第40話 拗らせ姫のランデブー(ねむり姫編1)
――カラオケボックスの電話が、けたたましく鳴る。
どうやらそれは終了時間を告げるものだったようで、僕は電話をとった冬月さんづてにそれを聞かされた。
「じゃあ、出よっか……」
「私、もう少しだけここに一人でいるわ」
「え? なんで?」
「だってまだ目が腫れているし、こんな顔、2人には見せたくないもの」
「そ、そっか……」
「お店の前で風間さんが待ってくれているみたいだから、花守君は先に行って?」
飛鳥先輩は……? と聞きたくなったが、冬月さんに無理やり背中を押されてしまい、僕はカラオケボックスを後にする。
お店を出ると、清楚な雰囲気漂う膝上丈で白い襟付きのベージュのワンピースによって、より一層可愛らしさにバフのかかったねむり姫が待ち構えていた。
「やっぱり夏樹ちゃん一人なんだ……なんだか今日、みんなおかしくない?」
「あ、その言い方ー、あたしだけじゃ不満だって言いたいんですかー?」
夏樹ちゃんはハムスターのようにぷっくりと頬を膨らませていた。
「そうじゃなくて……そ、それで、今からどこへ行くの?」
「まあいいですけど……それはですねぇ、ズバリ、夢のテーマパークです!」
ウキウキな夏樹ちゃんに連れられてきたのは、ただの漫画喫茶だった。レジカウンターで恐ろしい剣幕を向けながら席を吟味する彼女に尋ねる。
「ねえ夏樹ちゃん、これのどこがテーマパークなの?」
「あたしにとってこんなに沢山の漫画に囲まれた空間は、まさに天国ですよ! 春人先輩だってこの前あたしが貸してあげた漫画面白いって言ってたじゃないですか!」
ここで僕らのやり取りを見かねた店員さんが口を挟む。
「漫画を読まれるのでしたら、こちらのカップルシートなんていかがでしょう? フラットシートなので靴を脱いでゆったりできますよ」
「か、カップルシート! そ、それってもしかして、付き合っているカップルしか利用出来ない伝説のお部屋のことですか!? っということは、もしや店員さんにはあたしたち2人がカップルに見えたと!?」
「え、ええ……とってもお似合いなお2人だと思いますよ……」
「そ、そんなぁ~、お似合いだなんてぇ~」
僕は恥ずかしさのあまり、両手を頬に当てて左右にゆらゆらと揺れている夏樹ちゃんの後ろから、たじろぐ店員さんに向けて何度も何度も深く腰を折っていた。
なんとか受付を済ませると、シートへ向かう道中でそれぞれの読みたい漫画を探すことに。すると、例の事件で燃えてしまったけれど、僕が前の家に住んでいた頃に唯一集めていた漫画を発見する。
「あ、これ……」
「それって『ゼフィロス』ですよね。割と有名ですけど、面白いんですか?」
「うん、僕が唯一おすすめ出来る漫画だよ。良かったら読んでみる?」
「え、でもいいんですか? 一冊ずつしかないですけど」
「僕は何度も読んでるから、途中の巻からでも話が分かるし」
「なら、お言葉に甘えて……」
こうして漫画と飲み物を抱えた僕たちは、部屋に入ってお互いに楽な姿勢で読書を楽しんだ。
読み始めて間もない頃は漫画の登場人物についてや、全何巻あるのかなどを質問してきていた夏樹ちゃんだったけれど、本格的に集中しだしたのか、ものの数分ですぐに静かになった。
僕は完全にリラックスモードで仰向けに寝転びながら、久しぶりの漫画に胸を高鳴らせていた。すると、また、呼ぶ声が聞こえる。
「春人先輩ー」
「どうしたのー?」
「大好きです」
「…………ん、どのシーンが?」
「そうですね〜。あたしの妄想話を笑わずに聞いてくれたり、居場所のないひとりぼっちのあたしを園芸部に誘ってくれて大切なお友達を紹介してくれたり、ちょっと鈍感ですけど、1番はやっぱり優しいところですかね〜」
「…………夏樹ちゃん?」
「ここまで言わせておいて鈍感では通用しませんよ? マジもんの愛の告白なんですから」
「そうだよね。うん、分かった。理解した」
僕は、のそっと体を起こす。
「流石、経験者は違いますね。もっと驚くと思ってたのに」
「これでも驚いてるよ……かなり」
「でも、今お返事はいらないんです。分かってますから……」
「そっか……夏樹ちゃんにもバレてるなんて、僕ってそんなに分かりやすいのかな……」
「それは違うと思います。あたしも飛鳥先輩も、春人先輩が好きだからこそ、気付いちゃったんですよ。好きじゃない人のことを観察する趣味なんて、ありませんから……」
「飛鳥先輩のことも知ってるんだね。ガールズトークってやつ?」
「そうです。春人先輩は絶対に混ざれないガールズトークです。でも、あたし気付いちゃったんですよね。いつも何を考えているか分からない冬月先輩の心を、本音を、引き出せるのは春人先輩しかいないって。ごめんなさい、さっきのカラオケ……気になって少しだけ中の様子、覗いちゃいました」
「やっぱり隣で歌ってたの、夏樹ちゃんだったんだ」
「もうやけくそでしたよ。悔しさのあまり、バレちゃうの承知で大熱唱しちゃいました。今は、飛鳥先輩が冬月先輩と一緒なので安心して下さい」
彼女はどこか清々しさを感じさせながら、今日一日続いていた不思議な現象の種明かしを続けた。




