モノローグ 風間夏樹の憶察
あ、あたしの名前は、風間夏樹です。
あたしには、今、好きな人がいます。
その人は、縁もゆかりもなかった赤の他人のあたしに居場所をくれました。それだけじゃありません。現実から目を逸らすように妄想ばかりを繰り返していたあたしの全部を、優しく受け止めてくれたんです。あんなこと言われたら、あたしじゃなくても誰だって好きになっちゃいますよ。
でもその人には、たぶんあたしの他に好きな人がいるんです。
春人先輩はズルイです。あたしにあんなに優しくしたくせに……こんなこと、本当なら考えたくはありませんでした。でも先輩は、あたしに限らず誰にでも優しいんだって、仲良くなってから気付きました。
最初は、春人先輩は飛鳥先輩みたいな大人っぽい女の人が好きなのかなって思ってました。もしそうだったら、今から急激な成長期でもこない限り、あたしに勝ち目なんてないかもしれないって凹んでいたんです。
でも、それから先輩の目線をずっと追い続けていたら、とうとう分かっちゃいました。春人先輩が見ていたのは……いつもその視線の先にいたのは、冬月先輩でした。
飛鳥先輩よりは体型があたしと近い冬月先輩なら、あたしにも少しはチャンスがあるかもしれないって、淡い期待を抱き始めたのも束の間、あの2人にはただの同級生以上の何かを感じました。
あたしの推理によると、あの2人にはあたしや飛鳥先輩には言えない秘密があります。
それが分かったのは、勉強会の日です。あたし達がドッキリで死んだフリをしている間に話していた「ルール違反」と「狙いは僕」という言葉がずっと引っかかっていました。
ここから導き出される結論はズバリ――冬月先輩は悪の組織の一員で、その正体を隠しながら学校へ通っているに違いありません。更にこれもほぼ確定で、冬月先輩も春人先輩と同じく、特殊な能力の持ち主です。
きっとそれに気付いた春人先輩は、冬月先輩の暗躍を止めようとした……でもそこで悲劇が起こります。幾度となく敵対する内に本来ならば敵同士のはずのお2人が、あろうことか好き同士になってしまったのです。ですがお互いの立場の違いから、決して付き合ったりは出来ない。それはまさにロミオとジュリエットのような――禁断の恋。
そう考えると、全ての辻褄が合います。あたしが春人先輩を好きなのか問い詰めた、あの時の煮え切らない冬月先輩の返答も、これならば納得です。
この事実に気付いてしまった時は、なんの力も持たないあたしが入り込む隙間なんてない、もう諦めるしかないとも考えました。ですが……そんな簡単に諦められるなら、最初から好きになんてなってません。
だから自分が納得するまで、やれることは全てやりたいって思いました。もう妄想に逃げ続けるだけの自分じゃイヤなんです。春人先輩を想う気持ちなら、冬月先輩にだって負けていないと自負しています。
そしてあたしは、一世一代の大勝負を計画しました。
題して『春人先輩奪還作戦』です。
具体的に何をするのかと言うと、あたしは、冬月先輩に春人先輩を賭けた勝負を挑みたいと思います。女同士の、正々堂々とした決闘です。分かっています……無能力のパンピーであるあたしに勝ち目なんてない。
それでもあたしは、戦わなきゃいけないんです。じゃないと、すっかり思い出せなくなったマスターに顔向けが出来ません。今ではポッカリと空いてしまったマスターの頭部には、春人先輩の顔が浮かんじゃいます。ごめんなさいマスター……これは浮気じゃありません……あたしは前世よりも、今世を精一杯生きようって決めたんです。
――そう思わせてくれたのが、春人先輩なんです。
だからあたしは必ず勝ちます。
自分の力で、春人先輩を手に入れてみせます。
だから……さようならマスター。
あなたはあたしの、初恋でした。
あなたがいたから、今まで生きてこれました。
今までずっとあたしを支えてくれて、ありがとうございました。顔は忘れてしまったけど、受けたご恩と温もりは決して忘れません。マスターに頼りきりだった、あの頃の見習いソーサレスのアネモネは、もういません――ここにいるのは、和島学園高等学校1年1組、風間夏樹です!




