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学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで  作者: 野谷 海
第4章 ヤンデレヒロイン

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第47話 おためし(中編)





「う、うん……どうぞ……」


 布団をめくり奥へ詰めると、遠慮がちに空いたスペースに潜り込む雪乃。


 このベッドが大きくて助かった。僕がいつも寝ている布団だったら、間違いなく体が触れ合ってしまう。


 これもきっと、試されているのだろう。


 顔を合わせるのは気が引けて、背中合わせで横になる。


「ふ……雪乃が寂しいだなんて、珍しいね」


「私は本来、寂しがりやよ。知らなかった?」


「そ、そうだったんだ……」


「だから……私と本当に交際を始めたいのなら、少しでも放っておかれたら、拗ねちゃうから……」


「わ、分かった……」


 そんな雪乃も見てみたいと、思ってしまう。


「あと、たとえ会えない日でもメールは毎日必ず最低でも朝昼晩に送ってくれないと嫌。それから記念日や誕生日は毎回、大切にしてほしい。サプライズとか手の込んだことはしなくてもいいけれど、お互いの顔を見て一緒に……お祝いがしたい……」


「うん、もちろん……特別な日には必ず、お花をプレゼントするよ」


「素敵……今のは花守君には珍しく加点ポイントね……」


「あ、今花守君って言ったよ?」


「ご、ごめんなさい春人……」


 こんな話をしていると、いつの間にか夢の中へと落ちていった。



 翌朝、朝食を済ませると、僕たちはサイクリングへと繰り出す。


 田んぼや木々の緑が美しい田舎の風景を自転車で疾走するのは、すこぶる気持ちが高揚した。風が心地よく、前を走る雪乃のツインテールがヒラヒラと舞っていて、それを追いかけるように、ひたすらにペダルを漕いだ。


 やってきたのは、とある牧場。牛やポニー、ウサギやヤギなどの動物と触れ合える、開放的なファミリースポットだった。


「どうして牧場なの? 雪乃って動物好きだったっけ?」


「昔、母とここへ来たことがあったから、春人とも一緒に来てみたかったのだけど、不満だったかしら……?」


 不安げな視線を送る彼女を見て、僕は慌ててフォローに入る。


「た、ただ気になっただけで……そんなことない、楽しみだよ!」


「良かった。じゃあ、行きましょう?」


 一転して、満開の笑顔を浮かべていた。これが作り笑顔でないことを、切に願う。


 動物と触れ合う雪乃は、幼い少女のように可愛らしく愛らしい。僕はこの素晴らしい瞬間を少しでも残そうと、いたるところでカメラのシャッターを押した。


 それを目撃した雪乃は横目で尋ねる。


「そんなに撮ってどうするの? まさかイヤらしいことに使ったりしないでしょうね?」


「そんなのには使わないよ!」


「じゃあなぜ撮っているの?」


「それは……思い出、だから……」


「それなら、私だけ撮っても意味ないじゃない。貸して?」


 雪乃は僕のスマホに手を伸ばすと、設定をインカメにして、顔を近づける。


「雪乃ってあんまりこういうイメージなかったけど、なんか慣れてるね……」


「私だってあんなことになる前はそれなりに一般的な女子高生をやっていたのだから、これくらい普通よ」


「そっか……慣れてないのは僕だけか……」


 僕がため息を溢すと、雪乃は恥じらいながら呟いた。


「一緒にたくさん……初めてを経験していけばいいじゃない……」


 嬉しさと興奮で我を忘れた僕は咄嗟に、少し大胆になる。


「ねぇ……肩抱いても、いい……かな?」


「そ、それくらいなら……でも、写真を撮り終わるまでよ……?」


「うん……」


 僕らが初めて一緒に映ったツーショット写真は、2人とも顔が赤くなり過ぎて、現代技術でいくら加工をしても誤魔化せない程だった。



 ほてった体を少しでも冷やしたくて、牧場名物のアイスを食べることに。


 搾りたての新鮮な牛乳を使用したソフトクリームは、予想よりも大きかったから2人で半分こしようと雪乃から提案してくる。


「雪乃が先に食べていいよ? 僕は残りで構わないから」


「それだと溶けちゃうじゃない。順番に食べましょう?」


「で、でもそれだと……」


 無限間接キス……そんな事を考えてしまったけれど、口には出さなかった。


「あなたは覚えていないかもしれないけれど、私たち、とっくに濃厚なのを何度も交わしているのだから、私は今更そんなこと気にしないわよ」


 僕の心はいとも簡単に読まれていた。


「はい、先にひと口食べて?」


 くるんと丸まったソフトクリームの先端が向けられる。僕がそれに口をつけようとすると、雪乃は突然手首を捻って口の横にベタっとひんやりした感触が纏わりついた。


「な、なにすんのさ!」


「一度やってみたかったの……」


 フフフと笑う雪乃は、僕の口の周りについたクリームを指でなぞると、それをペロリと舐める。


「ちょ、ちょっと……」


「ここまでセットでやってみたかったの……これすごく美味しい……」


 僕は口の周りに残ったクリームを、ベロで舐めとる。


「ホントだ。美味しいや」


 こんな本当のカップルみたいなことを続けていたら、僕はとうとう勘違いをしてしまいそうだ。彼女は僕のこと、どう思っているのだろう。ゴールまではあとどのくらいなんだろう。まだ見えないその地点を、もどかしくも、恋しく思う。



 牧場を後にした僕らは、また自転車で駆け出した。


 今度は、行きよりもゆっくりと。


 たわいもないことを話しながら並走していると、雪乃は見渡す限りに田んぼが並ぶ道のど真ん中で、突然ブレーキをかけた。


「どうしたの?」


「ちょっと休憩しましょう?」


「こんな何もないところで?」


「何もないからいいの。さっき牧場の売店で懐かしいもの見つけたから」


 そう言った雪乃がおもむろに鞄から取り出したのは、子供が遊ぶシャボン玉セットだった。


「ホントだ、懐かしいね」


「でしょう? ここで飛ばしたら、きっと綺麗よ」


 早速封を開け、僕らは小さな子供に戻ったようにシャボン玉を飛ばした。


 ふわふわとした泡が、一気に舞い上がって、次々消えて、また舞い上がる。


 この美しい風景には、シャボン玉の値段以上の価値があると思わされた。


「綺麗だね……」


「この儚さがいいのよね……」


「子供の頃はそんなこと思わなかったけど、大人になって改めて気付くことって、他にも沢山あるのかな?」


「それは、大人になったら分かるんじゃない?」


「そうだね。また今度、シャボン玉飛ばそうね」


「ええ……」



 大人になったら……彼女がこの言葉を当たり前に使えるようになった今、僕は一歩、前に進んだ気がしていた。

 

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