番外編 和島学園七不思議 File7
七不思議を調査しに深夜の学校へと忍び込んだ僕ら園芸部の現在の収穫は、たった1台のスマホのみ。
屋上で休憩を挟むと、時計はすでに深夜1時を回っていた。
「冬月さん、次はどこを調査するの? 僕ちょっと疲れてきたんだけど……」
「あんな恥ずかしい熱弁をしたら、それは疲れもするわよね」
「はぁ……茶化さないでよ」
でも、不思議と後悔はしていなかった。ああでも言わないと優しい飛鳥先輩のことだ、きっと無茶をしていたに違いない。
「最初はちょっと怖かったけど、春人が私のことを大切だって言ってくれてすごく嬉しかった。これが言葉責めってやつなのね……」
すっかり普段通りに戻った先輩は、いつもの勘違いを始めて顔を赤く染めていた。
重い腰を上げて、校舎の中へ戻る。屋上の鍵を閉めていると、夏樹ちゃんが浮かない様子でトコトコと近付いてきた。
「春人先輩……もしあたしがイジメられたら、助けてくれますか……?」
「え、もちろん、僕にできる事はするよ? って、夏樹ちゃんイジメられてるのっ!?」
「あたしのこと、心配ですか……?」
「そりゃあ心配だよ!」
「ふふーん。まだイジメられてないですから安心して下さい!」
即座に上機嫌になったねむり姫は階段を1段飛ばしで下っていく。僕が「暗いし危ないよー?」と注意するも、浮ついた声で「大丈夫でーす!」と返ってくる。
やっぱり女の子って、何考えてるのか分かんないや。
次なる目的地は生物室。
其処は、生物教師である叔母の聖域だ。
人体模型が動き出すというのは、もしかすると叔母から逃げ出したい一心なのではないか、なんて、怪異にまで同情してしまう自分がいる。
それ程にうちの叔母――花守 楓は強烈かつ鮮烈なのだ。
叔母にはもちろんこの調査の事は伝えていない。今頃はいつも通り家でぐーすか寝ていることだろう。バレたら後々面倒だ。怒られるのではなく「なんで誘ってくれなかったんだ」とか言われそうだ。
そんなことを考えていると、3階にある生物室にはすぐに到着した。
冬月さんが顎で鍵を開けろと催促する。
「言われなくても分かってますよ」
「言ってないけど?」
「言葉のあやだよ!」
僕が鍵を探していると、夏樹ちゃんがズイッと身を乗り出す。
「春人先輩、ここはあたしが扉を開けますから!」
「え、いいの? ありがとう夏樹ちゃん」
冬月さんは「ハッ」と呆れたように嘲笑する。
「あなた、後輩にそんなこと頼むなんて恥ずかしくないのかしら?」
「ぐっ……」
「い、いいんです! 今回はあたしが開けるので春人先輩はあたしの肩に捕まってて下さい!」
夏樹ちゃんは扉に手をかけて、この役目を誰にも譲ろうとはしなかった。
「じゃ、じゃあ任せるね……空いたよ」
「いきます! ハイっ!」
掛け声と共に、扉が勢いよく開いた。
暗幕によって他教室よりも闇が深く、一寸先すら何も見えない。かろうじて、窓際に置かれた水槽が微量の光を放っている程度。それすら目をよく凝らさねば捉えきれない。
「これじゃ、もし模型が動いていたとしても見えないね」
「あ、ありました! こっちです!」
懐中電灯を持つ夏樹ちゃんがピョンピョンと跳ねた為、光が上下に揺れる。一瞬眩しくて目を背けてしまったけど、進むべき道が照らされているみたいだった。
僕らは人体模型の前に集合した。
「この模型、女の人ですかね?」
「夏樹ちゃん、どう見ても男だよこれ」
「え、でもちんちんついてないですよ?」
「た、確かにそうだけど、学校の人体模型にはついてないことが多いんじゃないかな……」
「そーなんですか……残念です……」
「もしかして夏樹ちゃん……それを確かめたくて一番乗りでこの教室に入ったの……?」
「仕方ないじゃないですか! だってあたし、お父さんの以外見たことないんですもん! それも超昔ですから、小学生の描いた落書きくらいの薄っすい記憶しかないんです!」
冬月さんは笑いを堪えながら言う。
「は、花守君、私は出ていくから、この際だし見せてあげれば……?」
「冗談やめてよ!」
「は、春人先輩のは、本番だけで十分です……」
「春人、私も興味があるのだけれど……」
夏樹ちゃんがこの時何を言っていたのか、飛鳥先輩の耳を疑うような発言と被ってよく聞こえなかった。
「もうダメだこの人たち! 早く次行きましょう!」
叔母がこの場に居なくて本当に良かった。もし居たら僕の小さい頃の写真を見せるだなんだ言いかねない。
僕は逃げるように生物室を飛び出した。




