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第4話 暗殺




 暗殺――それは政治的に影響力をもつ人間を、政治的、思想的立場の相違に基づく動機によって、非合法的かつ秘密裏に殺害することである。


 それを遂行する為に昔からよくセットで用いられるのが、ハニートラップ。男は皆、美女の誘惑には弱いのだと、歴史が証明していると言っていい。もしかすると、例えそれが罠だと分かっていても、信じてみたくなるのが男の(さが)なのかもしれない。


「花守君、今日の放課後は暇?」


「特に予定はないけど……」


「じゃあ、私の家に来て……」


 僕と彼女の交友関係が、もしもこーゆう(命を狙われる)関係じゃなかったら手放しで喜べるイベントだったのだろうけれど、今のままではそうもいかない。


「な、何を企んでいるのかな……?」


「失礼ね。昨日、父の知り合いの猟師さんが捕った大きな猪をお裾分けして貰ったの。とても2人じゃ食べきれないから友人を連れてこいって父が……」


「へ、へぇ……猪ですか……」


「嫌いだった?」


「食べたことないから分からない……かな」


「なら丁度いいわね。夕食は18時だから、それまでに(うち)へ来てちょうだい」


 ……まぁでも、わざわざ自宅に招いた人を殺せば自分が犯人だと言っているようなものだから、今日は本当にただお呼ばれしただけかもしれないと、淡い期待をしていた。


 

 冬月邸はこの町で一番の豪邸だからドレスコード的なことを考え、あえて制服のままお邪魔することにした。そのお屋敷は真っ白な洋風の外観で、入り口に入るまでに大きな門があり、そこのインターホンを鳴らすとお手伝いさんが家の中まで案内してくれた。


 中へ入ると、私服姿の冬月さんが迎えてくれる。清潔感が際立つ白のワンピースが、これまたとてつもなく似合っていた。

「いらっしゃい……夕食の予定が19時に遅れたようだから、それまで私の部屋で待っていましょう?」


 彼女に言われるがまま、学校の教室くらいある大きさの可愛らしい部屋へ入ると、どこか違和感を感じる。

「なんか、少し焦げ臭くない?」


「きっと厨房でシェフが猪を燻しているのね。それに部屋ではいつもお香を焚いているから」


「そ、そうなんだ……」


「私、お茶を淹れてくるわ。適当に座って待っていて……」


 冬月さんが部屋を出ていくと、やっぱり違和感の原因はこの部屋にあると確信する。何かが燃えるような匂いと微かな煙を感知すると、次第に息苦しくさえなってきた。窓を開けて換気をしようとするが、びくともしない。それなら部屋の扉を開けようとドアノブを回すが、これも開かない。

 

「や、やられた……」


 匂いの出所を探っていると、部屋の四隅には七輪で練炭が焚かれていた。そしてテーブルの上には、僕の字によく似せて書かれている遺書らしきものを発見する。


「本当は、最初から夕食は19時だったんだ……」


 それが分かっても時すでに遅し……部屋の中には消火に使えそうな液体などは見当たらない。ただでさえ僕はあの一件以来、火が苦手だっていうのに。

 

 ――まさに、絶体絶命だった。



 1時間後、冬月さんが様子を見にきて、やっと部屋の扉が開き新鮮な空気が流れ込む。

 

「な、なぜまだ生きているの……?」


 彼女は驚きながら室内を見渡していたが、その理由を僕の口から言うのは、流石に躊躇してしまう。

「それは……聞かないでくれると助かるかな……」


「窓は開いていないし、換気は出来なかったはず……それに消火に使えそうな布や液体は全て部屋の外へ持ち出していたのに……」


「ははは……運が良かったのかな……」


 彼女は四隅にあったはずの七輪が部屋の中心に集められていることに疑問を持ち、中の練炭を覗き込んだ。

「全部……消えてる。一体どうやって消火したの?」


「…………」


「あなた……まさか……」


 ――冬月さんの顔は青ざめていた。

 そう……僕は自分の体の中にある水分を使って、焚かれていた練炭を消火した。僕は人生で初めて入った女の子の部屋で、あろうことかおしっこをしたのだ。その背徳感も含めて、初めての経験だった。


「純情な乙女の部屋でこんな事するなんて信じられない! 花守君あなた頭おかしいんじゃないの!?」


「冬月さんに言われたくないよ! こうでもしないとあと少しで死ぬとこだったんだ!」


「もう……この部屋で寝られないわ……」


「どのみち僕がここで死んでたら、それどころじゃなかったでしょうが!」


「それくらいなら普通に寝られるわよ」


 彼女の目は、嘘や強がりを言っているようには見えなかった。おしっこより死体の方がマシって、どういう価値観をしているのか心配になる。



「はぁ……また失敗ね……夕食の準備が出来たわ……」


「今日は……毒とか入ってないよね?」


「作ったのはシェフよ。私がシェフを買収でもしていない限りその心配はいらないわ」


 今までのことを思い返せば全然あり得るだろうと心の中でツッコミを入れながら、食堂へ向かった。


 テレビでしか見ないような長方形の長〜いテーブルが置かれた食堂へ入ると、上座に座っていた冬月さんのお父さんが笑顔で迎えてくれた。

「おぉ君が花守君か……雪乃からいつも聞いているよ。千秋の馬鹿息子に振られてから、親身になって相談に乗ってくれているそうだね。ぜひ私からもお礼を言わせてくれ」


「い、いえそんな、僕は大したことはしていません……」


 ――お宅の娘さんからは29回ほど殺されそうになっていますが……


「謙虚でいい子じゃないか雪乃。次はこういう誠実な男性をパートナーに選びなさい」


「考えておきます……お父様」


 含みのある視線を送ってくる冬月さんと、思っていたよりも話しやすく人の良さそうなお父さんの和やかな表情を見たら、心中のパートナーに選ばれそうになったことは口が裂けても言えなかった。



 僕の元へ続々と運ばれてくる料理には、一応の警戒として、冬月親子が手をつけるのを確認してから口へ運んだ。冬月邸の専属シェフが作る料理は本格的かつどれも美味しくて、ほっぺが落ちそうだった。

 

「こちらが本日のメイン、燻製した猪肉のリィエージュ風ブーレットでございます」


 ほとんど何を言っているのか分からなかったけど、僕の前に座る冬月さんが燻製と聞いた瞬間に笑いを堪えているのを見て背筋が凍る。もしかしたら今日、僕は生きたまま燻製にされていたかもしれない。この猪に深く感謝の意を表して、それまで以上に強く噛み締めながら味わった。


 



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