、若干癖のある赤毛を風に揺らしていた。

 

「そうだよね……自分の気持ちだけじゃどうにもならないことだってあるよね……ごめん無責任なこと言っちゃって」


「ううん……ありがとう花守くん。考えてみる……」



「昼休みも終わっちゃうね。そろそろ戻らないと」


「あ、忘れてた。花守くん、はい……これお礼」


 平さんは透明なラッピング袋に入れられたアップルパイを僕に手渡してきた。


「え……」


「1時間目の調理実習で作ったの。見た目はちょっとブサイクだけど、味は美味しかったから良かったら食べて?」


 僕は昼食を食べるのも忘れて歩き回っていたから、それを受け取るとお腹から情けない音を鳴らしてしまった。


「ハハハ、お腹空いてたなら丁度よかった! ねぇ食べて食べて!」


「じゃ、じゃあ遠慮なくいただきます……」


 袋を開けると、毒を盛られていないか疑ってしまう自分がいた。でもまさかあの冬月さんが目的達成の為と言えど、復讐相手である平さんを利用するなんて考えられない。僕が見てきた冬月雪乃という人物像を思い返せば、このアップルパイは安全だ。彼女の信念と平さんの無垢な笑顔を信じて、僕はそれに齧り付いた。善意の中に潜んだ悪意が、僕を襲うことなど知らずに。


 ――食べ終わると同時に、激しい吐き気と焼けるような胃の痛みに襲われ、僕は悶えながら気を失った。


 

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