第33話 風が吹けば花屋が儲かる(白雪姫視点)
「どうしましょう冬月先輩……あたし、とんでもないことしちゃいました……」
「だから私は止めようとしたわよ? それでも暴走をやめなかったのはあなた」
「そんなぁ……殴ってでももっと強く止めてくださいよぉ……おかげでラスボスに復活の呪文覚えさせちゃったじゃないですか~。主人公だけの特権の筈なのに、ゲームだったらこれ炎上案件ですよぉ~。もう一生クリア出来ませんよぉ~」
「別にあなたが苦労して倒した訳じゃないんだから、ちゃんと正攻法で攻略したら?」
「冬月先輩だけでもこんなに苦戦してるのに、飛鳥先輩とも勝負しろってことですか~?」
「楽しみが増えて良かったじゃない。それに、あなた結構いいこと言っていたと思うわよ。少し見直したわ」
「そうですか……? 冬月先輩に褒められると、なんか嬉しいですね」
「人を本気で好きになるって、本当に莫大なエネルギーを使うわよね……なんで人間ってこんなにも効率が悪く創られたのかしら」
「それはきっと、後悔しない為ですよ。人生は、一度きりですからね……」
「まさかあなたからそんな言葉が聞けるとは思わなかったわ。以前、前世がどうとか言ってなかった?」
「それは掘り返さなくていいですから! でもそう言うあたしは今絶賛、後悔という名の大海原で遭難しそうです……」
部室の机に顔を埋め、文字通り沈んでいる風間さんは、今朝からずっとこんな調子で項垂れ続けていた。
「それで、最後の勝負のことなんですけど……どうしましょう?」
「チッ……忘れていなかったのね」
「えっ? 今もしかして舌打ちしました?」
つい本音が行動に出てしまい、それに驚いた風間さんはむくりと顔を上げる。
「と、とにかく、やるならやるでとっとと終わらせましょう」
「でもあんなこと言っちゃった手前、飛鳥先輩にはもう頼めないですし、誰に最終競技を考えてもらいましょうか……」
「ならいっそ、花守君本人に頼んでしまえば? ことの発端は彼な訳だし」
「そうですね……それなら平等かもしれないです……」
こうしてその日の放課後、私たちはそそくさと帰ろうとしていた花守君を理由も告げずに無理やり屋上へと連れ出した。
「一体どうしたの? 僕、今日観たいテレビ番組があるんだ。夕方にやってるドラマの再放送で今日がその最終話なんだ。どうしても見逃す訳にはいかないんだよ」
「久しぶりの登場にも関わらず随分と主人公らしからぬ発言をしてくれるじゃない、この女たらし」
「え!? 冬月さん、もしかして怒ってる? 僕なんかした!?」
「ええ、その通りよ。あなたのせいでここ数日それはもう散々な目に合っているわ。だからお互い早く帰る為にも私と風間さんが平等に競えるような競技をこの場で提案しなさい今すぐに」
「なにその意味の分からない急な無茶振りは!?」
驚いた花守君はすぐに何かに気付いたような素ぶりを見せると、私の耳元へ近付き、声のボリュームを落として続けた。
「も、もしかしてそれって最近、夏樹ちゃんが僕と会話してくれなくなったことと関係あったりするの? ほ、ほら、今もすぐ隣にいるのに一言も会話に混ざってこないし……」
「あなたに教える義理はないわ。なんでもいいから早く提案して。それで全てが丸く収まるから」
「え……えーっと、じゃ、じゃあ腕相撲なんてどう? 2人は体格にもそれほど差はないし、きっといい勝負になるんじゃないかな……?」
「風間さん、それでいい?」
「はい。大丈夫です」
「夏樹ちゃん、冬月さんとは普通に喋るんだね……」
彼は肩を落としていたけれど、この勝負さえ終われば全てがいつも通りに…………でも、いいのかしら。いつも通りに戻っても…………私はそれを望んでいるの? いいえ、違うわよね。私が望んでいるのは、そんな日常なんかじゃなくて、もっと別の……
「冬月さん、どうしたの? ボーっとして」
「なんでもないわ。じゃあ花守君、レフェリーをお願い」
「わ、わかったよ……」
私たちはこの後すぐに、階段の踊り場に放置されていた勉強机を屋上の中心まで運び込み、臨時ではあるけれど、最終戦を飾るに相応しいであろう特設会場を設営した。
「遂にこの時がきましたね、冬月先輩……」
「ええ、そうね……いい勝負をしましょう」
ただならぬ緊張感がその場に漂う中、何も知らない花守君だけは、いつものポカンとしたアホ面で花壇の花々を眺めていた。
私と風間さんは定位置で中腰になると、互いの手をグッと掴み合う。
初めて握った彼女の手は、思っていたよりも小さいと感じたけれど、その掌から伝わる情熱が静電気みたいに、ビリビリと伝わってくる気がした。
「じゃあ2人とも、準備いい? 今は力を抜いてね」
私たちが無言で頷くと、花守君は握られた手の上にそっと自らの掌を被せた。
「よーい、スタート!」
掛け声と共に襲いくる――とてつもない圧力が私の全身を力ませる。一体、風間さんの小さな体のどこにこんな力が眠っていたのだろう。本当はわざと負けるつもりだった私だけれど、その真っすぐでひたむきな圧に対して、何故かこちらも全力をもって相対していることに気が付いた。
時間にして数秒、定位置で均衡状態が続いただけなのに、かなりの体力が消耗されていく。
ここが負け時ね……そう思った瞬間だった。
突如として屋上に強烈な突風が吹く。そのいたずらな風は、あろうことか真剣勝負の真っ最中である私と風間さんの制服のスカートを、勢いよく捲り上げたのだ。
慌てふためく私たちは思いがけず一斉に手を解き試合を中断すると、両手でスカートを押さえてレフェリーを睨みつける。
「見た?」
「見ましたか?」
「み、見てません……」
そして私たちのぶつけようのないこの怒りの矛先は、頬を紅潮させ、わざとらしく目を背けている嘘つきへと向かうのだった。
「風間さん、協力して彼を殺しましょう」
「冬月先輩、指示を下さい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今回は絶対僕悪くないよね?」
「春人先輩、『今回は』ってなんですか? 以前に何かあったんですか?」
風間さんの瞳からは、いつもの眩いばかりの光が失われていて、なぜか妙に親近感を覚えた。同時に、これはチャンスかもしれないと思った。
「そうなの風間さん、このスケベ男ったらこの前、私のスカートを捲ったのよ」
「へぇー……春人先輩、本当ですか?」
真顔のまま、一切表情を動かさずに冷たい視線を花守君に送り続ける風間さん。
「い、いや、それには事情があるんだ!」
「否定しないんですね。一体どんな事情があったら女の子のスカートを捲っていい免罪符になるんですか? 教えてください春人先輩、あたしには分かりません。っていうか、分かりたくもありません」
彼女の鬼気迫る表情は花守君を震え上がらせ、私ですら気圧される程だった。もしかしたら、本当のラスボスはこの子だったのでは? なんて考えさせられてしまうくらいに。
あまりの迫力に耐えられなくなった花守君は、「ひぃッ」と、情けのない声を上げて一目散に逃げだしてしまった。彼、本当に主人公なのかしら。




