第34話 風の噂(白雪姫視点)
花守君の姿が見えなくなり、ふと風間さんを横目で覗くと、彼女は眼鏡を外して手の甲で目を擦っていた。さっきの風の影響で目にゴミでも入ったのか――彼女はいつの間にか、相変わらずの幼さなの残る穏やかな表情へと戻っているように思えた。
「勝負はどうする? さっきの続き、やる?」
「いえ、もう満足しました。今回の勝負は引き分けにしましょう。考えてみたらこれでもあたし、冬月先輩相手にかなり善戦したと思うんですよね。引き分け上等です」
「後日になって延長戦だなんて言い出さないでよ?」
「言いません。これからは三つ巴の戦いになりますからね~。ホント先が思いやられちゃいますよ~」
「ところで、彼がいないと屋上の戸締りが出来なくて帰れないわね」
「少し待ってたら、きっとすぐに戻ってきますよ。春人先輩は真面目ですから……」
「それもそうね」
逃げ出した花守君を待っている間、私と風間さんは腕相撲で使用した机の上に体育座りで背中合わせになり、互いにもたれ合いながらボーっと空を眺めていた。
「……冬月先輩って、今日どんなパンツ履いてるんですか?」
この予想外すぎる質問に、私は思わず首だけグルンと風間さんの方へ向けると同時に、恐らく完全に無防備だった裏ももの辺りのスカートを反射的に両手で押さえ込んだ。
「はぁ? あなたいきなり何を聞いてるの? もしかして、花守菌がうつったの?」
彼女は、ただ空を見上げていた。
「さっき、風が吹いた時、春人先輩の顔がチラッとだけ見えたんです。そしたら、あたしには目もくれず、冬月先輩の方だけをガン見してました。だから、どんなエッチな下着なんだろうって気になっちゃって」
「別に普通よ……たぶんだけれど……」
「見せ合いっこしますか?」
「あなた馬鹿なの?」
「冗談です……これでもしもあたしの下着の方が可愛かったら、それこそ立ち直れませんから……」
「呆れた……じゃああなたは下着を見られたことに怒っていたんじゃなくて、見られなかったことに怒っていたのね」
「だってストッキング履いてる冬月先輩と違ってあたしはモロに丸出しだったんですよ? それなのに、完全に負けた気分ですよ……」
「そんなの、彼の視線の先に偶然私がいただけよ」
「そうだとしたら春人先輩は、やっぱり冬月先輩を目で追ってるんですよ。悔し過ぎてハゲちゃいそうです」
頭をガシガシと両手で掻きむしる風間さん。
「ほ、ほら、ならきっと彼は生足よりもストッキングが好みだったんじゃないかしら? あの人変態っぽいところあるし」
「今はそういうことにしといてあげます。でもこれから先はもう絶対、負けませんから」
なぜフォローに入った私がそういうことにしておいて貰わなくてはならないのか、やっぱり釈然としないけれど、これ以上は面倒だから適当に話を合わせることにした。
「後悔しないよう、せいぜい頑張りなさい」
「あ、強者の余裕ですかー? ムカつくなぁ」
ここからだと彼女の顔は見えないけれど、きっと頬を目一杯に膨らませていることだろうと思った。
「ふふっ、私からも質問していい?」
「どうぞ」
「もし花守君を他の誰かに奪われたら、あなたはどうする?」
「そんなこと、考えたくもありません。あたし、妄想だけは人一倍得意なんです。せっかく妄想するなら、嬉しいことだけにしないともったいないじゃないですか」
「あなたらしいわね……やっぱり、羨ましいわ」
「あたしは冬月先輩のほうが羨ましいですよ。じゃあ次はまたあたしの質問に答えて下さいね」
「内容によるわ」
「先輩は、春人先輩のどこが好きなんですか?」
「……全部嫌いよ」
「じゃあ、どういうところがマシですかー?」
「まぁ、根性は、あるんじゃない……?」
「そういえば初めて学校で会った日も、感じの悪い男の人に殴られたのに全然怖気づいてなかったです」
「え……? 彼が殴られたの? 一体誰に?」
「サッカー部の服を着たかっこいい人でしたけど、性格は最悪でした。今思い返すと……飛鳥先輩と同じ名字で呼ばれてたような……」
「風間さん、それはいつごろの話? その時2人は、どんな様子だった?」
「えぇと……確か4月の終わり頃だったと思いますけど、いきなり理不尽に向こうから絡んできて、言い争いになったと思ったら、あの男の人が春人先輩に突然殴りかかってきたんです」
「花守君がその人になんて言っていたか、覚えてる……?」
「春人先輩も春人先輩で、相手の男の人を挑発するような感じでしたね~。『チキン野郎!』とかって、らしくないセリフを言ってたのはなんとなぁく覚えてますけど……」
「そう……」
「冬月先輩もあの人の知り合いだったんですか?」
「ええ、ちょっとね……」
そこからすぐに挙動不審な花守君が屋上へ戻ってくると、私たちはそれぞれの帰路に着いた。
風間さんとの対決の日々が静かに幕を閉じたこの日、私の周りにいる2人の男性の知られざる姿を偶然にも聞かされてしまった。だからといって何かが変わる訳ではないけれど、どうしても真実を確かめたくなってしまったのは、言うまでもなかった。




