第30話 喬木は風に折らる(白雪姫視点)
朝、下駄箱を開けると、上履きの上に一通の手紙が置かれていた。
ラブレターは何度か貰ったことがあるけれど、こんなに可愛らしい封筒は初めて。裏向きで入れられていたファンシーな花柄の封筒を手に取りくるりと正面へ返すと、そこには大きく「果たし状」と、やけに達筆な筆文字で記されていた。
世界観の温度差に不覚にもイラッとしてしまった私が中の文書を確認するまでもなくその場で封筒をビリビリと破り捨てると、下駄箱の奥からこちらの様子をひっそりと伺っていた小さなストーカーの「あ゛ぁー!」という、喚き声が聞こえる。
「風間さん、何度言ったら分かるの? 私はあなたと争うつもりなんて毛頭ないわ」
「冬月先輩になくても、あたしにはあります……」
「なぜそうやって敢えて自分から遠回りをしようとするの? 私に手紙を送る暇があるなら、花守君へ送りなさいよ……」
「冬月先輩が勝負を受けてくれるまで、あたしは春人先輩と口を利かないって決めたんです」
「はぁ……それでなのね。彼昨日、あなたに無視されてるって落ち込んでたわよ?」
「ほ、本当ですかっ!?」
しかめっ面から一転、彼女のほころんだ顔は、嬉しさを隠しきれないといった様子だった。
「喜んでいる場合じゃないでしょう? このままでは拗れるだけよ?」
「じゃあ、冬月先輩の気持ちはどうなるんですか!?」
「どうしてそこまで私にこだわるのよ……後輩のあなたに同情をされるほど、私は惨めに見えたかしら?」
「そうじゃありません……だってこのままだと……もしもこの先あたしが春人先輩と付き合えたり……結婚できたとして、幸せだなぁーって感じた時、きっとその度に冬月先輩の顔を思い出しちゃいます。あたしの幸せは、冬月先輩に譲って貰ったんだって……そんなどこか後ろめたい気持ちに、ずっと悩まされ続ける気がするんです。だから冬月先輩の為じゃありません……これはあたし自身の幸せの為に、ただの身勝手な自己満足なんです!」
まったく、この子は……どこまでも真っ直ぐなのね……本当に、羨ましいわ。
私は、とっくの昔に芯からねじ曲がってしまった。それはまるで……ぐちゃぐちゃに絡まってほどけなくなった有線のイヤホンみたいに。そんな私へ、美しく澄んだ瞳を向けて絡んでくる彼女が、眩しく映って仕方がない。あなたには……私みたいになって欲しくない。
「……勝負を受ければ、満足するのね?」
耐え難い輝きに当てられて終いに折れてしまった私へ、風間さんはこれでもかと深く腰を折ると、感謝の言葉を満面の笑顔で伝える。詳しい話はお昼休みに――そう言い残し小走りで去って行く後ろ姿は、とても私へ果たし状を突きつけてきた少女だとは思えなかった。
昼食を済ませると、園芸部の活動を花守君と飛鳥さんに任せ、私と風間さんは2人で部室に残った。花守君は不思議そうな顔を浮かべていたけれど、込み入った話があると言ったら、すんなり部室の鍵を渡してきて戸締りを頼まれた。
――私に鍵を預けるだなんてあのお人好し……今まで運良く生き永らえてこられたからって、もう少し警戒したらどうなの? それとも私、もしかして舐められてる?
私の怒りが表情に表れてしまっていたのか、風間さんはおどおどと口を開いた。
「あ、あの、冬月先輩……勝負の方法なんですけど……」
「そ、そうだったわね……」
――彼女の提示した勝負方法はこうだった。
全部で3本勝負の2本先取で勝敗を争い、その内容については公平を期す為にお互いが交互に種目を決める。もしそれまでに決着がつかなかった場合は、第三者に最終種目を委ねる。
最後に、彼女はもうひとつ条件を付け加えた。
「冬月先輩がわざと負けないように、罰ゲームを設けます。もしもわざと負けようとしているとあたしが感じた場合、冬月先輩には即刻、あたしの目の前で春人先輩に告白していただきます……」
まさか、心が読まれたのかしら……適当にあしらって最終的には負けてあげようと思っていたのに……この子はただの馬鹿ではなかったようね。しかも、この罰ゲームには彼女にとってなんのメリットもないから、下手に拒否できない……考えたわね。
「仕方ないわね……先行は譲るわ。あなたの選んだ種目は何?」
「それはですね〜、ズバリ、漢字テストです!」
愛想良く、自信に満ち溢れた様相で、何を言い出すのこの子は。彼女は勉強が苦手だったはず……それを成績が学年上位の私との勝負方法に自ら選ぶだなんて……まさか、わざと負けようとしているのは、風間さんの方だったの?




