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学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで  作者: 野谷 海
第3章 芽吹く恋、燃える恋

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第32話 月に叢雲、鳥に風(白雪姫視点)




 


 屈辱を与えられたあの最悪の金曜日と同じように、週が変わった月曜日の放課後――彼女は前回と同様……いいえ、前回よりも数段ご機嫌な面持ちで私の前に現れた。


「冬月先輩! 今回の勝負でもしあたしが勝ったら、今日から春人先輩は正真正銘あたしのモノですからね!!」


 まだ風間さんとの付き合いはそれほど長くないけれど、今まで見たことがないほど眩しく、咲き誇るような笑顔がそこにはあった。


「風間さん、何度も言っているけれど、私と花守君は断じてそんな関係ではないから」


 この子、前回の勝負で私に勝てたのがよほど嬉しかったのね。こんな不毛な勝負にこだわりなんて微塵もないけれど……何事にも負けるというのは、やっぱり癪に障るわ。だから今回はそう簡単にはいかせない。何故なら二回戦で私が提示した種目は、『お菓子作り対決』なのだから――この種目では前回の借りを返させて貰うわよ。そして続く三回戦では適当にあしらって、このくだらない茶番を早く終わりにしましょう。



 クラスメイトが誰もいなくなった放課後の殺風景な教室で、風間さんは私のひとつ前の席に、我が物顔でどっしりと腰掛けた。小柄な体を大きく見せようとしているのか、精一杯に胸を張りながら彼女は私に尋ねる。


「それで、今回の対決では誰に勝敗を判定して貰うんですか?」


「飛鳥さんに審査員をお願いしてあるわ……そろそろここへ来てくれる筈だけれど……」


 ガララと音を立てて教室の扉が開くと共に、「お待たせ」と言って飛鳥さんが姿を見せると、私たちは会場である家庭科室へと向かった。


 今回のお菓子作り対決のルールは単純明快――制限時間1時間以内で調理したお菓子を審査員である飛鳥さんに食べて貰い、どちらがより美味しかったかを競うというもの。


 そして今回私が作るのは、今が旬のさくらんぼをふんだんに使用したチェリーパイ。自分で言うのもなんだけれど、それなりの手応えを感じている自信作だった。


 さて、風間さんは一体何を作るつもりなのかしら――。


 彼女が陣取った調理台の上に並べられた食材を目にすると、私は一瞬にして言葉を失う。


「……か、風間さん、あなた一体その材料で何を作るつもりなの……?」


「て、敵情視察はやめてください! それは出来上がってからのお楽しみです! ぜ、絶対真似しないで下さいよ!?」


 そう言いながら慌てた様子でバタバタと両腕を振りながら卓上の食材を隠す彼女。


「そんなことしないわよ……」


 そう、したくても出来る筈ない――だって、どこからどう見てもお菓子を作るにあたって必要な食材とは思えないもの。ま、まさか、こうやって私を動揺させるのが彼女の作戦なのかしら……もしそうだとしたら、とんだ策士ね。少し取り乱してしまったけれど、彼女に限ってそんな訳はないと自分に言い聞かせながら、私は冷静さを取り戻して自分の調理へと取り掛かる。

 

 調理に集中し始めると、すぐ隣にいる風間さんを気にする余裕は無くなっていた。


「そろそろ時間ね……2人ともそこまで!」


 飛鳥さんから制限時間を告げる声が聞こえると、風間さんは額の汗を拭いながら、「ふぅー」と、安堵するような溜め息を小さく漏らしていた。


 本人はやりきったと言わんばかりの顔をしているけれど、本当に大丈夫なのかしら。思い出すだけでゾッとするような光景だったけれど、流石に心配し過ぎかもしれないわね……彼女も子供ではないのだし。そういえば合宿中にも一緒に料理をしたことがあったじゃない。あの時も特段変わった様子はなかったし、きっと私の考え過ぎね。


 

 私が無粋な考え事をしていると、飛鳥さんが早速審査に入ろうと近付いてくる。

 

「えーっと……じゃあ、どっちから試食すればいいかしら?」


 先攻後攻を決めておらず、飛鳥さんのこの問いに対して無言のまま風間さんとしばし目を合わせると、彼女は不安げな顔を浮かべながら口を開いた。

 

