番外編 和島学園七不思議 File2
「……やっぱり雰囲気あるわね……お昼とは全然違う場所みたい……」
そう呟いた飛鳥先輩はゴクリと生唾を呑む。
僕が深夜の学校へ来るのは、冬月さんとのあの一件以来だった。あの時はそれどころじゃなかったから恐怖を感じる暇もなかったけど、いざ改めて目の前にすると不気味で恐ろしい佇まいに身震いするのを隠せない。
「花守君、もしかしてビビってる?」
冬月さんは僕の不幸を喜ぶようにニヤリと不敵な笑みを向ける。
「分かってて聞かないでよそんなこと……」
「今日はあなたの更なる弱点を知れてとても気分がいいわ。だから今日のところはこれ以上いじめないでいてあげるから、せいぜい感謝しなさい?」
「一応、ありがとうと言っておくよ……でも七不思議だなんて、普段の冬月さんならバカバカしいって言いそうなのに、今回はなんでそんなに乗り気だったの?」
僕の問いかけに冬月さんは「……別に……あなたには関係ないでしょ……」と、言葉を濁し、はぐらかすように顔を背けた。
「じゃあ早速、中へ入ってみましょう!」
鼻息高々に先陣を切る夏樹ちゃんが校門を抜けて学園敷地内へと侵入する。ド派手なオレンジ色したジャージに身を包む彼女は手に懐中電灯を握り、上着のポケットからは何やら長細い紙がはみ出していた。
「夏樹ちゃん、その紙なに?」
「あ、これですか? 自家製の清めのお札です!」
得意満面な彼女が取り出した紙には大きく『悪霊退散』と、やけに達筆な筆文字で書かれていた。
「自家製って、ぬか漬けじゃないんだから……というか、それ本当に効果あるの?」
「やってみなきゃ分かんないじゃないですか! 春人先輩の分もありますから、もしもの時は使ってください!」
「もしもって……」
僕がそれを受け取ると、冬月さんの後ろに隠れて小さくなっていた飛鳥先輩がヒョコッと顔を出す。
「な、夏樹ちゃん……それ、私も貰っていいかしら……」
藁にもすがる思いとは、きっとこういうことを言うんだろう。
「もちろんです! ちゃんと4枚あるので冬月先輩もどうぞ!」
「あ、ありがとう……」
以前にも見たことのある白いワンピース姿の白雪姫は、それをポケットにしまう。
夏樹ちゃんには悪いけど、こんなものを冬月さんがお礼を言って受け取るだなんて、なんだかんだ冬月さんも夏樹ちゃんを大切に思っていると分かり、僕は少し嬉しくなる。
薄暗い道を花壇に沿って歩き、校舎の入口まで辿り着くと、みんなの緊張と高揚がより一層増しているのを感じた。
「じゃあ花守君、早速鍵を開けてちょうだい」
鍵を預かっているとはいえ、深夜に校舎へ忍び込むのは初めてだった僕は、どれが校舎入口の鍵なのか探すのに手間取っていた。
「冬月さん、ノリノリだけど、そんなに楽しい?」
「いいから早く開けなさいよこのノロマ」
「分かってるよ……あ、これだ」
カチャリと解錠に成功すると、夏樹ちゃんと冬月さんが左右の引き戸を同時に開く。下駄箱の奥に続く真っ暗闇の廊下が、僕の恐怖心を更に煽った。
ちょうどその時、着ていたシャツの裾を背後から誰かに掴まれた。僕が声も出せず驚いて振り向くと、そこにはギュッと目を瞑った飛鳥先輩が肩をすぼめて立ち尽くしていた。
なんというか、そう、あれだ。ギャップ萌えだった。
「飛鳥先輩……やっぱり無理してませんか?」
「ううん、大丈夫だけど……ねぇ春人、手、繋いでてくれないかしら……?」
まるで芸能人のお忍び風景のような装いの飛鳥先輩から放たれる甘えたような上目遣いは、まさに反則級だった……でもそんなご褒美、本当に良いのだろうか……なんて自問自答をしていると、突如間に飛び込んできた夏樹ちゃんが両手をバッテンさせながら叫ぶ。
「だ、ダメですよ飛鳥先輩! 頼りない春人先輩じゃなくて、あたしが繋いでてあげますから!」
「あ、ありがとう夏樹ちゃん……!」
安堵の表情を見せた飛鳥先輩とは反対に、とてつもなくもったいないことをしてしまったように思え、しかめっ面を浮かべる僕の顔が引き戸のガラスにうっすらと映っていた。