「ふ、冬月先輩が先行でいいですよ……」


「わ、分かったわ……」


 私はオーブンに入っていた焼きたてのお菓子を取り出して机に置いた。


「すっごく可愛らしい見た目ね~。これってもしかしてチェリーパイ? 私さくらんぼ大好きなの!」


 飛鳥さんのこの言葉に、風間さんは「むむむ……」と、顔を歪めた。

 

「飛鳥先輩の好物をリサーチ済みですか……流石です冬月先輩。確かにすっごく綺麗ですけど……で、でも大事なのはやっぱり味ですよね~! 食べてみないことには評価のしようがありませんから……」


 もちろんリサーチした訳じゃなく、ただの偶然だった訳なのだけれど、なぜか少しだけ彼女をギャフンと言わせたくなった。


「そこまで言うなら風間さん、あなたも食べてみる?」


「せ、せっかくなんで、いただきます……」


 私が切り分けたチェリーパイをひと口食べた風間さんは、目をこれでもかと大きくさせながら小さく「ぎゃふんっ」と溢すと、すぐさま私から顔を背けた。


「これすごいわ雪乃ちゃん、まるで一流ホテルで出てくるデザートみたい……美味し過ぎてもう全部食べちゃった……」


「ありがとうございます飛鳥さん。風間さんはお味どうかしら? 気に入って貰えた?」


 私が挑発するような視線を向けると、彼女は「ぐうぅ……」と唸りながら、その渋く歪んだ表情とは裏腹に、少し高めの天井に向けてそっと親指を立てた。

 

「そう、良かったわ」

 

 ――初めて聞いたけれど、これが本当のぐうの音なのね。



 我を忘れてチェリーパイをおかわりしようと大皿に手を伸ばした飛鳥さんは、自ら伸ばした右手を左手で叩きけん制していた。

「も、もっと食べたいのは山々だけど、次は夏樹ちゃんの番ね……」


「ど、どうぞ……よろしくお願いします……」


 恐る恐る皿を差し出す風間さん。その時、なぜかふわりと下校中の通学路のような香りがした。

 

「……か、風間さん、念のために聞くけど、この料理の名前は何かしら……?」

 

「ズバリ、カレーヨーグルトです! あ、もちろんお2人の好みに合わせてお肉は鶏肉を使いました!」


 平皿の上に乗せられた透明なガラスの器。その中には液体と固体の中間とも言えるどろどろとした茶色の物体が見事に食欲を削いでいる。もしもこれがゴールデンタイムのテレビで放映されたなら、方々から苦情が殺到しそうなおぞましい見た目に、思わず身震いしてしまった。


 私とほとんど同じ反応を見せた飛鳥さんは、言葉を振り絞る。

「き、奇抜な発想ね……」


 恐らく脳内にあるボキャブラリーの図書館を必死に歩き回った結果、流石の飛鳥さんでも褒めるところがそれ以外見つけられなかったのだと伝わってきた。コクを出す為にカレーにヨーグルトを入れるのは聞いたことがあるけれど、カレーをヨーグルトにする発想は誰も考えない。だって、どう考えても見た目がアレだもの。


 震えた手でスプーンを握ろうとする飛鳥さんにこんなものを食べさせる訳にはいかないと、思わず審査の途中で口を挟んでしまった。

「あなたそれ、自分で味見はしてみたの?」


「み、見た目はあれですけど、ちゃんと美味しかったですよ!? やっぱりカレーは偉大です!」


「この勝負はお菓子作り対決なのよ? それは完全にジャンルが違わないかしら? カレーのポテンシャルにおんぶに抱っこなら、それは最早カレーでしょ?」


「だって……飛鳥先輩の好物の情報は、あたしにはこれしかなかったんですもん……」


 少し前まで自信満々に教室で胸を張っていた少女と同一人物とは思えない程に、おどおどと縮こまる風間さん。


「もしかして、飛鳥さんが審査員だと知ってからメニューを決めたの?」


「はい……誰が審査員でも対応できるように、ありとあらゆる食材を用意して、ぶっつけ本番で挑んだんです」


「さっきチラッと見えた鮮魚やカップ麺はその為だったのね……あなたの味覚を心配してしまったじゃない」


「あたしも作ってる途中で、これはヤバいモノを発明してしまったと気付いたんですけど、時すでに遅しでした。今回は、あたしの負けでいいです……」

 

 ――こうして、審査をするまでもなく二回戦は幕を閉じた。

 

 

 風間さんは悔しそうに自作のカレーヨーグルトをやけ食いした後、デザートにとチェリーパイのおかわりをちゃっかり要求してくる姿が可愛らしかった。


「でも、なぜ料理対決なんて始めたの?」


 今回の三本勝負の経緯を何も知らない飛鳥さんは、当然の疑問を私たちに投げかけた。


「飛鳥さんには、言ってもいいわよね?」


 チェリーパイを口いっぱいに頬張りながら風間さんがコクリと頷くと、私は今回のいきさつをかいつまんで飛鳥さんに説明した。すると飛鳥さんは、何故かバツの悪そうな表情を見せる。


「……そっか。ごめんなさい私、2人がそんな勝負をしているなんて知らなくて……」


 突然の謝罪を受け、パイをゴクリと飲み込んだ風間さんは不思議そうに尋ねた。

 

「なんで飛鳥先輩が謝るんですか? むしろ巻き込んだのはあたしの方なのに……」


「驚かないで聞いてね。あのね……私この前、春人に告白しちゃったの…………もちろん、振られちゃったんだけど……だから、抜け駆けしてごめんなさい」


 この驚愕の事実に私は息を呑み、風間さんはショックのあまり既に意識を失っていた。

 

 ――花守君、あなたって、本当にモテるのね。

 

 それにしても飛鳥さんを振るだなんて、あの男、どれだけ贅沢者なのかしら。でも……感謝しなくちゃね。少なくともこれで私は、飛鳥さんを殺さずに済むのだから。


「私こそすみませんでした。飛鳥さんの気持ちを知らずに、こんな勝負の審査員を頼んでしまうなんて……」


「いいの雪乃ちゃん……残念だったけど、どこかスッキリしている自分もいるの。だから2人にも、後悔のないように頑張って欲しいと思ってる……」


 悲しみを隠すように優しい笑みを向ける飛鳥さんは、やっぱり無理をしているのだと分かった。それは意識を取り戻した風間さんもきっと同じだろう。


 すると、風間さんは突然声を荒げだした。


「よくないです! 全然よくないですよ!」


「ちょっと風間さん、あなた何を言い出すの? 飛鳥さんの気持ちを考えなさい!」


 止めに入ったつもりだった私の言葉を着火剤にして、彼女は暴走を始める。


「考えたから言ってるんです。だっておかしいですよ! 人を好きになったら、そんな簡単に諦められる筈ありません。こんな時まで大人ぶってどうするんですか!」


 風間さんにほだされたのか、珍しく飛鳥さんも感情を露わにしてこれに反論した。

 

「だって……どうしようもないじゃない。春人には、他に好きな人がいるのっ!」


「だからなんなんですか!? そんなの百も承知で向き合っていくのが、本当に人を好きになるってことじゃないんですか!? 1回駄目だったら涼しい顔して身を引いて、またすぐ次の恋ですか? そんなのを誠実と呼ぶのなら、あたしはそんなもの要りません!」


「そんなわけないじゃない……私だって、自分の気持ちを押し殺すのに必死なの!」


「だから押し殺す必要なんてないって言ってるんですよ! 好きなら好きでいいんです。確かに人のモノをとるのは悪いことです。でも飛鳥先輩、前に言いましたよね? 春人先輩はみんなのものだって。まだ春人先輩は誰のモノでもありません。なら飛鳥先輩が諦めて、あたしたちを応援するなんて言い出すのは、ちょっと早過ぎるんじゃないですか!?」


 飛鳥さんの瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。

「いいの……? 私、まだ諦めなくても……?」


「諦めたら、そこで恋愛終了ですよ?」


 きっとどこかの漫画で覚えたであろう台詞で暴走モードを締めくくった彼女は、まだ気付いていない。とんでもなく強大で手ごわい恋敵を、自らの手で想起させてしまったことに。案の定――後日、自分の行いを悔いて私の元へ泣きついてきたことは、ここだけの秘密にしておくわ。


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